第10話(前編中)
「…小谷城のアラリア王か。」
「近江の夷どもでは最大の勢力を誇っていると。」
久能はエミリーの部下から報告を聞きます。
毛野国からの情報ですが、疑う必要はないでしょう。
「高志国からの情報でも小谷城を中心とした敵勢力が確認されている。
…だが、越前国まで勢力を広げているとは。」
「高志国が負けを認めてないか、情報が間違ってるんじゃねえの?」
スカディがそういって首をならします。
吉良と尾崎も言いました。
「取り敢えず、直近の敵、ニリナス王を倒すことから考えましょう。」
「違うわ、レッド。
ニルリス王よ。」
杏が怒鳴ります。
「違いますことよ!
ニリナス王で合ってますわ!!」
「ええっ!?」
尾崎が困った顔をしました。
スカディも腕を組んで首をかしげます。
「ニニニス?
ニーリリス?
ニニニニニニ…。」
「なんでや!」
狗奴王が叫びます。
朝倉も言いました。
「ニリナスですよ、スカディ殿。」
「げえっ!?
アズルドヴェインを覚えるだけでも困ったのに。」
「そんなにややこしくないですよ。」
朝倉に言われ、スカディは不満そうに口を尖らせ、そっぽを向きます。
久能が全員に向かって言います。
「私はまず、アラリア王と結ぶべきと思う。」
「敵と!?」
「敵と同盟を結ぶでありますか!?」
伊邪奴が驚いて声を上げます。
久能は静かに答えました。
「同時に3つの敵を相手にするのは、苦しい。
3勢力で最も大きいのがアラリア王率いる部族ならば、我々は手を結んだ方が良い。
高志国にとっても戦闘を停止する切っ掛けになるだろう。」
「はあ。」
伊邪奴が感心して何度も頷きます。
ですが、スカディが反論します。
「最大の敵を後回しにするってのは良いけどよお。
なら、残りの二つを支援してアラリア王を攻めさせるって手もあるじゃねえか。」
「なるほど。
それなら後から潰すのも簡単ですこと。」
杏もスカディの意見に同調します。
しかし、これらに朝倉が異見しました。
「潰されるのが見え見えで、向こうが応じないかも。」
吉良と尾崎も続きます。
「朝倉君の言う通り。
俺も向こうが応じないと思う。
その点、アラリア王は自分が強大だから手を結ぼうという誘いに応じやすい。」
「大きな敵を味方にしてしまうってことね!」
場の意見が久能の提案に沿う方向に傾きました。
しかし、問題があります。
誰が交渉役を務めるのか、です。
「アラリア王に使者を出すにしても、な。」
久能は皆の意見を求めました。
ですが、誰も鮮やかな答えを出せません。
「やはりエミリーに折り返しで命令を伝えて貰おうか。
アラリア王を味方に着ける方法を考えてくれと。」
「分かりました。
スタンフォード様に伝えます。」
エミリーの部下はそういって久能に頭を下げ、この評定も解散となりました。
ですが、流石にエミリーです。
久能の命令などなくてもアラリア王の変心に動き出していました。
「まずアラリア王に近い家臣を調べること。
そして次に使者をどうすべきか。」
「夷の文化なども研究しますか?」
「それは必要だな。」
「だが、何の資料もない。」
「ああ。
この国の人間は不勉強だ。」
「夷に関して書かれた本は一冊もない。」
「祖父母の世代から昔語りで夷の身体的特徴を聞かされていただけですからね。
今次開戦まで誰も夷に関して情報は知らなかった。
負ける筈です。」
あっという間に暗礁にぶつかりました。
一同、考え込みます。
「朝倉義梵が夷の娼婦を連れて来ていましたが。」
「死の夷とか言ったか?
あまり参考にならないかも知れん。」
「第一、言葉が通じない。」
「いや人間を客にする夷の性産業がある。
彼らは二言語対応だ。
参考になるぞ。」
「じゃあ、そちらで動こう。
こんなところでグループセラピーしてても仕方ない。」
数名の男女が大津城から出立して行きました。
残った者たちは他の線から調べることにします。
「夷たちは、旅して来た。
…おそらくは我々、ヴァイキングより古い時代に欧州から、この国に。
ヒントは古い伝承の中にある。」
「大和のように我々も昔話にヒントを求めろと?」
「皮肉を言っている場合か。
なんなら大溝城攻略の方に回るか?」
「ああ、考え直した。
やるよ。」
伝承によれば夷とは「アルブス」という古語から来ており、「白」を意味した。
これは彼らが白い肌をしているということではなく、美しい、正しいという点を表現しものです。
古代、すでに人間より高い文明を築いた彼らを讃えたのでしょう。
「真白く光り輝ける人。
古代の人間たちにとって彼らは神聖な民族だったのでしょうか。」
「アルバ、アルブス、エルベ…。
白いという意味だが、肌の色ではなく正義や潔白という意味で呼ばれたのだ。
夷は、古代人にとって尊敬され、神聖視されていたと見て間違いない。」
一同、反論はしませんが手が止まります。
この場の座長を務める男がファンタジックな物の見方をする傾向があることは周知でしたから。
エミリーもそれを知っていて彼に仕事を与えています。
まだ神話と歴史が複雑に交錯する時代です。
彼はどちらかと言えばドラマチックな解釈をしますが、オカルトじみた伝承もつぶさに調べる傾向にあります。
最初からそう言った情報を無視してシャットダウンする人物より、エミリーは彼を信頼していました。
最終的には自分が判断を下すのです。
明らかにこの男の空想が混じっている部分だけ、自分で切り取ってしまえばいい訳です。
しかし具体化されるまでは彼に一任していました。
「Aが発音から省略されているが、ルブス、リブブという語もある。
創造的な人種、卓越した技巧を持つ民族という意味だ。
夷は人類より進歩した民族だったのだろう。」
「しかし今は…。」
「分かっている。
ああ、分かっている。
あくまで戦略研究だ。」
古文書をひもとき、記述をあさるように読む”教授”は、しばらくしてまた語り始めます。
「かつて雪姫様が言っていたことを思い出した。」
「雪姫が?」
「そうだ。」
男は両手を広げ、身振り手振りで興奮を表現しました。
熱く語る彼に一同は半信半疑のまま、静まりかえっています。
「時代が下り、ダークエルフ、ライトエルフという言葉が生まれる。
前者は黒き闇の夷だ。
意味は二通りある。
洞窟などの暗がりに住む夷。
そして邪悪で危険な神という意味だ。
つまり、今でいう悪魔だろう。
最初、人間と夷が関わり合う時代、人間は優れた夷を神と位置付けた。
しかし人間を騙し、傷つける夷が現れて人間の指導者が夷を恐れるように民衆に警告した。
夷は善良な隣人ではなく、強大な力を持つ敵だと語ったのだ…!」
「は、はあ…。」
「大和では、祟り神思想という言葉がある。
雨の神は同時に洪水を起こし、幸運の神は悪運をもたらすことも出来る。
この国の民族は神に二面性があると考えた。
神に善神も悪神もない。
ただ人間が神の怒りを買ったから悲劇が起こると考えた。
どちらも同じ神だと。
だが、欧州では両者を善なるもの、悪なるものと分けて考えた。
やがて目に見える夷を悪、信仰の中に生きる神を信奉の対象に選び取った。
…文化の違いだな。」
「そ、それは戦略の材料になりますか?」
指弾され教授殿は、少し考えます。
他の皆は考える必要もないだろうと肩をすくめましたが、彼は言います。
「雪姫様は、王族がかつての神話の時代の魔術を秘匿するのは、民から恐れられるのを避けるためと言っていた。
人々は不吉なことは夷の仕業と考えるようになった。
理解できない力を持つ彼らの仕業と結び付け、疑ったのだ。
エルフ・ショット。
妖精の一撃という意味だが、病気や身体の痛みを夷の仕業と捉えたものだ。
かつて夷は人間に神聖視された。
しかし時代が下がると敵対関係になった。
今、正しくお互いを理解することで協和の道が開かれるのではないか?」
教授殿は希望に満ちた言葉を投げかけます。
しかし現実は暗く、出口の見えない状況です。
一人が重い口を開き、教授殿に反論します。
「かつて親切な兄だった夷は、弟のような人間に優しく勉強を教える気でいたのでしょう。
しかし弟たちが自分と同等になったので攻撃を仕掛けて来た。
今、我々は文明の隣人と殺し合っている訳です。
ここから、どうやって明るい未来を築けるのでしょう?」
教授殿は即答します。
「発見から思索という第一歩が肝心だ。
0から1の一歩と1から2の一歩は違う。
もっとも重く難しい一歩を我々が踏み出したのだよ。」




