第10話(前編下)
かつて地上に2種類の人型種族が勃興しました。
一方が人間、一方が夷です。
瞬く間に人間は地球全土に広がりました。
しかし夷は今現在、日本列島の東半分とユーラシア大陸の東岸にしか住んでいません。
これは遊牧生活だとエミリーの部下たちは位置づけました。
つまり夷は地球を旅し、人間の文明から収穫するのです。
人間が殖え、金属や資源を採掘し、そこを収奪する。
住民は奴隷にして金属などを奪って次の土地に向かう。
「まさにヴァイキングの生活は彼らから学んだものだったのでしょう。」
「しかし北米のボールドウィン幕府のように、今後は地に足を着けた領域国家が遊牧民の国を圧倒するだろう。
夜盗の集団に勝てるものか。」
「それは追い出された祖国へのつまらん感傷だ。」
そうエミリーは、冷たく言い放ちます。
「で、実のある収穫は売春業者から協力者を得ただけか?」
「は、はい。」
部下がエミリーに答えました。
「あとは夷に関する神話のレポートか。
…まあ、眼は通すがな。」
教授殿のレポートは、貴重な紙を遠慮なく使った大長編でした。
それは北欧の神話から始まり、この大和に夷たちが根付くまでの一大抒情詩です。
天孫降臨。
天照の孫、邇邇芸は九州の峰に降臨します。
これは地上の人々を恐れさせないように畿内から遠い場所をわざわざ選んだのだ、と考えられています。
中国との結び付きを重視した古代大和では九州から大阪までの海路に浮かぶ島々を神として信仰の対象にしました。
客人信仰と言われ、舶来、外から来るものを日本人は特別に有難がるようになったのです。
夷も本来は外来の者という意味です。
夷は大和にとって外来の民族でしたが、敵として認識されたようです。
”エルフは人間と同じ大きさ、姿である。”
北欧神話の伝承では、この部分が強調されています。
これは巨人族、神々とは異なる存在だが、人間ではないことを示すと言われています。
黄金の太陽夷。
毛野国を主宰する支配民族であり、青黒い肌の青褪めた夷たちを支配する上位種と位置付けられています。
おそらく北欧神話のアルフヘイム、太陽のように輝くエルフたちとは、彼らの祖先でしょう。
太陽夷たちは、他の夷や人間を家畜のように収奪する存在。
しかし神話の時代、人間は今の信仰の対象の神々を味方に着け、魔術で彼らと戦った。
つまり、彼らは神話上の悪魔なのです。
「東夷の王が、魔王か。
さしずめ十二神将は地獄の王子といったところか。」
エミリーは苦々しく書類を読み続けます。
神話は最終的には夷を危険視し、警告するものと解釈されます。
つまり夷たちは優れた技術や知識を人間に与えますが、それは金属を集めさせたり、奴隷として人間を扱い易くするためだという先人たちの警告です。
悪魔は巧みに人間を魅了し、破滅させるということでしょう。
しかし青褪めた夷たちは、大人しい性格が多い。
野蛮だと太陽夷たちは言っていますが、彼らは従順です。
奴隷に向いていると考えられます。
彼らを人間の味方にする事は可能でしょう。
太陽夷の代わりに彼らの主として人間が君臨するのです。
「やっと具体的な意見が上がって来たな。」
エミリーは眉をあげ、一息つきました。
古代人にとって受け入れやすい発想でした。
差別的な考えですが、かつては奴隷向きの人種などという発想があったのです。
創造性のない後進国を文明人は支配しても良いという意識でした。
「つまり今、本州島に住む夷を奴隷化するということか?」
「太陽夷は神話から警告された悪魔です。
青い夷たちは悪魔に支配されていた訳ですが、それに取って代わると…。」
「ほお。」
いうのは簡単ですが、これまでの主から新しい主にすぐに切り替わるものでしょうか?
第一、今、敵対している夷たちは毛野国からも離反している民族です。
大人しく従順とは思えません。
「では、従順で独創性のない青い肌の夷が、なぜ支配民族から離反した?」
「それは…。」
「そこを調べなければ話にならん。」
エミリーの疑問に教授殿は即答しました。
書庫に籠っていた彼は、自分のところに来た部下に答えます。
「大和の民と触れたからだろう。
彼らにとって黄金の光る夷たちだけが文明の担い手であり、正義だった。
だが、彼ら以外に文明があると知り、その支配から離れたのだ。」
「それは…、彼らに自主性や独創性があるということでは?」
「いや、彼らに独創性などない。
あれば大多数の彼らが太陽の夷たちを打倒しているはずだ。
彼らは所詮、奴隷向きの民族だ。」
教授殿は手元の走り書きを終え、部下に言います。
「かつて古代の王たちが民を支配するために神の奇跡を見せた。
我らヴァイキングの祖先が欧州の古い王たちに従っていたように。
あるいは大和の民が帝の前にひれ伏すようにね。
青い肌の夷たちが太陽の夷たちに従うのは、その記憶だろう。
きっと彼らの神話、伝説を信じているのだ。
つまり彼らを大和に臣従させるには、神話の力に頼るほかない。」
かつてインカ帝国が征服者たちを神話の予言で信じたように。
古代中国の皇帝が精密な青銅器で人々を従わせたように。
やはり、この時代でカギを握るのは神秘の技です。
「手っ取り早く言えば仮面兵など彼らを臣従させるには持って来いだろう。
迷信深い連中の前で神の力を示すのさ。」
久能はエミリー以外の諸将を集め、評定を開きました。
議題は大溝城の攻略と周辺地域の制圧です。
「小谷のアラリア王を懐柔するにしても、まずは我々の威信を示さねばならない。
手始めに大溝城を陥落させ、我々の実力を示す。
作戦に関しての意見を求める。」
「敵は僅かに2千。
捻り潰してご覧に入れる。」
スカディがそういって胸を張りました。
諸将も依存在りません。
「では、兵8千を与える。
たちどころに落として見せよ。」
「お任せあれ!」
久能とスカディの会話に吉良が口を挟みます。
「8千ですか?」
「隣のアラリア王を警戒してのことだ。」
吉良の質問に久能が答えます。
今度は杏が口を開きます。
「兵は2千でも、相手は何十万人もいるんでしょう?
逆に8千では少ないと思いませんこと。」
杏の意見に伊邪奴が答えます。
「取り敢えず、大溝城を落とすことから話し合いましょう。
周辺地域の制圧は、その後であります。」
久能も頷きます。
まず先遣隊としてスカディら8千が大溝城に向かいます。
伊邪奴には1万の兵を預け、周辺の制圧を命じました。
「伊邪奴の1万は出立までに日がかかろう。
スカディ、焦らずとも良い。」
「へーい。」
斯くして、スカディを大将に軍団が編成され、伏見から大津に移動しました。
ここで伏見から出た2千は別れ、大津城の備えに加わります。
「数千単位の軍勢をいとも容易く動かせるものよね。
天磐楠舟は、本当に恐ろしい兵器。」
エミリーは城から空飛ぶ艦隊を見ていいました。
下では兵糧などが運び込まれています。
「伊邪奴姫の本隊がさらに1万、後続でやって来ます。」
「数において万全だな。」
エミリーは方手を口元にあて、腕を組みます。
まさか、ここで小勢の2千に負ける訳にはいきません。
緒戦でつまずくなどあってはならないのです。
「アラリア王に接触するか。
…一先ずは。」
「了解。」
エミリーは琵琶湖を北上し、小谷城に向かいます。
海兵たちは素早く上陸すると通訳を挟んで王への伝手を探します。
「お急ぎでなければ、僕が…。」
ぬうっと木々の暗闇から姿を現したのは風魔の三夜です。
エミリーと部下たちは驚いて飛び上がりそうになりました。
「アラリア王に接触したのか?」
「まさか。
しかし南蛮人の皆様を道案内することはできます。」
「それは助かる。」
エミリーがそういって三夜に握手を求めます。
しかし三夜は肩を揺すって笑うだけで握手には応じませんでした。
一同は気味悪そうに彼女を見つめます。
エミリーが何か思いついたように言いました。
「ところで関係ないが…。
ニナ?」
「ニリナス王です。
大溝城の夷の族長は、ニリナス王。」
「そうだった。
ごめん、関係ないけど気になって。」
部下とエミリーはそんな会話をしつつ、三夜の案内で道を進みます。
やがて小谷城に大津城から人間の使者が来たことを伝えることには成功しました。
ただ、すぐに会うことはできません。
エミリーらは、取り敢えず城下に滞在し、王の返事を待つことになりました。




