第9話(前編中)
「無理だよお。
勝てないよお。」
朝倉坊が言いました。
「北条空軍は戦艦42隻、巡航戦艦が100隻以上、巡洋艦が何百もあるんだよ?
勝てないよお。」
戦いは大和国と山城国の国境で始まっている訳ではありません。
西日本中に展開する幕府の空中艦隊が、いまだ健在なのです。
もし幕府と事を構えれば、全艦隊が畿内に侵入して吉備軍を壊滅させるでしょう。
「空戦など、一局面に過ぎぬ。
陸戦で葛城御所を破砕すれば、将軍職を得ることがかなう。
空軍も従おう。」
「えええ?」
久能は強気でしたが、朝倉は腕を組んで首をかしげます。
情婦ヌビオも隣で朝倉の顔を見ています。
「朝倉坊は城の強化にだけ務めておれ。
京を復興し、またきらびやかな都にせえ。」
「はい。」
朝倉は自室に戻ると絵図を確かめます。
最近はヌビオが色々と覚えたので手伝ってくれます。
ただ、言葉が分からないので不自由ですが。
「ああ、ここを手直ししてくれたんだね。
なるほど、確かにこうした方が効率がいい。」
技巧に秀でた夷の民と話に聞きますが、なるほど細工に長けています。
ただ、飾りを着けるのだけは朝倉は反対です。
「ここに彫り物が欲しいのかい?
見た目なんかどうでもいいだろう。」
ヌビオは渋い顔をします。
彼女にしてみれば大和の武具は無骨というか、画一的に感じられるのでしょう。
「ん?」
ヌビオは何か言いたそうです。
朝倉は手を止めるとヌビオに正座したまま、床の上で膝を引きずって近づきました。
「何か、俺に言いたいのか?」
ヌビオは朝倉の手を取ると陣屋を飛び出しました。
血のように濁った赤い目で夜道を走り抜けます。
朝倉は白い彼女の背中を頼りについて行きました。
やや吉備軍の駐屯地から離れた場所に、廃村があります。
その廃寺にヌビオは朝倉を導きます。
「うわっ。」
そこには夷たちが大勢、隠れていました。
赤い目が光っているので分かります。
「うっ。」
朝倉は死を覚悟します。
不思議と悲しみはありません。
ヌビオとの仲は、所詮は自分の空想の産物だったのです。
むしろ、これまで自分勝手に彼女を傷つけた来たのなら、ここで殺されてもいい気がします。
「おお、ヌビオさんか。」
不意に人間の言葉が聞こえたので朝倉は、そちらを向きます。
一人、灯りを持った男が座っている夷の中から立ち上がります。
人間です。
どうやら目を凝らすと人間が混じっているのが分かります。
「朝倉様、ワシらは、この村の住人です。
彼らはペイガンエルフ、大和が戦っている毛野国から見た、夷の野蛮人です。」
ペイガン。
騒がしい、異教徒などの意味ですが、ここでは王国外の民族という意味です。
つまり、いわゆる”順わぬ民”でした。
「なぜ、夷とここに!?」
「彼らは毛野国とは敵です。
ワシらは、一緒に暮らしておったのですが、大和軍が来たので隠れておるのです。
なんとかなりませんか?」
事情は分かりました。
寄る辺なき者同士が手を繋いで生きていたのでしょう。
しかし夷たちにしてみれば、人間の王国、大和軍が山城国を取り戻したのは、不安でしかありません。
「馬鹿な…。
すぐにも大和軍は山城国全域の夷掃討戦を始めます!
皆さんは、すぐに…。」
すぐに夷たちと手を切れと。
朝倉はそう言い出しかけて口ごもります。
「む、無理だよお。」
彼らの境遇には同情します。
しかし同情したところで久能や他の人間を到底、説得できるとは思えません。
俘虜兵として戦列に加えられ、使い潰されるのがオチです。
現代人とは考え方が違います。
夷と人間が調和する、それ以前に異民族との融和など思いもよりません。
「に、逃げてください!
にげ…。」
朝倉は風魔の忍者たちの存在を思い出しました。
彼らが、これを知らないはずがありません。
仮に気付いていないとしてもすぐに追手が放たれるでしょう。
逃げ切れません。
「いや、逃げられません。
すぐに追手が皆さんを見つけてしまう…。」
「何とかなりませんか?」
村人が朝倉に訊ねます。
朝倉は青い顔で答えます。
「…この状態を報告しても俘虜兵として夷たちは連れて行かれるでしょう。
口では共闘で大和への恭順を示せとか、武功次第では意見を受け入れるというでしょうが、そんなものは出まかせです。
これまでそうやって東人は命を落としたんですから…。」
無学な村人たちも意気消沈します。
しかし一人が言いました。
「…近江の連中と力を合わせれば、勝てるぞ。」
「そうだ、そうだ!」
「戦おう!」
「待て!
朝倉様の前だぞっ!」
灯りを持って朝倉と話していた最初の男が怒鳴ります。
男は朝倉に言いました。
「…お話は分かりました。
ワシらは近江に伝手を着け、今の生活を守ります。
朝倉様は、もうお帰り下さい。」
朝倉は廃寺を後にします。
住民たちも夷らの目を頼りに吉備軍の駐屯地から離れて山や森の中に消えていきます。
ヌビオは朝倉に頭を下げました。
「いや、俺は何も出来なかったんだ。
ごめんよ。」
しかし収穫はありました。
毛野国は駿河湾、伊勢湾から海路で、また近江の琵琶湖から淀川を使い血沼海から瀬戸内海を通り、広島に再集結していました。
どうも北米のヴァイキングたちは紀伊に集まり、潜水艦で夷軍を襲っているようです。
そのため、淀川経由の近江・和泉方面の方が毛野国の主要なルートになっているのです。
毛野国に紛れて西日本に溢れた夷は、各地で領土を広げ、現地の人間を追い出すか、共闘して毛野国と戦っているようです。
毛野国と戦っているのは夷の少数民族で、人間を味方に着け、毛野国に対抗しようとしています。
ただ、やはり争っているのが大半で、協調路線は少ないようです。
結論として、この情報は大和軍にとって近江制圧の必要性を説いています。
つまり夷と共存する人々にとって都合の悪いものばかりです。
「エミリー殿たち、ヴァイキングが淀川を遡上して近江を直撃したら、近江中が戦場になる。
それで毛野国は瀬戸内海に出る道を塞がれて、この戦争は終わりだ。」
大阪城がその前に立ちはだかっています。
ですから実質的な決戦は、大阪城でしょう。
「この戦争が終われば、夷たちは…。」
そんなこと、自分には関係ありません。
朝倉はそう自分に言い聞かせます。
しかし、夷たちと共に暮らす人々に、温かな希望を感じてしまいました。
久能やアズルドヴェインの戦いは、結局は繰り返しの輪の中にあります。
夷が略奪と破壊を繰り返しながら、移住を続けているのなら、アズルドヴェインのやっていることは、ただの繰り返しです。
久能も戦争のための平和、平和のための戦争を繰り返しているに過ぎません。
そんな歴史の飽き飽きする記事を増やすより、大和と夷の共存という言葉に朝倉は新鮮な刺激を受けました。
もちろん、それは毒です。
現実に適わない夢でしかありません。
今の共存も毛野国という敵に対する、しかも一時的なものでしょう。
「…俺に、力があれば。」
朝倉は、ヌビオに対し、申し訳ない気持ちで居たたまれなくなりました。
きっと彼女も自分に失望したでしょう。
頑張れ、義梵。
君の戦いは、始まったばっかりだ。
仮面兵は日産1千人を数え、嶺、稲の指揮の下、順調に数を増やした。
増えた仮面兵を労働力にさらに作業を急がせ、岡山城に一大生産プラントを建設した。
「一回の採精で、3億の精子から5千人の仮面兵が作れる。
ただ、100人を超えた段階で健全ではない仮面兵も生まれるようになってしまった…。」
「障害のある人間か。
まあ、自然に妊娠した子供でもそれぐらいはあるだろう?」
嶺が稲に言いました。
しかし稲は厳しい語調で言葉を返します。
「他人事のように言って貰っては困るナ。
術の精度は君の担当だろう?」
「うるさいなあ…。」
稲は仮面兵生産プラントに続き、天磐楠舟の改造工場まで岡山城の付近に作りました。
これも仮面兵の労力を使い、朝倉坊の設計した新装備を取り付けるためです。
「やあ、建設は進んでいるかい?」
稲は上機嫌で現場監督に訊ねます。
「順調であります!
葛城の北条方との決戦に向け、急ピッチで進めているであります!!」
稲にしてみれば父と久能が戦う訳ですが、何も感じません。
武家なら敵と味方に別れることなど取り立てて騒ぐことでもないからです。
「じゃあ、頼んだヨ。」
稲はそういって現場を後にします。
職人たちが話し始めました。
「雪姫様がいなくなって完全に稲の天下だな。」
「あっさりと政権交代したよ。」
「…何人か斬ったっていうぜ?」
一人の職人がそういうと一同、顔をしかめます。
「稲は侍だからなあ。
そりゃ、人も斬るだろ。」
「怖いなあ。」
「おしゃべりするな。
目を着けられたら殺されるぞ?」
「止せよ。
それが奴の狙いさ。
恐怖は俺たちの心を酸みたいに溶かす…。」
世間の声はかしましいですが、稲は上機嫌です。
結果はともかく自分の目の上の瘤、雪姫を排除できたのです。
嶺も狗奴王も黙らせ、もう邪魔者は居ません。
「わっはっは…。
私は近藤勇になったぞ。
これからは気に入らねえ奴を大根みたいに斬ってやるのサ。」
稲の近臣たちは顔を見合わせて肩をすくめます。
なんだか、雪姫よりこいつぁ質が悪いや。
稲は周囲の目も気にせず、酒を浴び、”卵ふわふわ”を食べます。
「私は食うのだけが楽しみなんだ。
最近は酒も美味いし、何食っても美味いね。」
「は、はあ…。」
卵ふわふわは、鶏卵が貴重な時代に大量の卵と出汁を混ぜた高雅な料理です。
「仮面兵の技術を応用すれば、肉も卵も食い放題だ。
時期にでっかい牧場を作って天下の種付け師になり果せるんだぜ。」
父親が追い詰められているというのに呑気なものです。
稲の未来はバラ色でした。




