第9話(前編下)
揃う兵、揃う大艦隊。
久能は勝利を確信していました。
「葛城を落とし、将軍職を手にしたら私を邪魔できるものもいなくなる。
大阪城、近江、尾州を攻め落とし…。」
「東征はしないのでござるか?」
エミリーが空を見上げる久能に声をかけます。
久能は晴れ晴れとした表情で答えます。
「尾張国のさらに東へか。
…考えたことはなかったが、やめておこう。」
「何ゆえに?」
「私はこの戦争さえ終わればいいと思っている。
夷どもを皆殺しにしようとは思わんし、それほどの大戦となれば長く、民も苦しむだろう。」
エミリーは、嫌な顔をしました。
彼女にしてみれば戦乱が続かなければ、ヴァイキングはまた無職に戻ります。
夷相手の戦から大和と戦うことになるのです。
戦士として、そこに今さら、問答するつもりはありません。
もともと傭兵や下級の武士は、口減らしで村から追い出された人々です。
戦乱がなくなれば、追放の代わりに間引かれるだけです。
江戸時代は長く平和でしたが、戦争で死ぬか、間引きで死ぬかが変わっただけのようなものでした。
身分の低いものにとって、戦乱だけが生きる道なのです。
「殿は、ヴァイキングが敵になったらどうします?」
「…エミリーにとっては辛いな、それは。」
「いえ、私は構いません。
まあ、殿の御側に置いて頂けるのでしたら、ですが。」
エミリーはそういって笑いました。
久能は、少し真剣に考えて答えます。
「雪姫様の言うように、全ての命が満たされることはなく、どこかで斬り捨てていかねばならんのだろう。
夷の命、仮面兵の命、ヴァイキングの命、大和の民の命…。
神の目線からすれば、どれも等しいのだろう。」
また少し久能は考えます。
「…平和のための戦いなど、嘘だ。
この地上から争いが絶えることはない。」
「殿、そこまでに。」
エミリーが横槍を入れました。
それ以上は、考えても仕方がありません。
「潜水艦との戦を考えねばな。」
「御意。
しかし朝倉殿、一人に全てを任せきれませぬ。
人材の登用を急ぎたいのですが。」
そういうエミリーに久能は、少し笑って言います。
「ふふ、お前は先々まで考え過ぎだ。
まあ、その通りだ。」
戦いの果てに、次の戦いが見えてきました。
本当にこの世界に戦争はなくならないようです。
「だが、この先は北条十完卿にお任せしよう。
私も仮面兵の技術を捨て、自然の摂理に背く力を捨てよう。」
「斬りますか?」
「ああ。」
エミリーの問いに久能は即答しました。
仮面兵の技術陣の中でも稲は斬らねばなりません。
欲に釣られ、雪姫と違い、こちらの思惑通りに動きますが、欲に従って滅びるタイプです。
あるいは、人間とはそういう生き物なのでしょうが。
「負けると思うか?」
急に久能は北条方との戦についてエミリーに問いました。
エミリーはやや声を低くして答えます。
「楽観はできませぬ。
…泥沼になるかと。」
それには久能も黙って頷きました。
スカディに代わり伊邪奴が武者大将に任命され、全体が組み替えられました。
「ほとんど仮面兵かよ…。」
スカディは遮光器土偶の仮面を着けた兵たちを眺めていると、ため息が出ます。
全部、久能の血を引く生物兵器です。
「これから向かう葛城に5万。
山城国の北、近江にぞれぞれ1万。
吉備国内、摂津、各地にも続々、配備されてる。」
吉良が言いました。
青くなった尾崎も口を開きます。
「ぶ、不気味…。」
「だが、これだけの兵力があれば戦争には勝てるだろう。
戦いが終わるんだ。」
吉良は、相変わらず爽やかに言いました。
しかし尾崎の反応は違います。
「…怖い。
私、怖い。
なんだか、神様に怒られそうな気がする。」
「神様の力で作ってるんだ。
神様も怒らないよ。」
吉良がそういって尾崎を奮い立たせます。
「でも、具体的にどうやって作ってますの?
大きな施設まで岡山城に作ってましたけど。」
杏が、その場の一同に訊ねます。
スカディが代表して答えました。
「甘藍の葉っぱの中にある金剛石を見つけて来て、術をかけるのさ。」
「はあ?」
あからさまな返答に杏は眉を吊り上げ、腕を腰に当てて睨みます。
吉良も答えます。
「遮光器土偶に芋羊羹を食わせるんだ。
するとでっかくなって人間になるんだぜ。」
「い、芋羊羹?」
杏は不貞腐れてしまいました。
そのまま不機嫌そうに歩いて行くと仮面兵の脚を蹴っ飛ばしていなくなりました。
スカディが吉良に言います。
「次の戦は生きて帰れん気がする。」
「え?」
吉良がハッとして驚きます。
スカディは苦笑いして言いました。
「何せ、出雲王の弟さんが言うには勝ち目ないらしいし…。」
「そんな弱気になっちゃダメですっ。」
吉良がそう意気込むとスカディが返します。
「じゃあ、今夜、良い事しようぜ。
なあ?
仲良くしようや。」
急に甘えて来るスカディに吉良がたじろぎます。
「えええ?
そ、そういう魂胆だったんですか!?」
「逃げるなよお。」
スカディと吉良が抱き合っている隣で尾崎は何も言いません。
ただ黙って面白がっているだけです。
北条方には武田、今川、足利、畠山、大内と大大名が集まりました。
といっても、どこも畿内の所領を荒らされ、戦力は殆どありません。
彼らの頼みの綱は、空軍だけです。
吉備軍、出雲軍の艦は艦種はともかく合わせて100に達する程度。
対する北条方は艦を選りすぐって、なお空を覆い尽くす勢いでした。
「空戦は一局面に過ぎないか?」
出雲軍の諸将が頭を振りました。
久能も目の前の光景を認めるしかありません。
北条方の艦は地上まで降下し、要塞となって葛城周辺に布陣しました。
「これでも敵は、海上の夷に過半数を割り振っとるけえのう。
しかし地上に艦を下すほど動員してくるとは、思わんかったのう。」
出雲王弟は、久能に最後の再考を求めます。
「…もう、ええじゃろ。
睨み合ってそれで終わりにしよう。
ワシらも誰も、貴様を責めんよ。」
「こちらには攻城の用意もある。
地上に降りてくれた方が好都合だ。」
久能は攻撃を命じました。
地上戦では久能勢は4万を超えています。
対する北条方は操艦に人員の大半を割き、1千2百人前後。
常識的に考えれば、まず九厳に勝ち目はない。
しかし、天磐楠舟を地上に下ろすことで戦場に巨大な要塞を設置した。
天磐楠舟は、素材そのものの浮力で宙に浮いています。
操艦には呪術を用い、これまで船を地上に下ろすという発想があろうとなかろうと、そんな操作は久能たちは知らなかったのです。
おそらく将軍家にだけ明かされている情報と見るべきでしょう。
「おおう、完全に地面に着いてるぞお?」
突撃するスカディらも驚きます。
これまで櫓の高さまで、すら低空に降りて来なかった船が陸地に降り立っています。
当然、船底の櫓は圧し折れています。
しかし巨大な要塞となり、向かってくる久能勢に弩弓で攻撃を仕掛けてきます。
「騒ぐなー!
敵は堀も盛り土もしてねえ、真っ直ぐ進めー!!」
スカディの言う通り、船の周りには何もありません。
下ろすのが精いっぱいだったという感じです。
「ハイパードラゴン・メガ粒子砲バルカン!!」
「グレートドラゴン・DXビームキャノン!!」
吉良と尾崎の超兵器が炸裂します。
騎馬隊の眼前の戦艦が吹き飛びます。
飛び散った木片は、そのまま空中で止まり、地面には落ちて来ません。
「うっほー!
楽チン!!」
スカディは大喜びです。
伊邪奴や吉備王子、出雲王族たちは呆れています。
「なんという光線術でありますか…。」
「危うく艦内に岩でも積んでおったら飛び散って大惨事じゃのう。」
「ほうじゃほうじゃ!」
別のところではルスランたちが素早く艦の真下まで駆け寄ります。
相変わらず、目立たずに仕事を卒なくこなす女です。
「…今。」
「者ども!
敵はスカディ殿に目を奪われ、混乱しておる!
この機を逃すなー!!」
ルスランに代わって副長が大声で号令をかけます。
部下たちも果敢に攻め寄せました。
朝倉謹製の弩弓砲や投石機も組み上がり、北条方の即席要塞を狙い打ちます。
順調に久能勢は攻め上がっていました。
しかし、新たな軍艦が空から降下をはじめ、次々に久能勢を分断します。
久能の空中艦隊も、それを阻止しようとしますが、数が違い過ぎて近づくこともかないません。
「どんどん降りて来るぞー!」
スカディが逃げ回りながら部下を搔き集めていきます。
吉良と尾崎も合流します。
「地上戦で挽回するどころじゃないですよ!」
「船が地上に降りて来るなんて、聞いてない!」
二人が弱音を吐くとスカディも少し困ります。
「おいおいおい。
お前らが頼みの綱だってのに、弱気になるなよお。」
「ここは、もう無理であります!」
吉備王子の一人がスカディに向かって叫びます。
スカディも怒鳴り返しました。
「なんとかして、敵の本陣まで抜けられんかーッ!?」
「艦で戦場が完全に封鎖されましたッ!
迂回できないでありますッ!!」
久能勢4万余、北条方の空中艦隊の降下により、包囲されます。
動きの鈍い攻城兵器は次々に破壊され、四方から敵弾が降り注ぎます。
「マズい、マズい、マズい!」
「うるさいですことよ!」
杏がスカディに向かって金切り声で抗議します。
ですが、何とかしないと、このままでは全滅です。
敵はまだまだ艦を降下させ、こちらを囲み、分断するつもりです。
「ちょっと、今の光線はもう出ませんの!?」
「弾切れです。」
「アレっきりです。」
杏に責められた吉良と尾崎が申し訳なさそうに答えます。




