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第1話「夷共の進撃」(後編下)




久能くの兵庫頭ひょうごのかみとよ高森たかもり月五郎つきごろうは天守閣で異変を知りました。


「敵襲だぞッ。」


二人は天守を降り、大騒ぎする城兵に合流していきました。

そのまま何もすることなく形勢は決まり、二人の所属する手勢は本丸辺りで立ち往生しました。


もう夷軍は他の曲輪を落とし、他の備も壊滅しています。

逃げるに逃げられず、ただ怯えて殺されるのを待っているだけのように武将は手をこまねいていました。


「他の曲輪はまだ戦っているのか?」

「敵はどこから来る?」

「どう戦えばいいのじゃ…。」


久能たちが混乱していると夷どもが本丸に躍り出てきます。

この場に及んでも久能たちの部隊は動こうともしません。

夷たちは動く気配のない人間たちに奇声を上げて飛びかかってきます。


まず最前列の者たちの手足が飛び、白い長剣がひるがえって膾切りにしていきます。

やがて恐怖から来る雄叫びが響き、我先に敵の手を逃れようと集団は密集し、誰もが中央に逃げ込もうとします。


「し、死ぬー!」


しかし人がどんどん押し込んでくるため中央の兵たちは圧迫され、顔を青くします。

恐ろしい力で前と後ろから圧し掛かられ、遂には人の上に逃げ込む者まで出てきます。


「馬鹿、止めろ!」


久能は自分の顔を踏みつけた味方を睨みます。

しかしそんな彼女の足元では倒れて仲間に踏みしだかれた中年の兵が死んでいます。


「ひいいいっ…!」


死体と目が合った久能が声をあげ、目をつぶります。


「どうふ!?」

「ぐぎゃん!」

「あーうッ!」


まるでガマを切り開いて進むように夷たちが黙々と包囲の輪を小さくしていきます。

老人たちが語り聞かせて来た、血のように赤い目、久能には確かに見えたような気がした。

月五郎も久能の傍に居ます。


「お豊、俺たちもここまでだな。」


「戦わないまま、死ぬことになるとはな。」


味方が密集し過ぎて身動きが取れない。

そんな風に二人が堪えていると、急に一角が崩れて人の流れが生まれます。

どうやら夷どもの囲みを破って部隊の一部がそこから逃げ出そうとしているようです。


二人は、望む望まぬに関わりなく、人の流れに流されて行きます。

皆、戦って死んでいった味方の死体、敵の死体を飛び越えて場外を目指します。


皆、今日より必死に走ったことはないでしょう。

腕や脚が千切れそうになるほど我武者羅に動かし、夜の闇を駆けていきます。


「そっちだー!」

「待て、こっちだー!」

「夷どもが来るぞー!」


別の場所から逃げ来た一団が立ち止まっています。

何人かは釣られて足を止めましたが、二人は無視して道を行きます。


「山は山ー!」


さいさい!!」


目の前の集団に合言葉を聞かれ、月五郎が答えます。

すると先方は武器を下し、久能と月五郎たちを通します。


「こんな時に、型通りにやってても仕方なかろうに!」


久能は少し苛立ちながらさっきの集団を腐します。

しかし、この半狂乱の城内で恐らく秩序を保っている唯一の部隊なのでしょう。

逃げる事無く、その場を死守するつもりでした。


それは立派ですが、この場に及んでは無用の長物です。

懸命に戦うにしても、もっと他の戦場でそうするべきなのです。


「ぐお!?」


急に気味の悪い声をあげ、月五郎の頭が半分になります。

豆腐のような柔からな脳ミソが地面に散らばり、そのまま動かなくなります。


残った久能は夷たちに取り囲まれます。


黒い。

ギラギラと光を反射する墨よりも黒い、まだ黒い鋼の鎧。

どのような技術で仕上げられているのか、頭から足の先まで全身が隙間なく覆われています。


仁王胴具足に似て、胸筋や腹筋、乳首の造形など胴丸は人体を模した意匠が施されています。

おそらく女と推察できる小柄な夷たちには、乳房の形をそのまま打ち出していました。


これが久能にとって一瞬の出来事だったのか、もっと時間が経っていたのかは分かりません。

ともかく夷どもは久能にすぐに手出ししなかったのです。

久能は凍り付いた脚を呪縛から解き放つように地面を蹴り上げ、再び走り始めます。


「うぉえっぷ!?」


久能は月五郎の最後の姿を思い出し、走りながらほとばしる物を抑えきれず吐き出します。

そのまま何かにつまづき、急に眠気が襲って来たように深い心の痛みが現実から自分を遠ざけるまま、その暗い深淵にその身を委ねたのです。


もう死んでもいい。

どうでも良くなった。


そんな風に思考停止させたまま久能が腐っていると、次に目を覚ましたのは昼です。


「…太陽…。」


久能は、自分はまだ生きていました。

よろよろと起き上がると、どうも正午の前、午前10時ぐらいにはなっているようです。

どういう訳か戦いは続いています。


久能には分からない事でしたが、横山城の急襲を受け、すぐに近隣の城から兵が集まってきました。

琵琶湖から、陸路から、そして空からも大和軍が横山城に殺到します。

もうまともに戦える兵が残っていないせいか、百姓兵も混じっています。


しかし、横山城に押し寄せているのは大和軍だけではありません。

どうやら夜襲を仕掛けた夷軍とは別の部族の軍勢が、城を横取りしようと集まってきました。


久能から見ただけでも異なる軍旗を掲げる2~3の軍勢が城外、城内で衝突しています。


「濃州から来た、あの夷どもの軍勢は援軍ではないのか?」


大和側の武将たちも状況が掴めません。

夷がひとつの大きな国ではなく、幾つかの部族が別れていることは知っていましたが、このように激しく争っているとは知りませんでした。


『蛮族どもめ。』

『正面に大和軍、後背に蛮族軍か。

 …分が悪いぞ。』

『大和軍は話の通じぬ連中ではないが、蛮族どもはそうはいくまい。

 いざとなれば、敵側に投降しても構わぬと王の仰せだ。』

『あっはっはっは…。

 この城と引き換えに連中の相手をさせる訳か。』


隠れている久能の近くで夷どもが何か話しています。

夜襲を仕掛けて来た漆黒の軍勢です。


兜を取っているので顔が良く見えます。

確かに祖父たちが話していたように空のような青い肌、血のような赤い目をしています。


久能は身体を伏せ、近くで物音のしない場所を探して逃げ出します。

こちらは城内には明るいのが救いでした。




『大和軍の足弱ども…。


 殿下の出撃である!

 者ども、音楽だ!

 敵が怖気づき、我らの武勇を子孫に語り聞かせるまで、その骨の髄まで恐怖を刻み込め!!』


幼い少年のような鎧武者が馬上で声をあげます。

夷には子供しかいないのか皆、幼い顔形をしているように見えます。


『恐怖をー!』

『恐怖をー!!』

『恐怖をー!!』


蛮声と共に夷の騎馬武者たちが大和軍の陣に向けて突進します。

槍先で百姓兵たちの首を刎ね、サーベルを抜き放って足軽たちの頭を叩き潰します。


それに対し、大和側の騎馬も向かって来ます。

やがて騎士同士の斬り合いが始まり、恐ろしくも神々しい絵画のような光景が広がります。


『おお、これが日本やまとカタナかっ。』


夷どもの騎馬武者が使っているのは外見は彼らの様式になっていますが、こしらえを変えた脇差のようです。

確かに彼らは長剣ロングソードしか使っていないようですから。


「ぐうう、夷どもの鎧には歯が立たぬ!」


『はっはっは。

 言葉は通じぬが分かっているよ。

 君たちは矢弾には備えているが、我らの鎧には手が出せまい!』


夷軍は大和側の騎馬隊を撃退すると早くも勝鬨をあげ、城に戻っていきます。

彼らにとって後背の蛮族軍に備えなければならないからでしょう。


しかしそれに従って新手の騎馬隊が向かって行きます。

夷軍の騎兵隊と一緒に城門まで駆け寄ると、そのまま入場してしまいます。


『大和の連中が押し込んでくるぞー!』

『げ、迎撃せよー!!』


「僕は右大臣、北条斬真!

 夷ども、恐れを知りたければかかって来るがいい!!」


城内に突撃した騎馬武者の一人がそういって大弓を手に夷たちと戦います。


「上様ー!」

「者ども、上様に続けー!」


近習、馬廻り衆と共に北条九厳は城内を荒らし回ると城門を開けさせ、味方を呼び込みます。


「誰も僕に着いて来てくれないんじゃないかと怖かったよ?」


「上様、お怪我がなく安堵致しました。」


北条に続いて大和軍が入城すると黒い夷軍は、あっさりと城を明け渡します。

当然、今度は蛮族軍が大和軍に襲い掛かってきます。


「僕の力が…、及ばなかったようだね。」


「上様のせいでは御座いませぬ。」


結局、大和軍は一時的に横山城を盛り返し、更なる夷軍の西進を食い止めたが、それは半月と持たなかった。

間断なく夷軍が押し寄せ、北条九厳は近江からも兵を引き上げることを帝に奏上させた。




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