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第2話「焦土からの再起」(前編下)




「…話は分かった。

 しかし失礼と存ずるが南蛮人となれば、はい引き受けた、とは答え辛い。」


「左様か。

 なれば、長居無用。」


「待て。」


立ち去ろうとするエミリーに、久能が素早く声をかける。


「その足で夷軍に加わられても、ここの陣屋をらされても困る。」


「殺すのかね?」


「駄目か?」


久能が脇差を杖のように掴むと、身体を起こし立ち上がる。

エミリーは別に表情を変えず、久能をじっと見ている。

先にエミリーが声をかけます。


「いや、筋は通っている。」


「では命懸けで自分たちを売り込んではどうだ。」


久能がそう答えるとエミリーは不思議そうにアゴを手で揉みながら考えます。


こいつ、本当に悩んでけつかる。

久能は少々、あきれています。


「南蛮人を理由に追い出すのは世知辛かった。


 …だが、夷どもは易い相手ではないぞ。

 いつ、この村も襲われるか知れん。

 好きにすると良い。」


かたじけない。」


エミリーはそう言うと深々と頭を下げた。




久能の手勢は一気に倍ぐらいになった。

それでも一番多かった時期の2/3ぐらいだが、当面の戦いはしのげる。


「元々、北米士族の起こりはヴァイキングと呼ばれる海賊たちで、荒波を渡り、次々に領地を広げたのでござるよ。」


その夜の夕食。

寺の本堂で全員が集まって食事をとる。


エミリーは妙に久能にくっ付いてずっと離れない。


「出来れば身体を浄めたいのでござるが?」


「ああ、案内あない仕る。」


エミリーは久能より背が低いが、胸やら尻やらに肉が着いているので体格は大きく見えました。

久能は、その青い瞳、明るい髪の色に遠い異国を想った…。


風呂など用意できないため、近くの河原にエミリーは案内された。

久能もついでに身体を洗う。


「夷どもを見たことは?」


久能がエミリーに訊ねます。


「…形は人に似ている、とは思いまするが。

 あの青い肌は不気味…。」


「南蛮人もそう思いますか。」


二人は暗がりの中、低い声で笑った。


「あれは一体、何なのでしょう?」


「さあ。

 全く見当もつかぬ。」


久能が脚に水をかけながら話します。


「海内の東人あずまうどの話では、急に自分たちの住んでいる土地に姿を現したと。

 以来、東人を追い出し、代わりに数を増やし始めたのですが、言葉が人間の物とは違う上、様々な部族に別れて互いに争っておる由。

 大和の者たちでも夷どものことはあまり良く分かっていないのです。」


「あずまうど?」


「大和に従っていなかった東日本の住民です。」


「ああ。」


東の敵、”東夷”に対して東から来た人間が”東人”ということか。

エミリーは納得したようでした。


行水から上がると二人はそのまま寝床に向かいます。

寝床と言っても布団が一般的になる前の時代ですから畳の上で寝ます。


「これは?」


エミリーは不思議そうに畳を手で触りながら久能を見上げます。

まだ部屋中が畳で敷き詰められてもいない時代ですから、木床の上にぽつんと畳があるだけです。


「畳です。」


「はあ、これは…、これは…。」


西洋では古代から寝台ベッドがあったので、床に直に布いた硬い畳の上というのは驚きでしょう。

そこは綿花や羊毛、毛皮産業の違いがありますから仕方ありません。


「うおっ…と。

 慣れるまでは辛抱でござるな。」


「左様か。

 …南蛮の寝床とは勝手が違うようで。」


不意にエミリーは久能の手を取り、抱き寄せて顔を近づけます。

あまりのことに久能はギョッとしてしまいます。


「美しい。

 初めて会った時から、この黒髪に見惚れていましたぞ。」


「あ、何を…っ。」


エミリーはグイっと力任せに久能を掴み、そのまま放しませんでした。

彼女の眼を見て話しかけます。


「貴公の寂しそうな眼を見て、私は確信しており申す。

 貴公は…。」


「莫迦か、貴様ッ!」


久能はエミリーをはたきます。

かなり大きな音がしてエミリーの顔が反転しましたが、彼女は引き下がりません。


「貴公は一度は私を追い出そうとしました。

 しかし、私には分かっておったのでござる。

 貴公の私の身体を見る目…。」


エミリーはそう言って久能の手を自分の腰に押し当て、そのままお尻に回します。

久能の目が、かっと見開かれ、頬が紅潮しました。


上に覆いかぶさるエミリーの乳房の先が久能に触れ、お互いの柔らかな肌が擦り合わせられます。

脚が絡み合い、息がお互いの口元に触れます。

熱っぽい目が近づいてきます。


「止せ。

 …離れぬと斬る。」


久能がそういってキッパリと断るとエミリーは残念そうに退散します。

エミリーが手を離すと久能は、ずずっと畳の上で身体を引きずって身を退きました。


「…夷どもには決してくみしませぬ。

 誰ぞ他の武将をお教えくだされば、私はここから去ろう。」


エミリーが暗闇の中で久能の背中に、そう告げます。

久能は振り返ることなく部屋を辞し、去り際に答えました。


「…今は、まだ。」


久能はそう言って障子を閉じ、自分の寝室に向かいました。


エミリーは畳の上に臥すと、しばらく久能の顔、声、姿、身体の感触を思い出します。

少々、気が早かったようだと思いもしましたが、これも一興。

大和の女、やはり故郷くにとは違う。


理から言えば、このような得体の知れぬ蛮人を留め置くは不条理。

ですから、久能が自分を引き留めた以上、何かしら琴線に触れるものがあったとエミリーは自負しています。


「ふうっ。」


悩まし気に一人身体を揺すりながら、エミリーは寝入りました。




幾日か経ちました。


すっかりエミリーが連れて来た海兵たちと久能の手勢は、一緒に乱れなく動けるようになりました。

もともといだの東西をことにするとはいえ、同じ武家の者同士です。


「この村の備えを固めるのは、どうでござろう?」


エミリーが久能に提案しました。

「戦場にかける橋」という映画が昔ありましたが、あれはイギリス軍と日本軍の話だった気もしますが…。


「村人にとっても、我々にとっても利のある事でござろう。

 特に村人にとって我らの逗留は面白くない事ばかりと存ずる。」


「…解せぬな。

 我々がいることで何故、百姓に障りがある?」


久能はそういって首をかしげ、訝しそうにエミリーを睨みます。

しかし久能の部下が横から口を挟みます。


「やや。

 久能様、我らは余所者ですから、我らが居座っておっては村の者は気持ち良くないでしょう。

 …なんと申せませんが、そういうものです。」


「そうか?」


もともと上級武士の子弟である久能には分かり難い話しでした。

まだ納得できないのか質問を重ねます。


「私は別にここの百姓が嫌がっておるとは思えんが?」


「そ、それは、はっはっは。

 …貴公の前では、おくびにも出すまいぞ。」


エミリーがそう言って笑いました。

久能はますます面白くありません。

しかし、元からいたメンバーも新しい兵たちもエミリーの意見に賛同しました。


「納得できんが、この村の備えを強化するというのは利の無いことでもない。

 …しかし築城に詳らかな者は、ここにはおらぬ。

 誰ぞ、経験のあるものは?」


「実は、その儀に関しても、ひとつ。」


エミリーが言うには、なんとわざわざ築城やら工事、土木作業に詳しい者を探して来て雇いたいというのである。


「久能殿はうやってござる。

 しかしされども、久能殿の方針は今一時のみのその場凌ぎにござる。


 この一党は、久能殿の”家”と申しても良いもの。

 なれば、参謀やら軍監やら伝令、人夫、荷駄ともっと人材を揃えていかねば。」


「ここは、ただの独立遊撃隊ゲリラぞ。

 ただ、疾く疾く夷軍を襲えば、それで足りるわ。」


久能がそう言って煩わしそうに首を振りましたが、エミリーは譲りません。

なおも理を説きます。


「私は余所者ですが、恐らく上様…、将軍家(北条九厳)は覇気を無くしておいででござろう。

 故に意味もなく、末端の兵に死ねとばかりの益体のない命令を発したまま、戦略方針も明らかにせずにおるのでございましょうや。

 もし、将軍家に覇気あれば、西進する夷軍に散発的に攻撃を重ねるより、全ての兵を九州か四国に移すはず…。」


「勝手を申すな。」


久能は弱々しくエミリーを制します。

しかし、この場の誰もが彼女の意見を否定できなかったのです。


上様に明確な意思が見えない以上、唯々諾々とするより行動を起こすべき。

それが総意でありました。


「…私には、そのようなことに回る頭もない。

 才もない。

 エミリー殿に任せよう。」




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