第12話「東夷王」(前編下)
やがて諸侯は、大陸の夷王国に攻め込みました。
いや、群がったというのが正確でした。
仮面兵の技術は、徐々に緩慢になりました。
数日で数万の軍勢を作る技術としてでなく、数年で数万という具合に。
それでも十分に自然の摂理から外れていましたから。
第1次攻撃の後は、前回の攻撃で得た利で現地の中国人や朝鮮人を動員しました。
彼らにしてみれば夷は、自国を犯す敵です。
反乱を煽りつつ、大和は大陸の豊富な金属を得れば良いのです。
かつてアズルドヴェインに奪われた分の金属が戻り、生活は、豊かになりました。
それが年を追うごとに加速し、人々は、豊かさに飽きました。
全て幕閣の予想した通りでした。
豊かさに飽きると人々は、大陸への関心を失いました。
夷たちが日本を忘れたように、です。
逆に人々は、共存している日本国内の夷への敵意を取り戻しました。
「おお、吉備中納言様だ!」
京スズメたちが声を上げます。
皆、馬上の久能を指差しました。
久能は、35歳になっていました。
今や吉備中納言と呼ばれています。
「なんでや!」
狗奴王は、58歳です。
どういう訳か、今でも久能の家来として吉備国の重臣として在りました。
「あの爺様、吉備に居ても良かったんじゃね?」
「また内乱が起こるかも知れん。」
「ああ、今回の帝の御召は、そのことに関係があるんだからな。」
大和王権の諸侯たちを集め、海内の夷を攻めるという議題が持ち上がりました。
この無意味な殺戮は、ただ王権の威信を表すだけのもの。
異民族に対する民衆の苛立ちを晴らすだけの狂態でした。
「誰かがかつて言った。
民意が政治に反映されたことなどあるのかとね。」
「至言ですね。」
十完の言葉に久能が答えました。
「今回の事も京の周辺の連中が騒いでいるだけだ。」
「?」
十完の様子に久能は、違和感を感じました。
「帝の夷嫌いが原因なのだ。
…何度か帝に退位を勧めたが…。」
「は?」
十完は、変わりました。
かつての彼は、夷嫌いの帝を自ら押し立てた男です。
しかし、この数年間で帝と摩擦が生まれたのです。
結果、彼は頑なに融和を主張。
帝も反発して夷憎しを唱えるようになったのです。
何ということはありません。
要するに将軍と天皇の意地の張り合いです。
「帝と幕府は、いわば武と聖の二本の柱。
だが、これが並び立つには、想像を絶する努力が必要なのだ。」
大御所・九厳は、隠居中の大和国の屋敷でそうつぶやきます。
聞いているのは、久能の侍大将の一人、ルスランです。
「大御所様は、上様に何と御声かけを?」
「…率直にね。
きっと中納言は、隠居中で充電済みだから武張った意見を言うだろうと。」
結果から言って帝の御前での朝議は、紛糾しました。
十完は、終始、この無意味な内乱の発動を反対。
久能を筆頭に他の公卿衆、諸侯は、強硬論を展開。
帝は、自分の意見が通らなかったことに腹を立てました。
しかし十完も引き下がりません。
二人は、話し合いの結論に自分のメンツをかけているのです。
内裏から久能は、京屋敷に帰ります。
市中は、様変わりしていました。
かつては、まだ異民族である夷の趣にも風情がありました。
しかし徐々に洗練されたものが少なくなり、悪趣味なけばけばしい物になりました。
最初は、朝倉坊や腕の良い職人が腕を振るい、目利きの商人が金を出したのでしょう。
しかしここには、実を掴まぬ上っ面だけの模倣があるのみ。
「急速に豊かになる社会と実態の乖離でござるな。」
エミリーは、目を細めて言葉を濁します。
どこか急速な発展と様変わりに故郷を思い出したからです。
「成金が増えても教養のある者は少ない。
腕のある職人も足らない。
その結果が安っぽい模倣の山積ということになったのでござろう。」
「夷は、腕が良いなどという風聞を信じ過ぎたのだ。
自分たちと異なる風情に真新しさを覚えただけだ。
真に力量がある訳ではなかったのだ。」
久能は、やや悪意を持って吐き捨てました。
彼女の主張は、完全ではないでしょう。
それらが間違っていないにしても悪意ある汲み取り方があることは、明らかです。
夜道を行く久能の一行の前に黒猫が姿を見せます。
ルスランの使い魔です。
「ルスランか。」
久能が声をかけると黒猫は、素早く久能の膝に飛び移ります。
「来ます。」
ルスランは、小さく告げました。
その意図を久能が判断するより先に敵が仕掛けて来ました。
数名の雑兵たちが久能の一行を襲います。
しかし流石に久能は、歴戦の戦士です。
呆気なく敵を返り討ちにしました。
「…お許しください。」
黒猫は、そう言って頭を下げました。
「いや、報せてくれて助かった。」
久能は、そう言いましたが、ルスランには、そう思えません。
明らかに自分が報せなくとも久能は、賊の襲撃を撃退したでしょう。
「夷か。」
「はッ。」
敵の死体を改めると皆、夷でした。
「…夜目が効くからな。」
流石にこれだけでは、何事も判断しかねます。
金で動くのは、人も夷も同じですから。
「でしがッ!?」
嫌な声をあげてエミリーの頭が吹き飛びました。
そのまま力なくエミリーの身体は馬上から落ち、泡になって消えていきました。
「エミリー!?」
久能は、ハッとなって叫びます。
しかしここは、一旦、この場を離れるしかありません。
ひょっとしたら泡に変身したエミリーがどこかで再生しているかも知れません。
「退け!」
「者ども、この場を離れよ!!」
「なんでや!」
「東日流王が代替わりした。
新しい”雪姫”が即位したらしい。」
風魔の忍、三夜がまた、フラッと現れました。
久能の京屋敷に忍び込んでいたのです。
彼女は、数年ぶりのはずなのにすっかり老婆になっていました。
ただ相変わらず頬を吊り上げ、厭味ったらしく笑い、彼女は、久能に告げます。
「…して。
今、どこに?」
「高志国に東夷王を僭称する夷の有力者が現れた。
その人物の軍師をしている。」
三夜の言葉に久能は、眉をしかめます。
「私の命を狙うのは、母親の復讐なのか?」
久能の台詞を小馬鹿にするように三夜は、肩を揺すって笑いました。
その場にいる者たち、全員をたっぷり不快にさせると三夜婆は、答えます。
「くっくっく…。
僕も心は、読めませんので。
知らんな。」
「そうか。」
久能は、この程度で怒鳴り散らしても埒が空かないので流しました。
これは、もう不快な生物なのですから。
「だが、何用で来た?」
「僕もこの年になると社会貢献を考えるようになってね。
くっくっく…。」
「忍が?
雇われもしないのにか。」
三夜婆に久能がそう言葉をかけると彼女は、腰をこれ見よがしに叩いて見せました。
それから如何にも年寄じみた動きでゆっくりと身体の向きを変えて答えます。
「風魔だ。
忍だ。
その前に僕も日本人だからね。」
「…そうか。」
久能は、穏やかに答えました。
また、こう告げます。
「貴様を疑ったことはない。
貴様は、優れた忍びだ。
多少、我々を不快にさせるが、な。」




