第10話(中編下)
大溝城は大した抵抗もなくスカディたちによって落とされました。
ですが、アラリア軍の奇行は問題になっていきます。
大津城、伏見城でもアラリア兵の蛮行は問題になります。
薬物、乱交、虐殺、占領した地域での略奪。
それ自体は珍しい行為ではありません。
ただ、あまりに徹底して度を越えているという点。
自分たちと違う、夷の行為ということで危険視が高まります。
「やはり夷など信頼できるはずがない。」
「アラリアとの約定を破り、攻め込むべきだ!」
「なんと汚らわしい蛮族だ。」
当然、久能も見咎めない訳には行きません。
こちらから同盟を申し出たにも拘わらず、早々にアラリアに攻め込む決定を下します。
「アラリア軍と手を結んだのは、間違いであった。
すぐに小谷城に兵を進めよ。」
「ははっ。」
これはまさに大和の夷への不信感が噴出した瞬間でした。
エミリーもこれは、やむを得ないと受け止めています。
「やはり、上手くはいかなかったな。
仮初の盟約だった、ということだ。」
「しかしそれにしてもあまりに短い。」
信義に悖る行為だということは承知しています。
しかし、あまりにも外聞が良くありません。
アラリアと手を結んでいては大和軍の威信に関わる問題になります。
数日後、この動きは意外な効果を波及しました。
「高志国が参戦を決定しました。」
「それは、そうだろうな。」
エミリーは部下の報告を聞き、頷きます。
高志国としては越前国を犯され、腹に据えかねていたはずです。
「それと安土城のラスターという夷の部族が共闘を望んでいます。
それにアラリア軍と同等の条件を望んでいます。」
「臣従を認めろということか。」
風将オズリックは、安土城にはどんな部族が入り込んだがも分からないと言っていました。
それが意外にも向こうから接触してくるとは…。
「あいつが勝手に接触したのか?」
エミリーが部下に訊ねます。
例の夢見がちな民俗学者な海兵の仕業でしょう。
「きっとそうでしょう。
フィールドワークといって現地人に接触したのではないかと。」
「それでこそ海兵だが…。」
危なっかしい奴。
エミリーはそう思ってヒヤリとしました。
「海兵は常に全軍の先駆者でなければならん。
どの部隊より早く先着し、最前線で戦う武装した司祭だ。
殺戮者であり修道士にならなければならん。
その姿勢は、素晴らしいな。」
若干、イラつきながらエミリーはそう言いました。
「そうですね。
殿に伝えましょうか?」
「いや、待て。
今の伏見城は攘夷論に傾いているだろう。
とてもではないが聞き入れて貰えまい。」
エミリーのいうことは正しいでしょう。
きっとまともに聞き入れては貰えません。
「ともかく今度は一度、相手の様子を探りましょう。
習俗、文化、軍事力、技術力…。
それこそ、あいつの専門だしね。」
「分かりました、ボス。」
後日、スカディたちも大津城に呼び戻され、協議が始まりました。
伏見城の久能に伝える前に一計を案じなくてはなりません。
「あああっ!?
アラリアの連中で私は懲りたぜっ!」
「いいですこと。
あんな連中は、所詮は野蛮人ですの。
予たちとは育ちが違いましてよッ!」
スカディと杏は、開口一番に反対しました。
やや理解を示しているのは、吉良と尾崎です。
「なんでも決めつけるのは良くないぜ。
一緒に考えよう。」
「そう、レッドの言う通り。
まずは考えましょう。」
二人の言葉の内容は前向きですが顔は、そうは言っていません。
あからさまに嫌そうな表情をしています。
「…利用するだけ。」
「はッ。
ルスラン様は、ともかく一時的に利用するだけでいいのでは、と。
同時に複数の敵を相手取るのは賢明ではないと思います。」
ルスランの意見を副長が代弁します。
エミリーのいわんとするところもそこにあります。
「嫌だよお。
もう、あんなの相手にしたくないよお。」
立川静。
久能麾下の鸞兵大将として登用された出雲軍の武将です。
あの連中と比べると、なんだかおっとりした性格です。
そのせいか彼女自身が希望して久能のもとに移動しました。
「しかし、仮にも一度は臣従を許したアラリアを攻めるとは。
少々、乱暴ではおじゃらぬか?
それこでまた軽々に新しい相手と交渉を始めて良いものか…。」
一条式部丞。
北条幕府の空軍艦隊司令官で、第8空軍大将。
事実上の与力として行動を共にしています。
「向こうが申し出て来たのです。」
「嘘仰い。
そなたの配下の海兵どもが夷にそう仕向けたことぐらい麻呂には分かっておるわ。
何を申すか!」
エミリーに一条がピシャリと言います。
どうも誘い出された感じがして、エミリーは言い淀みます。
「麻呂は幕府の臣なのじゃ。
いわば、そなたらの大目付ぞ。」
「けどよお。」
スカディは何か言おうとして、途中で止めます。
一同、一条の雰囲気に黙り込んでしまいました。
もともとほぼ全員、子供といっても差し支えない面子です。
大の大人は、これまで伊邪奴か狗奴王ぐらいでしたが、二人は仲間という印象がありました。
しかし一条は明らかに異質の存在感を放っています。
「第一、御所様の御名でアラリア王の臣従を認めたのじゃ。
それをあまりに早々と、なんたることでおじゃる。
連中の度を越えた風紀の乱れを何故、調べて御所様に申し上げなかったのじゃ。
これは兵庫頭殿の手落ちでおじゃるぞ。
今更、なんと言い逃れできまいが?」
「では、どうしろと?」
「蛮族どもと交渉する必要はないっ。
さっさと諸共に押し潰してしまうが良いわえっ!」
一条の主張は、一貫しています。
恐らく幕府に伺いを立てるまでもありません。
しかしルスランが珍しく抗弁します。
「ラスターの民がアラリアの民と同じとは、決まっていない。」
蚊の鳴くような小さな声です。
一条は小馬鹿にしたように横目で睨みます。
しかし、この主張を捻じ伏せなければ、大人げないと感じたのでしょう。
黙殺しても良いルスランの主張に反論します。
「それは一理ある話でおじゃるなあ。
しかし、それを信じる者が多いとは思えぬが?」
ラスターという安土の夷たちが、仮に善良でも大和中に、どう納得させられるでしょう。
彼らはアラリアの一件で夷は、やはり野蛮だと感じています。
説得力のある実証がいるのです。
「よお、エミリー。
こいつは無理だぜ。
悪いが、安土城も攻めるぜ。」
スカディがそういうと静が追従します。
「やったあ!
それで行こうよお。」
「…。」
エミリーは緑色の瞳を下に向け、床を、じっと見ます。
所詮、夷は蛮族。
大和王権の威信の前にどれほど約定を違えても何の痛痒もありません。
しかしこんな悪習が根付くのは、良いことでしょうか?
そんなものは百年先の問題です。
今、注意深く取り除く価値のない些細なものです。
しかし何故かエミリーは、ここに一石を投じる気持ちになりました。
「アラリアの連中にとっては獣姦も薬物や酒を乱用するのも普通のことなのだろう。
無論、今ここで博愛主義に囚われ、連中の文化を理解しろとは言えない。
だが、夷と私たちではどうしても価値観が違う。
ラスターの民の申し出。
今一度、機会を認めてやって欲しい。」
エミリーの発言に一同は、改めて考え込みます。
確かに同じ夷だからというのは、無法と言えは無法。
第一、アラリアは相容れないとはいえ、文化に違いがあっただけです。
「じゃあ、この場が満場一致で認めたことにすれば、殿も幕府も考えてくれるんじゃねえか?」
スカディが提案します。
ほぼ全員が頷きました。
抵抗しているのは、静と一条です。
「ふえええ。
嫌だよお。」
「…ちッ。」
「ひいいッ!!」
ルスランが舌打ちすると静が怖がって離れます。
一条は条件を付けます。
「安土城の夷どもを葛城御所に送り、御所様の御前で申し開きさせよ。
もはや兵庫頭には独断で任せきれぬ。」
面倒事を押し付けておいて、何かにつけて横槍を入れる。
これが旧体制の権力者のやり口か。
エミリーは、つくづく嫌になりました。
しかしこの場で出来る限りの議論は尽くしたはず。
あとはラスター族とかいう連中が自分たちで御所に納得させられるか。
本人たちの問題です。




