第9話(前編上)
「終わったな。」
大和葛城に武家、公家を問わず名門の軍勢が次々に参集します。
山背国に軍を進めた吉備軍と戦うためです。
しかし、覇気はありません。
皆、将軍家との縁で集まっただけです。
久能は、北条幕府に対し、解体を要求。
自らを将軍に指名するように朝廷に働きかけ、公卿衆はこれを受け入れました。
「良いとも良いとも。」
「今は危急の時期なれば、止むに止まれぬことにおじゃる。」
「ほっほっほ。
右大臣様では手緩いと思っておったのじゃ。」
右大臣とは、北条九厳、現将軍です。
狗奴王と吉備王子たちが公卿衆の交渉に当たり、これに成功しました。
しかし北条幕府には、いまだに根強い他家との結び付きがあます。
公卿衆もそれを加味し、久能は将軍たるを辞したのち、九厳の世子に将軍職を譲ることが条件となりました。
「九厳の世子、十完は25歳。
平々凡々とした男ですこと。」
杏がそういって、何故か胸を張りました。
「何でお前が威張るんだよ。」
スカディがそういて杏のおっぱいにパンチします。
十完は、平和な時代の次期将軍跡取りという印象が、そのままの凡夫です。
目立った乱行もなければ、ありふれた好評しか聞こえてきません。
父や叔父、兄や弟たちが夷軍と戦っている間も全く出てきません。
十完の兄は2人いますが、父・九厳が卑しい身分の女に産ませた子です。
どちらも北条姓は名乗っていませんが、作中では紛らわしいので北条としておきます。
「十完を殺しますか?」
エミリーが久能に問いかけました。
戦のはずみです。
なんとでも言い訳が効きます。
「目障りな動きを見せられても困る、か?」
「御意。」
久能は、少し考えてからエミリーに問います。
「十完が命を落とした場合、継嗣問題はどうなるか?」
「四男の広厳か、長男の厳景かと。
どちらも似たような男ですが。」
「こういう場合、母親の血筋がモノを言いますよね?」
そういったのは朝倉です。
杏も頷きます。
「広厳は十完と母親が同じ、正室ですから間違いなくってよ。」
「まあ、そうだろうな。」
興味なさそうにスカディが相槌を打ちます。
久能は決めました。
「十完には手出し無用。
あまり意味はなさそうだ。」
「御意。」
エミリーは久能に向き直ると頭を下げました。
久能とアズルドヴェインの直接対決で、久能は敗れた。
死にはしなかったが、負けは負けです。
戦術的にも尾州では大和軍は3万、広島では5万以上。
アズルドヴェインは吉備軍と出雲軍を撃退し、拠点こそ失いましたが合戦の内容では勝ちました。
戦略上は、大和には天磐楠舟、仮面兵など様々な神の力があります。
夷には十二神将という特別な戦士が12人、北米から払い下げの武器がありますが、大和軍のアドバンテージには劣ります。
総合的には夷軍の方が不利なのに、戦場での敗北で全てがひっくり返されていることになります。
「組織が違う。
アズルドヴェイン個人の能力以前に軍組織の練度、人材が高い。
戦略と戦術を繋ぐ部分が大和軍は弱すぎます。」
評定の後、エミリーは個人的に久能に提案しました。
新しい優秀な前線指揮官についてです。
「スカディでは、流石に苦しいか。」
「もう殿が自ら前線に出るのも引き留めたいほどです。」
エミリーがそういうと久能は苦笑しました。
ただ、この問題はすぐには解決せず、久能が心に留めておくという程度で流れました。
しばらくして北条九厳は、正式に声明を発しました。
征夷大将軍の権限に基づき、吉備軍の独自の戦闘行動を停止する。
また幕府の許可なく諸王との婚姻や同盟を図ったことに対する拒否、白紙化命令。
さらに征夷大将軍職の引責問題に対する抗弁。
要するに久能のこれまでに行ったこと、全てを法的に指弾したのです。
完全な宣戦布告でした。
「やはり受け入れぬか。」
久能は吉備軍と共に山城国に集まった諸侯に攻撃を命じます。
しかしこの時、出雲王の代理人である王弟が発言を求めました。
「閣下、構わんかのう?」
「何でしょう。」
久能がそれを許可しました。
明らかに抗弁の意図があることは見て取れますが、無視することもできません。
「御所様は、閣下の振る舞いに批難声明は出しとるが、戦意はないじゃろう。
こちらも穏便に済ますことはできんかのう?」
「ほうじゃほうじゃ!」
「叔父上の言う通りじゃ。」
「味方同士で争っとる場合かや。」
出雲軍の諸将から声が聞こえます。
対する公卿衆、吉備側からは反対意見が出されます。
「右大臣は何もしとらんやないか!」
「兵庫頭に将軍職を譲るのが筋でおじゃる。」
「葛城に兵を集め、あれで戦意がないとは言わさへんえっ!」
「ぶっ殺すであります!」
「ぶっ潰すであります!」
「突撃でありますッ!」
出雲王の王弟は、一つ一つに反論します。
「山城国が落ちた段階で御所様は諸王、諸大名に各々で自衛戦闘を命じた。
…吉備国はそれに応じ、出雲軍の要請には答えんかったじゃろ?
それに関してワシらが幕府に上訴したことがあったかいのう?
御所様は何もしなかった訳やなく、戦線が拡大し切って幕府の判断より、各地に委任したことは声明文にも書かれとるじゃろ。
葛城に兵を集めるといっても、それ以上の動きはしとらんけん。
あくまでこちらの動きに応じただけじゃ。
最後に将軍職の指名は将軍家に権利がある。
帝や公卿衆の口出しでは左右されん。」
「そんな前例はおじゃらんっ!」
公卿の一人が反論します。
他の公卿も追従しました。
結局、将軍職の正統性に関して、この場では結論は出ませんでした。
そもそも実態として武家の地位は武力で左右されるのが現実です。
記録や前例を持ち出し、どれほど正統性を求めたところで時と場合によって一様ではありません。
久能がしびれを切らして、エミリーに促します。
エミリーが発言します。
「この場に及んで、なぜ御所との決戦を見送るというのでござる。
出雲候、率直にお答え願いたい。」
出雲王弟は即答します。
「勝てんと思うけえ。
あと、無益じゃろう。」
評定は騒然となりました。
今度は久能が訊ねます。
「負けるというのか?」
「東夷王に負けたばっかじゃろう?」
出雲王弟の意見はこうです。
仮面兵という強大な武器を持ちながら、久能はアズルドヴェインに敗れた。
しかし、それはアズルドヴェインだから負けた訳ではないと。
久能も吉備軍も自分たちがどれほど弱いか分かっていない。
現実に吉備軍が葛城の北条方と合戦しても結果は目に見えているというのです。
「出雲軍、伊都軍は防人として朝鮮や中国に備え、常に訓練を怠っとらん。
畿内は弱卒。
九厳が平時の凡将ゆうて、勝てると思っておったら負けるんじゃ。」
「しかし、その精強な出雲軍、伊都軍が味方に居られる。」
「なら、ワシらの言う通りにして貰いたいのう。
今、動いても勝てんし、無益じゃゆうとるじゃろ。」
出雲王弟は譲りません。
久能は苦々しい表情に変わります。
「なんでや!」
狗奴王が我慢できずに叫びます。
出雲王弟は軽くあしらいました。
「貴様は黙っとれ。」
「な、なんでやあああ!」
思えば悪い予兆はありました。
土佐国は、伊邪国の動きを警戒して四国に引き上げました。
高志国は、夷戦に関しては協調しても御所とは戦わないといって引き上げました。
久能の後ろ盾は朝廷の公卿衆だけです。
「なら何故、ここに来られた?」
「まず京都、山城国を取り返すのは賛成じゃったけえ。
高志国もそうじゃろう。
ただワシらは御所の全面的な味方やない、と示すためにここに居る。
だが、直接戦うのは反対じゃ。」
「では、どうしろと?」
久能が質問を変えると出雲王弟は答えます。
「無…、視かのう。
批難声明も向こうの立場上、今更出しただけじゃけえ。
本当に問題視しとるなら、吉備軍が独自に同盟を呼び掛けた段階で掣肘をかけて来とるじゃろう。
どうしても気になるなら話し合いじゃ。
今、大和同士で争っても無益じゃけえ。」
久能がまた質問を変えます。
「なら、今は御所と対峙できる力があるが、もし立場が変わったら?」
「知らん!
勝てんというとるんじゃ!!」
結局、久能は意見を押し、開戦に踏み切りました。
出雲王弟の意見は、よくあることです。
ただの慎重論と流されました。
さて、対する御所、北条九厳の側は満場一致していました。
「久能兵庫は、ただの小娘!」
「寄せ集めに過ぎません!」
「勝てます!」
諸将は表面上、意気込んで見せますが内心では勝ちを信じている者はいません。
ただ、この場で慎重論や反対意見を出せる胆力がないのです。
そのような空気の中、九厳は落ち着いています。
「できれば、戦いたくはない。
僕なら戦わないが、久能兵庫は若い。
きっと合戦で物事を決めてしまおうと考えているだろう。」
「なれば、先手必勝が良いかと存じます。」
近臣が九厳に、そう進言します。
九厳は物憂げに答えました。
「いや、こちらから先に大和同士で争いを始めたと言われたくはない。
今回は、これまでの争いとは違う。
ただ勝ち負けだけを考えれば良いというものではない。
先々まで考え抜いた戦略を打ち出さないと駄目だよ。」
議論は盛り上がらず、結局、北条方は久能の出方を見て対応するという形になりました。




