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第8話「変身だァァッ!」(中編下)




嶺の話は、彼女が言う通り、久能にとって有益な情報はありませんでした。

一番、術が達者な彼女でさえ、彼女に与えられた仕事以外は知らないのです。


「…ところでだが、実は稲にも相談したのだが…。

 稲は貴様に頼るのが一番だと私に言って来た。」


久能はそういって、嶺に興味を引かせます。

ですが、流石にそこまで単純な女でもないようです。


「ですから、雪姫様に話した方が…。」


「面白くないのか?

 雪姫様の知らぬところでやって見せるという気概はないか。」


久能が食い下がると嶺も意見を変えます。


「じゃあ、御殿様が何をしたいのか、それだけ伺いましょう。」


ようやく本題に指をかけるところまで来ました。

これで男性器が小さすぎるんだけど、なんて話なのですから他人が見れば笑うでしょう。

しかし久能にとっては男の面子に関わります。


「…実は女たちが…、まあ、もっと大きなモノに、と言い出してな。」


「?」


久能が少し言い淀むので嶺は要領を得ません。

仕方なく、踏みこんで言うことにします。


「一物を大きくしたいのだ。」


「…ええっ。」


嶺はキョトンとしていましたが、徐々に久能の言わんとすることが分かってきました。


「雪姫様には流石に打ち明け難くてな。

 その、何か心当たりがあれば良いのだが…。」


久能が言い終えると嶺は少し考え始めます。

久能も黙って様子を伺います。


他人からすれば笑い話でしょうが、国の運命を背負う久能の頼みです。

ただの一個人のセックス事情の馬鹿話と無視できる問題ではありません。


「…正直に言えば、まあ、大きくなれば何か変わる訳ではないが。

 強いて言えば、抜け難くはなるし。

 他には復活するのが早くなると時間的に楽になる。」


なんだか要求が増えました。

嶺はちょっと呆れてしまいます。


「う~ん、私の意見なんですが…。」


「ああ、すまない。」


そう言って久能が嶺の言葉を待ちます。

嶺は、彼女なりの答えを言いました。


「久能さんの男性器の”性能”は石棒自体の性能です。

 術は相性を補正するようなものですから。

 …ですから、雪姫様がその石棒を選んでいるということは、なんともはや。」


「うん…。」


予想以上に悪い手応えです。

これでは雪姫に頼んでいても結果は同じでしょう。

というより、最初から障りのないものを選ぶはずです。


「くっくっく…。

 手は残されておりますよ。」


突如、物陰から姿を現したのは、風魔の三夜です。

久能と嶺、二人とも驚きます。


「本人たちが忘れていることをマメに記録している者も世の中にはいるのですよ。

 もっともアラハバキ族は雪姫様はじめ、秘密主義で通って来ました故…。」


「どういうことか。」


久能が三夜に訊ねました。

三夜は身体を震わせ、不気味に笑います。


「くっく。

 もともと石棒は子宝のみならず、魔よけ、悪霊祓い、豊穣祈願…。

 東日流の神聖な呪物として広く存在したもの。」


「…。

 …だから、なんだ?」


三夜が一旦、そこで何も言わなくなったので久能が苛立って急かします。

三夜はその様子を面白がっているようです。


皇家こうかの神宝、八尺瓊勾玉、八咫鏡、天叢雲、これあり。

 いわんや東日流王にも…。」


「今の石棒は、広く庶民が使うようなもの。

 特別な神宝ではないというのか?」


「くっくっく…。

 左様。」


三夜はニヤリとして立ち上がりました。

平らな胸、薄い尻、棒のように細長い、影のような身体が持ち上がります。


「お連れしましょう。

 …殿が求める神宝の在処へ。」


三夜はそういうと久能と嶺を連れ出します。

嶺がいれば、何かと便利だからということでした。

上甲板に出ると不気味な黒い天磐楠舟が接舷しています。


「風魔が持つ船の中で、もっとも足の速い長羽ながはね。」


「どこへ行こうというのだ。」


「陸奥。」


三夜は影の中に溶けていくと、一足先に長羽に乗船しました。


天磐楠舟は、名前こそ船ですが、水上船とは形や違います。

まず船底から地上を攻撃、監視するための櫓が真下に伸びています。

帆もありません。


言うなれば、石垣のない城が浮いているような感じです。


対して長羽は、鳥の羽のような流線形をしています。

形は極端に長細く、幅の割に全長が長く作られています。

しかし船体は真っ黒で、塗装ではなく、ただ古ぼけて汚くなっているだけです。


「幾日もかかるのでは困るぞ。」


「くっくっく…。

 承知。」


三夜がそう言うと、ふっとさっきまで隣にあった巨大な戦艦と護衛艦たちが消えます。

久能と嶺は狐に化かされた様に驚きました。


「さあ、ここが東日流ツガルと呼ばれる地にて。」


本当に一瞬で移動しました。

久能は我が目を疑います。


三夜は術で大きな黒い鸞鳥に変身しました。

二人に乗れという意味でしょう。

久能と嶺は、三夜が化けた鸞に乗って地上に降り立ちます。


自然の木を切り出したまま、加工せずに利用して建てられた夷の家々が見えます。

毛野国に属していない、さらに野蛮な夷どもです。


早速ですが、生々しい巨大な石棒が三本並んでいました。

恐らく村の入り口を守る道祖神、クナトの神を表しているのでしょう。


「これを持って帰りましょうか?」


嶺が茶化します。

久能が顔をしかめて睨みます。


「それを持って帰っても良いが、貴様の火処にぶち込む。」


「いぇへへへ…。

 でも、確かな霊験を感じます。

 立派な作りですよ。」


あまりに本物に似せて忠実に作られているので、久能はこっ恥ずかしくなりました。

逆に嶺は面白がっています。


三夜の手引きで二人は見知らぬ山の中を進みます。

なんだか空気まで違っているような気さえしてきます。


「あれです。」


三夜が示したのは、大きな館でした。

それは明らかに夷とも大和とも異なる建築様式で建てられた建造物です。

恐らく津保化族がこの地を支配していた時代に作られたものでしょう。


「なんだ、これは?」


一見すると奇妙な構造をしていますが、意図は明らかです。

何か大急ぎで作られたようでした。

使用されているのは別の建物を壊して集めた建材のようです。


「別の建物を壊して、大急ぎで積み上げたみたいな…。」


嶺がそう言いました。

中には石棒や陶器片、自然石まで使われています。

建設用の足場だったのでしょうか、外壁に階段が続いています。


「まるで東日流の墓標だ。」


「くっくっく…。

 当たらずも遠からずです。」


久能の発言に三夜が、そうコメントしました。


「夷軍に追い詰められて、ここに立て籠もったんでしょうか?」


「要塞には見えない。

 第一、高過ぎる…。」


塔や櫓ならともかく高過ぎる城壁は、いたずらに攻城兵器の的になるだけです。

堀もないし、櫓らしい併設設備も胸壁もありません。

そもそも城にしては小さすぎます。


道なりに歩いて行くと普通に入り口が見えます。


「お気を着けてください。」


三夜が入る前に二人に声をかけます。

危険を感じ、久能が訊ねます。


「なんだ?」


「我々はアラハバキ族が強力な霊験を備えた神宝を持っていることは知っていました。

 彼らが滅んだ時、大和の手にそれが渡っていない以上、どこかに隠したと踏んで、我らは探索を続けました。


 …済んでいないのが、ここです。

 しかし、生きて帰った者はおりませぬ。」


三夜は肩を震わせて笑いました。


「くっくっく…。

 まあ、ここにも何もない。

 結局、なにもなかったという可能性はありまするが…。」


「それを私に譲るというのか?」


久能が質問すると三夜は静かに頷きます。


「風魔も滅びました故。」


「…石棒があれば滅びた民族すら再興できるではないか?」


久能に問われ、三夜は考えます。

職業柄、相手に信用しろというのが一番難しい問題です。


何せ、忍者は金の縁。

しかも執念深いことは武士たちは知っています。

我慢強く、執念深く、プライドが高いからこそ、厳しい修行に堪え、数々の術を身に着けられるのです。


「御怒りをこうむる事、御免仕る。

 正体が知れた以上、我らはそれを用いる心算つもりは御座いませぬ。」


仮面兵や子供を増やす方法を自分たちは使わない。

しかし倫理に反する忍びらしからぬ発想に思えます。


「腑に落ちぬな。

 が、疑ってもらちが空かぬ。」


「くくっ。

 そう言って頂ければ、幸いで御座る。」


久能も疑ってばかりいられません。

取り敢えず、先に進みます。


進むと言っても瓦礫の山で作った壁があるだけです。

入り口は後から夷たちが作ったモノでしょう。

すぐに、その時が来ました。


素早い攻撃をかわし、久能は飛びずさります。

何か液体のようなものを飛ばして来たようです。

嶺はバラバラに吹き飛び、三夜は影の中に避難しました。


「ま゛あ。」


中には、2体の怪物が居ました。

背丈は4mぐらいでしょうか、巨人の怪物です。

お約束の遮光器土偶の仮面を着けています。


ツンと上を向いた乳房、大きく広がった腰から後ろに突き出た臀部。

女ということでしょうか。


「ふん。」


久能は鼻で笑いました。

なるほど、神宝の番人か。

この世の終わりまで誰にも渡さぬつもりらしい。


二人の巨人を揃えておくのは、交配させるためでしょう。

互いが互いに種付けし、その子孫がまた交配して番人を絶やさぬようにするためです。

仮面兵の究極の形と言えるでしょう。


「ま゛ーあ。」

「ま゛あ。」


巨人はお互いを守りながら久能に近づきます。

水を使った攻撃魔法を放ち、次第に距離を縮めていきます。


久能は目線を入り口に、チラッと向けます。

バラバラになった嶺は、身体を黒いコールタールのような粘液に変身させ、元に戻ろうとしています。

三夜は影の中に隠れたままです。


三夜はともかく、嶺は生きていると分かれば十分です。

久能は弓矢で仮面の巨人たちに攻撃します。


「ま゛ー…。」


巨人たちは水の盾で矢を弾こうとしましたが、久能の矢は流水を貫きます。

一撃、二撃、矢が手前の巨人に刺さります。

しかし、威力が弱いのか浅い傷を残して矢が地面に落ちます。


「くっ。

 矢は無理か。」


久能は斬馬刀を取り出すと単身、巨人に切り込みます。


「ふんッッ!」


巨人が腕で久能の斬馬刀を防御します。

骨まで達したところで刃が止まります。


「南無三ッ。」


久能は斬馬刀を離すと大刀を抜いて、横に倒してあばらの隙間を狙います。

巨体は信じられないパワーと頑強さを持っていますが、俊敏性にかけます。

実にあっさりと大刀は巨人の胸に突き刺さりました。


「ま゛ッ!?」


巨人は痛みに声を上げますが、久能を水の塊で弾き飛ばします。

地面を何度も飛び跳ね、久能は壁際まで飛ばされました。

軽い脳震盪ですぐに動けません。


「があああッッ!」


取り敢えず内臓と折れた骨を応急で回復させます。

すぐに開腹ひらかないと命に係わりますが、出血を止めるのと骨折を直さないと動けません。


「…運がいい。」


開放骨折していたらアウトでした。

再生能力を開発している戦士でも骨が身体の外に飛び出すと自力では元に戻れません。

全身を変身させてから再構築できるほど器用なら問題はないのですが。


「…神経。」


指先の動きを久能は確かめます。

異常ありません。


「あとは突然死だけか。」


全ての内臓を修復し、骨と血管を繋いでも敗血症になれば即死です。

内臓が血液中の毒素を処理し切れない、この死因は避けられません。

無傷のまま突然、動かなくなる侍たちを何度も見て来ました。




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