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第12話「東夷王」(前編上)




毛野国が日本列島から姿を消し、民族ごと大陸に移住して5年。

数十の夷各部族は大和王国に服属させられていった。


民族の入れ替え政策により、関東一円から夷たちは西日本に移され、代わりに大和の民が入植。

また先に服属した夷たちを未だ服従しない夷にけしかけ、次々に勢力を広げた。

もともと毛野国によって蹂躙され、弱体化した夷諸部族に大和軍と戦う余力はなかったのです。


ですが、急激に膨張した国土に対し、能力は追い付いて行きませんでした。

先の毛野国との戦争で優秀な人材を失っていたというのが一つ。

もう一つは、もともと畿内一円を統制する制度しかない大和王国の行政能力の限界がありました。


結論から言えば東日本を支配する新しい国が成立しました。

伊都国、出雲国、土佐国、吉備国、狗奴国、高志国に続く7つの目の地方政府です。


「これ以降、東日本を治める毛野国という単位を成立させることとしたい。」

「問題は、何者を毛野王にして封じるのかでおじゃる。」


「奇をてらう必要はなかろう。

 皇室より王族を地方に送り、毛野国に入府させれば良い。」


かつて皇族から関東に下向し、その地を治めた平家の始祖が高望王でした。

後に彼の子孫から平将門や平清盛が現れました。

今回、公卿衆が計画したのは、それです。


「しかし関東を支配するとなれば、大きな力を持つ。

 自由にさせておくことは出来まい。」


「いや、そこは心配無用でおじゃろう。

 王との結び付きの弱い新興の国となる故な。

 第一、今の関東をまとめることが先決で、そのような問題は後から考えれば良いわ。」


「左様。

 …しかしやはり毛野国は大き過ぎる。

 もう少し細分化せぬか?」


「くどいっ。

 そのようなことは後からできると言うておじゃる。」


結局、議論は、まとまりませんでした。


朝廷の毛野国封土化案に対し、幕府は鎮守府を置く案を挙げました。

当地の長官が世襲制となり、強力な力を持つことを避けるためです。


しかしどちらも完璧な案とは言えませんでした。


京から離れ、強い権限がなければ現地の有力者たちの言い成りになります。

ですが、強い権限を与えれば朝廷の驚異となります。

要するに最初から完全な対処法はないのです。




東京。

久能は巨大な軍隊を率い、当地に入城しました。


「関東は空の色まで違う様に思えていたが…。」


久能はそう言って、冬の空を眺めました。

大袈裟に寒がるほどではありませんが、西よりは空気も冷たい気がします。


「閣下、十州島(北海道)は、どうしましょう?」


「…うむ。」


アズルドヴェインは大陸に渡り、現在の中国、ロシアに渡る広大な帝国を建設しました。

その一部は、未だに十州にあります。


「お互いに国境を取り決めることも必要だろう。」


「それはアズルドヴェインが中原の皇帝であることを認めることになると…。」


「事実、そうなのだからやむを得ない。」


そういって久能は額を手で押さえます。

長い黒髪がサラサラっと肩からこぼれました。


皇帝アズルドヴェイン。

今や空前の大帝国を建設した東夷王に周辺の国々が平伏しています。

大和王国も歴代の中華皇帝に礼をとったように、今後は彼に対する態度を定める必要があるでしょう。


「今後、世界はどうなるか分からない。

 今の大和のように夷が定住することもあるかも知れん。

 ゆくゆくは、隔たりがなくなる時代になるということだ。」


「夷とはいえ、中原の覇者として人間から認められる事態になると?」


「…分からないが。」


久能の意志とは、関係なく将軍の十完がなんと考えているかが問題でした。

ですが、今回の場合、久能と十完の考えは等しいようです。


アズルドヴェインが夷であろうとも実態として皇帝である以上、認めざるを得ません。

しかし、未だに夷に対して様々な感情を持つ有力者を説き伏せるには骨が折れます。


そもそも彼らが望んでいるのは大陸との戦争です。

やはり、豊かな資源を持つ大陸に進出しなければ、この国は先細りするだけです。


既にエミリーの仲間の中には、倭寇となり海賊行為に走る者もいます。

天磐楠舟を堂々と動かし、大陸に攻め込む大名も時期に現れるでしょう。


「…正直、言って私は疲れた。

 いや、疲れるには早すぎると言われても仕方がないのだが。

 ハッキリ言って疲れた。」


「丁度良いでしょう。

 東京に居れば朝廷の要請をかわすこともできます。」


久能は部下の言葉にとっかかりを感じました。

いうまでもなく、今の久能はかつての九厳ひさよしと同じです。

戦いと政治に疲れ、一線から身を引いた彼と。


彼を非難した自分が今や彼と似通った境遇に立つ。


しかし妙に腑に落ちます。

業深い野心家でなければどこかで戦うことに疲れてしまうのでしょう。

歴史上に輝く英雄たちは、まったくどれほど大きな野望を持っていたのでしょうか。


久能にはそれが恐ろしくすら感じられました。


ともかく夷軍を退け、久能は当初の目的を達しました。

彼女にとってこれ以上、戦う理由はなくなったのです。


「隠居しよう。」


久能は近臣たちに率直な意見を述べました。


「東京に親王殿下が下向されるのを機に私は幕府の職を辞し、吉備国に帰る。

 そして領内の政治に専念したい。

 我が夫、都支午利 ( トシゴリ )との間に子も欲しい。」


議場で反対意見は出ませんでした。

これ以上、吉備国の戦費がかさむのも詰まらない話ですから。


吉備王女、伊邪奴イヤナが言いました。


「義理姉上の御意見を尊重したいであります。」


「ありがとう、伊邪奴。」


しかし伊邪奴は一つだけ反論しました。


「ただ、幕府の役職、管領たるを辞すは思い留まって頂きたく。

 まだ義理姉上は、若く。

 その義理姉上が幕府の要職たる管領を止めるは、幕府の威信にキズを着けますので…。」


「それでいいのだ。」


久能は、非を認めつつ譲りませんでした。

さらに自分の意見を続けます。


「今や幕府の威信は十分に高まった。

 しかしこれ以上、高まれば朝廷との折衝が難しくなる。

 タカ派の私が退くことで各地の好戦的な風潮に水をさしたい。」


ここまでの意見を聞くと重臣たちの表情が変わりました。


「強硬な動きに水をさす、とは。

 つまり十州島や(大陸)への進撃を制止したいということでありますか?」

「それは反対であります!」

「き、吉備でも豊かな大陸への進出を望む声が高まっているであります!」


ここでいう進出は、かつての古代日本の加羅諸国に対するような半島政策や秀吉の挑戦征伐とは毛色が違います。

ただの略奪です。


天磐楠舟で文字通り、フラッと上陸して奴隷や金属などを奪い、帰るだけ。

占領政策や植民地化が目的ではありません。


「…それは、やるなら私抜きでやって貰う。」


「なんと!」

「お考え直し下さいであります!」

「我々は承認できないであります!」


近臣たちは咎めましたが、久能は意見を変えることはありません。

最後に改めて意見を伝えました。


「もともと私は消極的な幕府の方針に腹を立てて異常な力を手に、自分の意見を皆に押し付けた。

 結果、無闇な戦闘を広げたが、それが全て間違いだったとは考えられない。


 日本国を守る意志を、我々、武士が示すことで威信が守られた。

 それによって各地の民の了解を得て、秩序を取り戻せたと思う。


 しかし、これからもその姿勢を保つことは正しいと思えない。」




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