第9話(後編下)
「帝は、朝倉殿に万事任せると仰せです。」
京の上空に留まる帝の御座船で朝倉は帝に奏上しました。
本来なら朝倉は、帝に会うなどあり得ない身分です。
緊張して震え、変な汗まで掻いて歯の根が合いません。
「ぎょ、きょいッ。」
「帝は、金5千両を下しおき、そなたの助けになれば良いと仰っておられます。」
「は、ははーッ!!」
ほんの数分で疲労困憊した朝倉は、鸞鳥に飛び乗るとフラフラと地上に帰ります。
真っ青な顔をして帰って来た朝倉に仲間やヌビオが心配そうに迎えます。
「お頭!」
「お頭ぁ!!」
「お頭、しっかりぃ!!」
「みみみみ、帝に御目もじするなんて、寿命が縮むって…。」
朝倉が地面に倒れ込んで、弱々しく言います。
仲間の職人が訊きました。
「狗奴王とか、普段から一緒に居たじゃないですか。」
「あ、あの人とは、違うよお!!」
仕事に戻った朝倉ですが、心ここに非ず。
夷は、いつまでも若く幼い姿のまま、二百年を生きるといいます。
自分が死んだあと、ヌビオはどうなるのでしょう。
そもそも自分はどうするのでしょう。
夷と人間の間に子供が生まれることもありません。
ですから、朝倉はいつかは妻をめとることになるでしょう。
その子たちがヌビオを守ってくれるでしょうか?
「…ダメだ、そんなの。」
決心した朝倉は、ヌビオに告げました。
何とか今すぐに用意できるだけの金を集めて彼女に渡します。
「この金を持って、逃げてくれ。
俺の言ってることが分かるか?」
朝倉がヌビオに必死に訴えますが、ヌビオは困った顔をするだけです。
結局、翌朝になってもヌビオは朝倉の前から姿を消さず、金も仕舞われていました。
「…。」
朝倉は仕事中も方法を考えます。
自分がこうしている間にも、久能は準備を進めています。
彼らと一緒に自分は逃げるべきではないでしょうか?
夷と人間が共存する世界に。
一方、公卿衆は久能と狗奴王、伊邪奴を招聘しました。
夕暮れの陣定において、新しい情報が告げられます。
「東夷王アズルドヴェインは葛城御所に使者を送り、和平を申し入れた。」
「和平?」
久能は何が何だか分からないまま聞き返しました。
左大臣が答えます。
「アズルドヴェインは北九州での戦勝を交渉材料に右大臣に交渉を持ちかけた。
夷軍が引き上げる代わりに戦闘を中止せよと。」
「ば、バカな。」
大陸への道が開かれたのです。
十州島からカムチャッカ半島、中国北部一円を夷軍は占領しました。
九州からのルートは諦め、十州から大陸に渡ることに決定したのです。
西日本戦闘で各地を荒らし、奴婢、金品、鉄器などを奪い、国力を養いました。
大和との戦争は、これ切りです。
「もともと豊かな大和を略奪するという第1の目的を敵は達成した。
第2目標だった九州からの大陸への海路は諦めたのでおじゃる。」
「敵の兵のほとんどは、青褪めた夷と呼ばれる彼らにとって奴隷。
この際、使い潰しても構わないということでおじゃろう。」
「敵にとって、この戦争は無意味となったのでおじゃる。
そして、防衛戦争だった麻呂たちにとっても、この戦争は終わったことになるぞえ。」
それが公卿衆の決定でした。
いえ、他の決定などあり得ないのです。
「しかし、」
左大臣の言葉で久能は顔を上げます。
彼は話し続けます。
「毛野国以外の夷は掃討を続けよ。
東日本は全土、毛野国が略奪し尽くした後だということでおじゃる。
これからも東から次々に東夷どもが這い出てくるでおじゃろう。
毛野国との戦争は止んでも、夷が全て停戦した訳ではおじゃらぬ。
兵庫頭殿は、引き続き、畿内の回復に努めよ。」
終戦。
しかし、それはあまりに屈辱的でした。
アズルドヴェインは完全勝利を収めたのです。
日本全土を荒らし回り、次の土地に向けて進撃を始めます。
日本人は凌辱され、国土は荒廃。
にも拘わらず、敵との戦闘は許されないのです。
九州、四国から毛野国は撤退。
和泉、近江と西進した道を戻り、十州に向かって行きます。
「再戦だ!
これほど国土を荒らされて、敵の通過を許すのかー!!」
京に集まった武士たちは怒号します。
しかし、葛城御所は沈黙を保っています。
「御所は腑抜けている!
今こそ、大和国に進軍し、葛城御所を破砕せよーッ!!」
「再戦だ!
我々は停戦など認めない!!」
「大和は負けてないッ!!」
久能も騒ぎを見て血がたぎります。
しかし北条方との戦いに敗れたばかりです。
お互いに人質も出しています。
「…計られたあ。」
九厳は最後までカードを残しておいたのです。
久能は切り方を間違えました。
今、南和に攻め込めば勝機はあったでしょう。
「殿、私は九厳を支持します。
…今は夷の掃討に専念すべきかと。」
エミリーが言いました。
しかし久能は落ち着きません。
「このまま収まるはずがない。
上手く行くものか…。」
「旨いなあ。」
伏見城上空、大型空中戦艦、細雪に陣取る稲。
今日の晩飯は、鯨料理。
大皿一杯に並ぶクジラの刺身を、どっぺえっと箸で掴むとごま油と塩を合わせたものを用意した小皿に着けて食べます。
次々に肉の塊を飲み込み、酒を呷ります。
クジラは馬刺しと大トロを合わせた感じと言いますが、脂っこいものを良くも食べ続けられます。
「美味えよ。」
相伴に預かる近臣たちも唖然呆然です。
「…稲様、例の話ですが。」
箸を止め、酒を注ぐ稲に近臣が話しかけます。
「仮面兵の要、精子提供者を増やす実験が成功しました。」
その報告を聞き、稲は満足そうに首を振りました。
「ついにか。
…で、出雲はなんといって来ている?」
「仮面兵の技術を提供してくれれば、本格的に北条を滅ぼす手伝いをすると。
土佐国、伊都国、さらに伊邪国に至っては大和に帰順することも条件に。」
稲はまず酒を呷ると近臣たちに言いました。
「…となると、ますます殿が邪魔だなあ。」
稲の前の近臣らは口々に言いました。
「御安心を。
御殿は、精神的にボロボロです。
いまや女に溺れる有り様。」
「ある意味では、本来の使い方になっている訳か。」
「だが、目を離すなよ。
母体にどんな影響があるか分からん。
すぐに受精卵を取り出し、通常通りに処するのだ。
人命にかかわる。」
「出雲国、伊都国には領土、大金も要求しましょう。
特に伊都国はなんとしても仮面兵を欲しがるはず。」
稲の野心は燃え上がります。
誰にも邪魔されず、彼女は思うままに事を運んできました。
他は戦と呪術しかできない莫迦ばかりですから。
「だが、殿は弱すぎる。
まさか本当に御所様に負けるとは思わなかったネ。」
稲は少し苛立った様子で言います。
これでは出雲国らに技術を与えた後、自分の保身が危うくなります。
「スタンフォード殿は、吉備軍を指揮できる優秀な武将を探しているようですが…。」
「馬鹿な。」
「他家に優秀な家臣を手放すものがどこにいる。」
「左様。
簡単には行くまいよ。」
稲も考え込みます。
北条方の古臭い大名家から引っ張って来ることは、難しいでしょう。
彼らだって、本当は北条幕府を見限りたいはずです。
今回は勝てましたが、幕府は支持を失っています。
今、九厳にできるのは失点を重ねないことだけ。
「どこかに優秀で、吉備国に協力してくれる武将…。
そんな都合の良い人間がいるかな。」
「スタンフォード殿の発案ですから、南蛮人から探すということでは?」
「なるほど、連中は北米浪人。
声をかければ、こちらに馳せ参ずる。」
「馬鹿!」
「ますますスタンフォード殿の影響力が強くなったらどうする。」
「それに、それにだ。
唐朝鮮の渡来人どもを殺すか、奴婢にしたばかり。
利のみで着いて来た蛮人など、信頼できぬ。
いつ裏切るか。」
近臣の一人の言葉に稲が釘を刺します。
「待て。
確かに御所様は東夷との戦争が始まった時、渡来人どもを除いた。
だが我らは違う。
それに権力闘争の問題として、留めておくならば仕方ないが。
南蛮人だから排除するというのでは話が違う。
それは今の吉備軍の方針とは違うことだ。
控えよ。」
「ははっ。」
稲は再び、考え込みます。
新しい人材か。
仮面兵は、所詮は命令通りに動く肉人形。
久能や母体の身体的な能力を再現できても知識などはありません。
「銀の弾丸はない、か。」




