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第10話(前編上)




ある日、北条厳景が久能のもとに訪れました。

幕府の命令を伝えるためです。


「御所様は山城国・近江国の回復をお命じになった。

 アズルドヴェイン王は、大津城をそなたに譲ると約束した。

 受け取りに行かれよ。」


「かしこまった。」


久能はそういって使者である厳景に頭を下げます。

さらさらっと長い黒髪が落ちました。

その様子をエミリーが隣で見ていました。


厳景に久能が声をかけます。


「乃生局様にお会いになるかな?」


「かたじけない。」


厳景は久能に礼をいうと奥に連れていかれました。

家来たちが案内役を務めて行くのを二人は見送ります。

エミリーが先に口を開きました。


「さっそく大津に向かいます。

 船が使えるので我々は得意です。」


「では、貴様らに任せる。」


久能とエミリーは別れます。

エミリーは一人で二の丸の陣屋から離れて、鸞鳥に乗ると城を離れます。

伏見城の城外、そこに海兵どもが巣くっている小城があります。


「お前ら、さっさと支度しな。

 大津に向かい、城を夷のアズルドヴェインから受け取るよッ!」


「うっす。」

「了解。」

「仕事だあっ。」


上半身だけ、袖のない胴丸を身に着けた海賊たちが川を上って行きます。

近隣の住民たちは、恐れて姿を隠します。


「この辺の夷どもは、あらかた逃げたかねえ。」


「はい、ボス。」


エミリーは詰まらなさそうに鞘から抜いた剣を眺めます。

白く光る刃に太陽が写って、眩しく輝きました。


「…そういや、夷の言葉が分かる奴はいるのかい?」


「向こうが通訳を用意してくれるんじゃないんすか?」


「これだからねえ。」


エミリーは苦笑いして剣を鞘に戻しました。

顔を上げるとひと気のなくなった、寂しい景色が続いています。


そのまま半日もすると夷軍の野営地が始まります。

相変わらず子供のような幼い面持ちの夷たちが動き回っています。

空には北条艦隊が展開していて、毛野国の要請で東進・北上を手伝っています。


アズルドヴェインにとって天磐楠舟を借り受ける約定さえもらえれば、この戦争は終わりだったのです。

何だったのでしょう、この戦いは。


「待てーい!」


夷の武者が騎馬を取って返し、エミリーらに叫びます。


「ここは毛野王国軍、ギムラシャハ大将の陣なり。

 貴様らは何者か!?」


「こちらは大和王国、吉備軍麾下の部隊である。

 大津城の受け取りに参上した。」


エミリーの部下がそういうと夷軍がぞろぞろと集まってきます。

何人かが夷の言葉で言い合いをした後、最初の騎士とは別の騎士が答えます。


「その儀、当方、承っておる。

 そのまま進まれよ。」


この一団と別れた後、エミリーたちは大津の前で船から降り、徒歩で向かいました。

向かう先では青だの、紫だの、真っ白な肌の夷たちが集合していました。

いわゆる青褪めた夷たちでしょう。


城内では、十二神将のひとり、風将オズリック・ラブアウレが迎えます。


「十二神将、風将オズリック。

 この東進中の畿内軍団の大将を任されている。」


黒髪の赤らんだ夷(ラディエルフ)

エミリーらは美少年を前に目をギラギラさせ、嫌な笑みを浮かべます。

エミリーが答えました。


「大津城、確かに受領いたしました。」


「…近江の北には、蛮族どもがひしめき居る気配。

 正直、厄介払いと心得られよ。」


率直にオズリックは言いました。

あまりに抜身の物言いにエミリーも面喰ってしまいます。


「貴様らはエルフの事情など詳らかではあるまい。」


オズリックはそういうと地図を指差します。


「まず琵琶湖の北西、大溝城。

 ここにはニリナス王率いる部族がたむろしている。

 数は20万。


 軍は2000余。

 近江に入り込んだ野蛮な夷(ペイガンエルフ)の中ではもっとも小勢だ。

 取るに足らぬ。

 ここら辺から静かにすることだ。」


「ニナリス?」


エミリーが聞き直します。

夷の名前なので聞き慣れない響きです。


「ニリナスだ。」


「ニリナス…、か。

 申し訳ない。」


オズリックは話を戻します。


「次に小谷城の周辺。

 すでに高志国軍を何度も破り、逆に越前国まで手を広げつつある。


 率いているのは、アラリア。

 酩酊の夷(ストナーエルフ)という野蛮で下劣でおぞましい連中だ。

 麻薬と乱交に耽る汚らしい奴らよ。


 数は分からん。

 だが兵数は、6千は少なくとも超えている。」


最後にオズリックの指は琵琶湖の南側をさしました。


「最後に安土城。

 ここは分からない。」


「分からない?」


「木曽山脈の辺りは手つかずだ。

 何が住んでいるのか分からない。」


夷にも分からないような部族が住み込んでいるという情報に、エミリーはゾッとします。

ややあって夷たちは酒宴を開き、エミリーらをそれなりに歓待しました。

何もなくそのまま話は進み、夷たちは空中艦隊で引き上げて行きました。


「…急に静かになったな。」


大勢の夷たちがいなくなり、大津城の周りは、しんと静まり返っています。

エミリーは酒を呷ると外を見ました。

部下が声をかけます。


「この機を狙っている奴らがいるやも知れませぬ。

 あまり飲み過ぎない方が。」


「おう。

 そうだな。」


エミリーは自分が口を着けた杯を部下に渡すと夷たちが置いていった毛皮のベッドに潜り込みます。


「私は休んでおく。」


「御意。」


いざという時、動けないと困ります。

指揮官にとって休むのも仕事です。




京の防衛を固めつつ、近江の回復運動が始まりました。

久能は稲を呼びます。


「岡山城だけでなく、京にも生産工場を増やそうと思う。」


現在、久能から採精した精液を船で岡山城に送り、そこで仮面兵の製造を行っています。

出来た仮面兵を畿内に送るのも手間がかかるので現地生産を計画しました。


「御意。

 しかし嶺殿だけでは厳しくなってきましたので、数は増やせません。

 あくまで施設の移転が限度かと。」


「そうか…。」


稲の返事に久能は少し表情を暗くします。


「頼むぞ。」


「かしこまってございます。」


稲は頭を下げ、久能と別れました。


稲はすぐに嶺と落ち合うと新しい仮面兵の技術研究について説明を受けます。

嶺を先頭に巫女たちが稲たち、事務方の前に現れます。


「殿は京に新しく工場を増やすと。

 …取り敢えず、移転が限界で数は増やせないと答えておいたから。」


稲がそういうと嶺が頷きます。


「厄介な時期だしね。」


「ところで殿以外にも術の要となる者を増やせるという話だね?」


稲がそういうと嶺は、少しぎこちなく頷きます。


「石棒を適合化させた女を数十名用意した。

 …本来は男にもこの術は使えるはずだけど、何故か上手くいかないの。

 たぶん、雪姫様が隠している術は、まだあるのね。」


「うん。」


稲がその先を急かします。


「結論から言って、二つの術式を複合させることで問題を解決させた。

 まず精子の強化による妊娠率の向上、ならびに質を高めることで健康な胎児を作る研究は、これまでの成果が上がってきたでしょ?」


「まあ、ね。

 私たちも精子を何万と数えたり調べたけど…。」


稲がそういうと事務方の幹部たちが苦笑いします。

嶺はクスリともせず、話を続けます。


「そこで仮説なんだけど、受精卵を取り出して人工的に成長を早めることに無理があると判断したの。

 だから、母体の強化を目的にした術を作成して、同じように実験した。」


「ぼ、母体!?」


稲が目を丸くしました。

嶺は淡々と続けます。


「受精率の向上、胎児の健康、急速な成長…。

 これらを一つの術式で完結させるということが、この術式が神の力といえるところ。

 けど、人間の私たちがこれ以上の発展を望む場合、形を崩していかないと無理なの。


 父親役だけじゃなく、母親の方も手を加えないと非能率じゃない。

 結果、これまでとは違う形で新術式が完成したの。」



嶺の報告に稲は口を尖らせます。

要するに女たちを培養槽として利用するというか、よりおぞましい術になったことに。


「…母体の安全は?」


「もともと母体を守る術や祭礼をもとに作られた魔法よ。

 健康に問題はない、という見方でいってるけど…。」


嶺は少し声のトーンを下げます。

汗を額に貯め、稲は次の質問を出します。


「どれぐらいいけるかね?」


「もう培養施設も受精卵を取り出す作業も要らなくなった。

 石棒も何十本か残ってるし、いずれは我々の手で同じ物、それ以上の魔法触媒として作成できるようになる。

 術式に習熟した術士も増やせるだろうし、術を別けたことで負担も下がった。


 数年後には、何万もの軍勢を数週間で生産できるようになる。

 …あくまで見込みだけど。」


恐ろしいな。

稲はそう言おうとして口を塞ぎます。

代わりに、次の言葉を伝えました。


「丁度良い。

 伊都国・出雲国・土佐国に技術を知らせ、情報収集がてらに協力するんだ。

 ギブ・アンド・テイクだネ。」




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