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第10話(後編上)




「近い内に戦闘停止が命じられる可能性が出た。」


北条厳景が久能のもとを訪れて言いました。


庭にしゃがみ込み、池の鯉を眺めています。

朝倉坊が作った伏見城の本丸御殿の前の庭です。

まるで天上の浄土を思わせる景色ですが、ダーツが発射される石灯篭や槍が飛び出す庭石が並んでいます。


最近はヌビオの趣味なのか、アールヌーボーのような彫刻が加わりました。

城の内装も欄間が一風変わった物になり、柱や障子の骨がグネグネと曲がり、夷の建築のように歪んでいます。

例えば、ここ本丸御殿の障子の骨は普通の格子型ではなく円を描いたり、波のようになっています。


「…帝の御容態が悪化したという話ですか。」


「冬は危ない。」


久能は、しばらく前から帝が取次ぎを断っているのは知っていました。

帝が崩御すれば、大和全軍が喪に服します。

戦況も落ち着いていますし、止む無いことでしょう。


「よほど大きな動きがない限りは、数年は大人しくすることになる。

 …ここだけの話だが、貴殿は困ることになるぞ。

 幕府に弓引き、大した武功も挙げられず、このままとなれば…。」


「北条方に心配されることはない。」


久能は強がりますが、厳景の言う通りです。

平和になれば公卿衆も幕府も本格的に攻めてきます。

武力の戦争ではなく、陰謀の冷戦です。


武力衝突でも負け、おそらく久能に勝ち目はないでしょう。

連中は、そっちのほうがまた一段と上手です。


「父は貴殿を国を想う士と信じている。

 …ただ自分と違って性急。

 あまり過激にやり過ぎると危険視していることも一側面ではあるが。」


「お心遣いは感謝する。

 だが、私はそうは思わない。

 御所様はここまで状態を悪化させた。」


久能は九厳を批判します。

その息子は静かに答えました。


「アズルドヴェインに日本支配の意志がないことは、貴殿も知っていたはず。

 どこか折り合いを着けて毛野国は和平を持ち掛けることは予想できていた。


 貴殿は無闇に戦線を拡大し、火に油を注いだ。

 その上、仮面兵などという得体の知れない魔術を用いている。

 それでも大義を想っての行動と御所様は大目に見てくれているのです。


 貴殿がやったことは、ただのヒロイックな自己満足。

 今回のアラリアとの破談もそれです。


 連中が野蛮でも攻撃する正当な理由にするまでもないはず。

 貴殿はただ正義感を振りかざし…。

 いや、アラリアの臣従を御所様に進言した自分の失態を抹消したいだけだ。」


反論の余地のない完璧な理屈でした。

しかし、それはどれほど民が死のうと体制を維持しようという御所の論理でしかありません。


しかし、しかし御所の主張する通り、久能の戦争は無駄でした。

そしてそれは本当に無駄になろうとしています。


「幕府の命令に従っていれば良かったのだと?

 私は、バカだと?」


久能は厳景の隣に腰を下ろし、池を眺めます。

池の底にもスイッチがあり、そこかしこにカラクリが仕掛けてあります。


「貴方の心は、立派だ。

 しかし賢明な人の言葉に耳を貸してもらいたい。


 我が父、御所様は帝の崩御と共に将軍職を辞し、継嗣十完様に将軍職を譲る。

 貴方には管領職を用意し、幕閣となって貰いたい。

 我々の側に立つのです。」


「大御所となって、幕府の外から私を監視するだけではないか?」


久能は冷たく反論します。

その点に関し、厳景は否定しませんでした。


「少し違っている。

 貴殿の志は、御所様は買っておられる。

 無謀をしなければ御所様は貴殿の後ろ盾です。」


厳景は帰り際に久能に告げます。


「近江国は年内までの総仕上げぞ。」




久能は京を視察に向かいました。

朝倉の指揮の下、着々と町は復興しているのは良いのですが…。


「なんだ、これは…。」


京は、もともと碁盤のように道が交差する条坊制です。

しかし朝倉が手を加え、街が円形になっていました。

大きな円の中に順に小さな円が入って、螺旋状に道が繋がっています。


建物もなんだか、グネグネしていて夷の建築様式に変わっています。

切り出したままの木の肌に複雑な模様が彫り込まれています。

おまけに遮光器土偶を意匠した石像が隙間を見つけては並んでいます。


むしろ伏見城より悪化しています。


「朝倉坊は、何をしている。」


街の中心に新しい大内裏が建設されています。

ここだけは、京のもともとの大通りが残っていました。


間の抜けた埴輪ハニワが外側に、ずらっと並んでいます。

恐らく全て、ダーツや槍が飛び出してくるカラクリでしょう。

大きな水堀が作られ、日本の戦国時代の城のように石垣が出来ています。


しかしその先には胸壁を備えた欧州の城壁のような土塁が作られています。


中は平安時代の寝殿造のように左右対称で極楽浄土を表現しています。

ここにも埴輪が並んでいて小さな前方後円墳まで築山代わりに作られています。


「なぜ御陵みささぎが庭の中にある?」


「ナギュラ殿が大和らしくて良いと。」


「ナギュラ?」


「夷の職工です。」


久能が大内裏のさらに奥、内裏の建設現場に進みます。

ここは帝をお招きする場所になります。


「おい、ここは天井が腐っているぞ。

 あそこはまるます床が抜けているではないか!」


建設している途中だというのに、あちこちが腐っています。

おまけにツタや草が生え、木が伸びている場所まであります。


「ワザとです。」


「ワザと!?」


「朽ち果てた感じを出すのに苦労しました。

 こう、自然に帰っていく様子を表現しております。」


「…もう、良い。」


他もカラクリとアールヌーボーに彩られていますが、作りはともかく出来は上々です。

真鍮製ではない木製のスチームパンクといった感じです。


「ここが軍港です。」


天磐楠舟を入港させる空港も久能は視察しました。

これまでにない大きな物になっています。

巨大な造船ドッグまで新たに加わっています。


「…あれは夷か?」


久能が忙しく動き回る集団を指差しました。

案内を命じられた朝倉の部下が包み隠さず答えます。


「夷です。

 しかし扶持米を貰って働く立派な職人です。

 奴隷ではありません。」


久能の知らない間に朝倉は勝手なことを進めていました。

これは、もう視察ではありません。

久能も幕府が認めない場合、京に籠城するという宣戦布告でした。


京を守るカラクリの数々は、異常です。

どう考えてもこれは朝倉の意思表明でした。


「…次の場所を見せて貰おう。」


久能は京の東北、鴨川の上流に作られた左京御所を見に行きます。

もっとも九厳は京には入らないのでしょうが…。


「立派な城だな。」


「地下1階、地上4階の大天守閣です。」


地上1階から3階までが歪な四角形で最上階は円形になっています。

左右、前後が非対称の奇妙な形をしています。


次に下京、鴨川の下流に向かうと奇妙な建造物が目に入ります。

何か巨大な盛り土をしています。


「土塁か。」


「完成すると三角錐になります。」


要するにピラミッドでした。


「三角錐?

 これは砦の土台ではないのか?」


「ただのモニュメントです。」


「なんだそれは。」


「飾りです。」


久能は目を回しました。

まあ、夷の宗教的な建造物なのかも知れません。


最後に京域の外に巡らされた外壁の工事を視察します。

今回、京全体を覆う壁が作られる予定です。


「これが惣構えか。」


「はい。

 この工事自体は何十年もかかるでしょう。」


「夷の臣従を認めよという意思表示のつもりか?」


久能が案内役を牽制します。

しかし彼は静かに答えるのみです。


「狗奴国も山城国も長く夷と共に暮らすことになりましたから。

 大和の他の地域と違い、夷を受け入れる土壌が出来ているだけです。

 今すぐに理解して貰おうとは思いません。」


全ての人間が同時に革命を終えることはないのでしょう。

あるいは何百年しても意識が変革しない人間もいるはずです。

ただ、早過ぎる人間も中にはいるはずです。


この京が完成する前に灰になるか。

このまま新大和王国の時代を象徴するか。

全てはラスター族の使者たちの出方にかかっていると言えました。




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