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第11話(後編)




久能は幕府の命令に従い、勢州、尾州に進撃することを決定しました。

東海道を進み、関東を抑え、旧毛野国領を制圧するのです。


「確かに今、戦闘はどこも穏やかな状態だ。

 しかし、これはまやかしに過ぎない。

 ただちに東日本の秩序を取り戻さなくてはならない。」



それは戦争の長期化、泥沼化を意味しました。

ですが、夷の流入や各地の混乱が表面化する前に東日本を制覇しなければなりません。


「うーん。

 毛野国がなくなって空白になった関東を抑える訳か。」


スカディも一応は納得しました。


「でも、わざわざ火に油を注ぐことはないんじゃなくって?」


杏は久能の提言を批判します。

それにエミリーが抗弁しました。


「混乱が起こってからでは遅い。

 我々が進めて来た闘争は、まだ終わっていない。」


「そうだ。

 夷を平伏させ、混乱を収めるまでは戦い続けるべきだ。」


久能も改めて自分の意見に着け加えます。


諸大名の反応は、今まだイマイチですが、ここは畿内の軍勢が積極的に動くべきでしょう。

仮面兵10万余という空前絶後の大軍が動員されます。

北条幕府が抱える空軍も大挙して東進を開始しました。


最後の大東征が始まったのです。


「夷どもは、この国に生きる価値もない。

 奴らに希望など見せてはならない。」


新帝の意志は固く、攘夷論が掻き立てられました。


「公卿衆も諸大名も、今は疲れているだけなのだ。

 いずれは我々の動きに連動し、関東平定に助力するであろう。」


十完も幕臣たちと共に東征軍に加わります。

大御所、九厳は留守を守るというより、これまで通り政務を取り仕切っていました。


「この東征が正しいのか。

 それは僕には分からない。


 ただ十完も久能も若い。

 二人は時代の波濤の先頭を行く者たちだ。

 この戦争が大和の勝利で結ばれるとすれば、僕はもう古い人間なのだろうね。」




尾州が大和王国から失われ、3年が経ちました。

大和軍は、3年ぶりにその領域に踏み込んだのです。

久能は苦しみの中に居ました。


果たして自分の足りない実力で何ができるでしょう。

この東征は、大和の命運を左右する大戦となるはずです。

関東を平定できなければ、大和王国は大きく国力を失ったまま海内の威信を失います。


「エミリー、私はここから逃げ出したい。

 これまでまともに私は勝ったことがない。

 こんな場に居るべきではないのだ。」


「これまでは、そうでした。

 これからは勝ち続けることがかなうかも知れません。」


エミリーは、簡単にそう言いました。

勿論、彼女もそんなことが急に始まるとは信じていません。

ですが、久能を奮い立たせようと、上手くその場で取り繕ったのでした。


そんな時でした。


「うぎゃあああッ!!」


味方の陣のあちこちから大きな叫び声が響きます。

一斉に皆、声をする方に走ります。


「なんだ!」

「あ、アレを見ろお!」

「ひ!?」


真っ黒な山の稜線が、ゆっくりとズレて行きます。

黒い、とにかく黒い塊が山の間を動いているのが見えます。


「山が崩れてるぞ!!」

「な、なんだあ!!」

「いやあああッ!!」


「皆の者、落ち着かれよ!!

 あれは危険なものではない!!」


幕府の騎馬武者が陣の間をそういって駆け抜けました。

混乱はそれでも収まりませんでしたが、数時間もすれば皆、慣れました。


「あれは?」


「高志国の守りの要。

 八俣遠呂智ヤマタノオロチだ。」


現在の我々にとって、八岐大蛇ヤマタノオロチが巨大な8つの首を持つ蛇の怪物ということは周知です。


”遠”は美称。

その力強さ、立派な姿を褒め称える祝語。

”呂”は、「~の」という意味で”智”は神を意味します。


つまり”八つの頭を持つ大きな山の神”という意味でしょう。


古事記でもスサノヲが倒すまでは、正体不明の怪物として描かれています。

何といっても山より大きく、山の谷間を首が跨いでしまうというサイズの怪物です。

生きて動いている間は、人間には正体が掴めないのも道理でした。


スサノヲが八岐大蛇を倒したのは出雲なので出雲の怪物と思われがちですが、高志国、北陸からやって来た神だと記述されています。


「神話の怪物を!?」


「久能殿も仮面兵というアラハバキ神の力を借りているではないか。

 幕府の命令で、現世に再び神話の怪物を蘇らせたのだ。」


本陣に飛び込んで来た久能に十完は、怪物の正体を話します。

アラハバキ神だけでなく他の神話の威力をも蘇らせようというのです。


「新帝からお許しが出た。

 今こそ大和王権を、この地に成立させた威力を解き放ち、神の御業で夷どもを滅ぼすのだ。

 諸大名も皇室に対する忠誠を取り戻そう!」


久能は、十完の言葉に青褪めます。


それはそうでしょう。

帝の威信が高まるということは、公家や武家が弱体化することを意味します。

この男は、そこを分かっているのでしょうか?


「皇室を敬う上様の志は立派ですが…。

 あまり帝が威光を増すと幕府や諸侯はどうなります?」


久能の質問に十完は、腹を立てたのか言葉を荒げます。


「そのような保身は、余にはない!

 余は皇室の誠の輝きをもって大和を新しく生まれ変わらせる!!

 建国神話をここで再現するのだッ!!」


百姓どもが未だに狭い竪穴住居に住むのも皇室や公家のせいです。

今また帝が権力を取り戻し、一極支配の構図を取れば、民は犠牲になるのでは?


皇室の優位性が失われ、公家から政治的な実権を武家が奪い、さらに商家や豪農がそこに続く。

次第に世の中の権力や富は、拡散していったのです。

それを再び一つに戻すのは、時代の逆行ではないでしょうか。


勿論、貧しい人たちが居なくなる訳ではありません。

しかしこれでは神話のような一部の権力者が恐ろしい力を持つ時代に…。


自分の陣に戻った久能はエミリーに訴えました。


「まさか神話を再現するとは…。」


「構わないのでは?」


エミリーは平然と言いました。

久能は、もう彼女のドライな性格には驚きません。

ただ、彼女の意見を聞く体勢になりました。


「歴史は決して逆行しません。

 王権から貴族政治、新興の士族政治、商人の台頭…。

 時代は、そう流れ、ゆっくりと人の意識が改革を続けます。


 今、再び大和帝室に権威が宿ったとしても、それは神の威力がさせたもの。

 民心が望んだ結果ではない以上、力が衰えれば自然と権勢も薄れます。


 歴史に逆行するほどの権威を維持する力。

 そんなものが長時間持続するとは、思えません。」


「…確かに老人が無理矢理、力を出して流れに逆らうのと、同じ、か。」


久能は自分でそういって気付きました。

それは仮面兵も同じなのです。


どんなに魔法や神の力を利用しても、どこかで力を維持できなくなるはずです。

きっと彼女が恐れるようなことにはならない、そんな気がしました。


ただ、残念ながらそれは違います。

仮面兵の技術、生殖強化の研究は留まることはなかったのです。


何せ生殖は人のもっとも強い喜びでもありますから。


我が子を抱く喜び。

健康な子供を望む親の心。

戦争に勝つために人口を増やそうという意識。


クナトの神に対する人々の希望は、この世界の時代の流れなのです。

むしろこちらは逆流どころか、時代を押し流していきました。


もっとも彼女は、死ぬまで今日の発想を信じていたでしょう。


「エミリー、流石だ。」


「いえ、殿の御懸念が晴れて良うござる。」


時代は、ゆっくりと動き始めました。

登場人物たち、大蛇のように大きな動きの一部しか見えない者には測り知ることもできません。




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