第8話「変身だァァッ!」(中編上)
『やられましたッ!』
一人の夷の武将がアズールの前に現れます。
アズール、バラチュの二人とも表情を硬くします。
『地下にも敵のカラクリが…!』
『例の朝倉とかいう大和のカラクリ師か。』
アズールは攻撃を中止しなくてはならないのではと考え始めました。
そもそも空から物資を補給し続ける敵を包囲する意味がありません。
『戦場では戦術、戦闘で圧倒する我々が、いつも敵の技術に膝を屈する!
兵らの戦いはなんだったのだ!?』
『敵をここに釘付けにしておけば、広島城は守られます。
焦ってはなりません。』
バラチュの助言でアズールは気力を奮い起こします。
将軍たちをなだめ、取り敢えずこの場を維持しなくてはなりません。
『…こんな島、さっさと立ち去りたい。』
アズールは椅子に倒れ込みました。
丁寧に木箱を抱えた下女が久能の前を去ります。
また今夜も女たちに見合いしなければなりません。
色々と思い悩んでいると、
「久能さん、俺です。」
吉良の声がして、久能は思索から現実に引き戻されます。
何の用事でしょう。
取り敢えず返事をします。
「入れ。」
「やあ、仕事ですか?」
吉良が明るく爽やかな笑顔で入ってきます。
「いや。
…だが、この後、雪姫様のところに行かねばならん。」
「そうですか。
でも、大切な話ですから手短にという訳にはいかないな。」
久能は今、吉良を見ても何も感じません。
石棒の影響か、男を異性として認識しなくなっているのです。
むしろピリピリした感覚すら感じます。
逆に用のない時に石棒を外していると男を異性として意識します。
それでも吉良は尾崎と一緒にいることが多いですし、二人は同じ世界から来た、しかも特別な仲間です。
やはり男として意識することは、あまりありませんでした。
「久能さん、男同士の話をしましょう。」
「!?」
久能は驚いて真っ青になりました。
吉良は久能が落ち着くまで間を置き、また話し始めます。
「実は女の子たちから相談を受けたんです。」
吉良は、相談を受けた女たちの名前を全員、包み隠さずに伝えました。
女たちには久能には秘密にすると約束しましたが、そんなことはできません。
久能は為政者であり、プライベートとオフィシャルの境は曖昧です。
ただ彼女の秘密を話すということは、処分の対象となり得ます。
吉良自身、この場合、久能に話し、彼女に判断を委ねることに決めました。
「性の悩みというのは、難しいです。
…俺で良ければ話すことで楽になれるかも知れないと思って。」
「軽蔑するか?」
久能が苛立った様子で言います。
名前の挙がった女たちに悪意はないのでしょうが、裏切りといえる行為です。
久能にとって、人に知られたくない問題ですから。
「産めよ、殖やせよ、地に満ちよ。
戦争に勝つために多くの子供を産みましょうという考えは、異常なことではないと思います。
戦争は悪だと思いますが、負けて殺されたり命令に従わされるのを受け入れるよりは正常です。
しかし久能さんのやっていることは、異常だ。
普通じゃない。」
「普通に戦っていては勝てないから始めたことだ。
それは分かっている。」
久能はそういって辛そうに眉間に力を込めます。
吉良が質問しました。
「女の子たちの間でも誤解されてるんだけど、生まれつきではないんだよな?」
「ああ。
石棒と言って石で作った触媒を使っているだけだ。
術自体は男にもかけられるらしい。
しかし、そういうのは責任から逃げている気がしてな…。」
「俺も無理だな。
はははは…。」
吉良は苦笑いしました。
久能は机の上に石棒を置き、吉良に見せます。
「え?
簡単に取れるんだな。」
「ああ。
…すぐにまた取り付けられる。」
吉良は目の前の石棒を手に取ります。
ひんやりとしていて、さっきまで久能の股間にあったとは思えません。
「着けると本物に?」
「ああ。」
吉良は石棒を久能に渡すと、意を決して言いました。
「見てもいいですか?」
「…な。」
久能はあっけにとられました。
しかし吉良は異なる文化の世界から来ました。
ひょっとすればこの世界の人間の及びもしない哲学に触れているかも知れません。
ですが、要するに久能は自分の苦痛を誰かに知って欲しかったのです。
立ち上がると袴を下ろし、石棒を取り付ける様子を見せました。
「おあっ、ちゃんと…。」
キンタマもセットで生えて来るんだ、と言いかけて吉良は口をつぐみます。
完全に身体と石棒が一体化し、男性器になっています。
「…普段は外してるんですか?」
「ああ。」
久能が平然と答えます。
やはり同性の前で裸になっているのと変わらない感覚です。
「俺、それは駄目だと思います。」
「それはどういうことか?」
久能が怪訝に訊ねました。
吉良が答えます。
「いいですか、性器というのはホルモンを作る器官です。」
吉良はそう言ってから、少し考えます。
「えーっと、性器は…。
性器からは身体を作る命令が出ているんです。
だから女性は女性らしく、男性は男性らしくなるんです。」
「…信じられぬ。
迷信ではないのか?」
久能は腕を組み、いかにもうさん臭い話だと警戒します。
しかし、吉良が言うのだから、そういう学説があるのでしょう。
久能はそう納得しました。
「それで?
それがどうして外してはならない理由に繋がる。」
「いいですか。
誰かの手を、ぐっと掴んで、急に放すと手がすっ飛びますよね?
それと同じです。
久能さんの身体に着いている間、男性器からは命令が出ています。
それが急に止まると身体はビックリしてしまうんじゃないかな。」
「ううむ。」
吉良に言われて、改めて自覚がない訳ではないことに気付きます。
まず考え方が変わってきたように思います。
意識的にも男を異性と感じませんし、脳も体の一部である以上、性差があるのです。
次に背丈が急にまた伸び始めました。
これはハッキリとは分かりませんが、石棒の影響かも知れません。
そもそもホルモン、身体を作るという命令は大きくするだけでなく、新陳代謝も促します。
久能の場合、健康な精子を多く作らせる術の副作用でした。
「それに心の問題です。」
「心か。」
吉良は話を続けました。
「久能さんが石棒を外すのは、石棒のある自分を否定するためだよな。
確かに嫌な自分から逃避したいという気持ちは分かります。
けど、それだとまた石棒を着ける時には嫌な気持ちになるんじゃないか。
もう、女の子を傷つけているっていう自己嫌悪や罪悪感から離れよう。
前向きに考えないと久能さんはずっと辛いだけだ。
俺も高校生の頃に経験あります。
でも、大丈夫。
女の子は強いから!」
最後の方は、ともかく久能も吉良の意見に救われるところはありました。
石棒を外すことで自分から逃げることができるように思っていましたが、戻す時にはまた気分が落ち込みます。
むしろ石棒も自分の一部として受け入れる覚悟があった方が良いのかも知れません。
「吉良殿の言うように自分の一部を否定しても、苦しいだけだろうな。
なるほど、私は覚悟が足らないばかりに迷い、余計に苦しんでいたようだ。」
「あと、言い難いことが…。」
吉良がそういって苦笑いします。
これ以上、いったい何が言い辛いのでしょう。
久能は吉良にそれを話すように促します。
「この他、何が言い難いのか。
最後まで遠慮なく言ってみるが良い。」
「あ、あははは…。」
「なんだ。」
吉良は妙に気を揉ませます。
久能が急かしても答えません。
「えーっと。
そのー…。」
「…。」
「おー、怒らないでください!」
吉良はそういうと袴を下ろし、自分も下半身を露出させます。
久能は驚き、困った表情で吉良の股間を注視します。
「く、くにょ、久能さんの性器が小さいという女の子がいるんだッ!
俺のと比べて見て貰えますかッ!?」
「!?」
久能は衝撃を受けました。
しかし心の半分では、何も感じませんでした。
意味がよく理解できなかったからです。
というのも、男性器が大きければ女が喜ぶのだ、という発想が分からなかったこと。
そして、大きく個人差があると知らなかったことが原因でした。
「…どういうことだ。」
「えーっと、えーっと…。
そもそも男の子っていうのはですねッ。
子供の頃からおちんちんを友達と比べたりするんです。
い、意味が分かって無くてもだけど。
うわああああ!!」
急に恥ずかしくなったのか、吉良は顔を真っ赤にして声を上げました。
久能も呆然とします。
何がしたいんだ、この男は…。
しばらくして落ち着くと吉良はそっと自分の股間を久能に見せます。
久能もそれを見て、ようやく線が繋がりました。
「うっ。」
2倍、3倍は目方で大きさに差があります。
思わず近寄って確かめます。
「え?
…え?」
何かの嘘、間違いではないかと久能は考えましたが、何もありません。
背や体重と同じ、ただの個人差です。
「これは特別大きいのか?」
「…特別、大きいと思いますが、その…。」
久能さんのが特別小さい、とはいえず、吉良は言い淀みました。
「勿論、機能は同じです。
何も変わりません。
ただ、女の子たちの中には、大きい方がやっぱり…。
す、すいません。
久能さんを余計に苦しめるつもりじゃないんだ。
ただ、女の子たちも楽しんでいるっていうか、もっと楽しみたいってことで…。
そんなに気に咎める必要はないって言いたくて…。」
「…そうか。」
男女の謎です。
性とは喜びなのか、恥ずかしむべき汚いものなのか。
男の愚かさ、女の愚かさ。
後宮を舞台に数々の悲劇、陰謀が権力者と女たちを苦しめました。
今、久能はますます深い闇が広がっているのだと思い知ったのです。




