表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/77

第2話「焦土からの再起」(前編上)




尾州、近江を皮切りに夷軍の蚕食は始まった。

土佐国、出雲国、吉備国にも前進拠点が建設され、支配地域が広がった。


夷軍の侵攻は海内に収まらず、唐入りをも果たしていた。

朝鮮半島から中国の河南、台湾、カムチャッカ半島まで戦線は拡大された。


帝は東京に移され、山背国には夷軍の総督が駐留した。

大和王国の実体は解体され、今や属領の六国と大和の葛城王だけが抵抗を続けていた。


しかし、抵抗虚しく大阪城を夷軍が包囲し、狗奴王はついに降伏しました。


「なんでやー!」


これまで夷軍は数千単位で行動していましたが、この戦いではじめて1万を超える軍勢を動員しました。

それも大阪城の落城を受け、畿内からさらに西進を開始したのです。


え?

奈良県と和歌山県は無視するのかって?

…何もないじゃん。


夷軍は残る狗奴国の制圧も待たずに、兵力の全てを吉備国、出雲国の攻略に回しました。

畿内の大和軍は葛城国、今の奈良県南部と紀州に転戦し、ゲリラ戦を続けます。


葛城国は大和本国の中でも勢州に次ぐ、重要な地域です。

皇室の氏神であり、高天原たかあまのはらの最高神・天照を奉る伊勢神宮と記紀神話に登場する高天原と信じられたのが葛城国だったのです。


大和軍は、その葛城国に拠点を移したことを運命的に感じていました。

ここが大和王国の聖地であり、海人アマ族の発祥の地だと信じていたからです。

しかし、実態としては夷軍が手を着けなかっただけで、神の加護でも護国の祈りが通じた訳でもありませんでした。


皆、口ではこの神聖な地が大和の手に残ったことを喜びました。

ですが、本心では圧倒的な夷軍との戦力差に心が挫けてしまっていたのです。


「上様、九州探題の大友殿が九州まで撤収してはどうか、と申して来ております。」


「…僕は、もう疲れたよ。」


将軍、北条九厳は虚ろな表情で答えます。

幕府の重臣たちも薄々感じていたことですが、驚きを隠せません。


「徹底抗戦なんて、嘘っぱちさ。

 ここに籠っていれば、もう夷軍との戦いに頭を悩ませずに済む。

 九州探題には、済まないと答えてくれ。

 …随分と使者殿には無駄骨を折らせてしまったよ。」


北条は元来、剛の者ではない。

軟弱という訳ではないのですが、大局にあって冒険するタイプではありませんでした。

それでも苦しい場面でも気力を切らせるようなことは、これまでなかったのです。


しかし口の悪い人に言わせれば、今までこれほどの苦境に立ったことがないから気丈で居られたということでしょう。

文字通り、大和王国成立以来、誰も経験したことのない苦境だったのです。




失陥した横山城から脱出した久能豊は、その後も転戦し、今は狗奴国にいました。


無論、今日まで葛藤がありました。

横山城が北条九厳の手で一時的に取り戻された後、彼女はすぐに城に戻ろうとも考えました。

しかし夷軍の恐怖を思い出すと戻ることはできなかったのです。


それから時期に近江国が落ち、山背国も夷軍に攻略され、狗奴国の軍勢に加わったのです。


狗奴国で抵抗を続ける残党軍は、果敢に戦っていました。

せめて、ここから西に進む敵の背中に一撃を加えようと企図し、何度も攻撃を繰り返していたのです。


「かかれー!」


久能は少数の兵を任され、部隊長として夷軍の水上船を叩いて来ました。


「…妙な軍船だな。」


久能と共に早船を漕ぐ兵たちが口々に言い合います。

夷軍の水上船は、確かに大和が保有する船と違っているのですが、今回はさらに妙な形をしています。


「帆がえ。」

「なんだぁ、こりゃあ。」


何と言うか、竜骨船を上下にくっつけた様な形をしています。


「転覆してるんとちゃうやろか?」


久能たちが妙な船に近づくと、転覆した船底が海上に顔を出しているように見えます。

しかし船自体は航行しているのです。

あきらかに浜に向かって潮気を蹴って進んでいきます。


不審に思いつつ、久能たちは浜で先回りします。


「久能様、どうします?」

「射かけますか?」


兵たちが久能に指示を仰ぎます。

しかし久能は「待て。」と答えるだけです。


「様子がおかしい。」


あれだけ大きな船体なら小早船が接舷しようとした時に体当たりできるはずだ。

事実、衝角など敵の船体に突進して転覆させる装備が見受けられる。


倉皇そうこうしている間に謎の船は停まり、人影が降りてきます。

久能たちも武器を下ろし、相手の出方を伺います。


「貴公らは日本やまとの人間でござるか?

 それともエルフ?」


「我々は大和王国の狗奴国軍。

 私は組頭の久能豊。

 貴公は?」


船から降りて来たのはテンガロンハットに鈍色の胸甲キュラッサ、ホットパンツにブーツという趣味的な衣装の女戦士。

彼女の部下たちもセーラー服と胸甲を合わせた防具を着ています。


え?

海兵セーラーがセーラー服着て、何か問題でも?


「北アメリカ、ボールドウィン幕府ショーグネイト海兵隊。

 エミリー・スタンフォード。」


「北アメリカ!」


久能は驚きの声を上げます。


話には聞いたことがある。

太平洋の反対側にも征夷大将軍、つまり”蛮族を服属させる司令官”という称号を彼の地の帝から与えられた上級武士が徴兵権や行政権などの特権を得て、彼の地の帝と対立していた、と。

緊張が対立を生み、帝を擁する旧体制派の公家と新興の家柄である武士階級の間で戦が起こった。


結果、海内と同じく、彼の地でも征夷大将軍にある者が勝利し、帝は形式的な存在になった。

またボールドウィン氏なる者は北米大陸に渡り、将軍家を頂点とする武家社会体制の新国家を樹立したと聞く。


「わざわざ太平洋を横断して来たと?」


「ああ、良かった。

 どうやら話が通じる相手のようでござるな。」


エミリーはそう言って帽子のツバに手をかけ、ポーズを取ります。


「しかし、こんな所で立ち話もないでしょう?

 出来れば屋根のある場所で皆も休みたいのでござるが?」


「では、取り敢えず近くの村に…。」




久能は、この北米大陸から来たと話す妙な一団を自分たちが拠点としている集落に連れ帰った。

これが意外と人数が多く、悪目立ちしてしまう。


「これは、この国の女神か?」


久能たちが本陣と置く、寺の本堂に通されたエミリーは仏像を見て言います。

胸をさらけ出している意匠から戦国時代の南蛮人は仏像を太った女神像と思っていたようです。


「単刀直入に言って我々は国を追われたのでござる。」


「…おおよその事情は察する。」


戦乱があるうちは武士にも食い扶持があるが、いつまでも戦が続く訳がない。


勿論、戦がない方が良いに決まっています。

ですが、社会が新陳代謝をするために、どんどん子供を増やしていくと養う人数にも限りが出る。

逆に一方では鉱山や危険な仕事に奴隷が必要になる。


また一度、兵隊として村を出されたものは、それだけで口減らしになり、村には帰れません。


隣村から食料と奴隷を奪い合っていたのが室町末期~戦国時代の初期でした。

勿論、日本に限らずどこも同じような物でしたが…。


「しかし大型の軍船で海を超える程、装備や食料があるのに?」


「いや…。」


エミリーが話すには…。


北米大陸での原住民や他の国との戦乱が終わり、ボールドウィン幕府はアラスカからユーラシア大陸まで西進を始めました。

そこでカムチャッカ半島やサハリン島での戦いが始まったのですが、幕府はエルフを徴用し、彼らに現地での戦闘を任せ、総督の地位を与えたのです。


中には夷たちに領地や地位を与え、長年、幕府を支えた諸侯を減封・改易したことに反感を持って将軍家に謀反を起こす有力者もいました。

しかし結果から言えば、そういった大名たちが滅ぼされたことで将軍家の威信が一層、高められたのです。

アメリカ武士の多くが禄を失い、逆に東日本での土豪、地侍の合戦に参加するようになりました。


また夷には北米大陸での戦乱が終わり、払い下げになった武器が流入。

それらが戦力の増強に繋がったのです。


「つまり北米大陸での情勢が変わり、それが夷どもの後押しになっていたのか…。」


「大和王国にとっては迷惑でしょうが、そう言うことになります。」


エミリーはそう言って出されたお茶に手を着けます。

久能は腕を組んで深く考え込みました。


「北米のボールドウィン幕府にとっては、夷どもを手懐け、国内の大名を弱体化させることに成功した訳か…。

 で、貴公らは戦場を求めて来た訳か?」


「お互い槍一筋の家柄…。

 ここは武士の情けと思うて雇ってもらえませんかな?」


エミリーは背筋を伸ばし、久能を真っ直ぐに見つめる。

しかし久能としては合点がいかぬ。


正直、人手は欲しい。

夷軍との戦いで次々に仲間が倒され、払う分の金より受け取る相手の方が問題だ。


だが、南蛮人となると…。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ