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第8話「変身だァァッ!」(前編下)




「鉄ー!」


朝倉坊が大騒ぎします。

天磐楠舟から大量の鉄が降ろされてきました。


昔、鉄は国家の血液と言われました。


例えば、ここに100人の農家がいます。

しかし鉄のクワが1本では、耕せる面積は鍬1本分だけです。

鉄こそ全ての原動力でした。


運の良い事に日本の隣には世界屈指の産鉄国、中国がありました。

それ以前の時代になかった戦国時代の大量の武器や鎧は、中国から来た古鉄から出来たのです。


「嫌だわあ、朝倉様ぁ。

 いっぱい来たじゃなぁい。」


オカマっぽいヒゲ面の中年男が言いました。

雪姫の部下と違い、こっちは脂ぎったオッサンだらけです。

朝倉坊が少し心配になります。


甲子左かしざー!」


お稲の部下の一人、鞠が大声で呼びます。

朝倉あさくら甲子左衛門かしざえもん義梵ぎぼんの幼名です。


「へ、へえっ。」


無位無官、14歳の氏素性の分からぬ朝倉坊を一人前に扱うのは久能だけです。

公武社会にあって身分の上下は絶対です。


「例の物は。」


「へいっ。」


朝倉はお稲の依頼で作った道具を鞠に渡します。


「でかした。」


「へへえっ。」


鞠は用事を済ませるとさっさと立ち去ります。

職人たちが鞠の背中を睨みつけます。


「尻ひっぱたくぞ、あの尼ァ。」

「ホント、横柄よねえ。」

「士分だからなあ。」


朝倉組は百姓や職人か、職人まがいの極貧武士ばかりです。


スカディやエミリーらの実戦部隊は、南蛮人に所領を失った畿内の下級武士たちが中心。

久能の性格もあって、気の良い連中ばかりでした。


対して雪姫の部下は社家、世襲制の神社の神主一族で大きな所領を持ち、上級武士と争う程の家財を持っている家の者たちが中心です。

特にお稲をはじめとし上級の幹部たちは毛並みが違います。


扱うモノがモノだけに貴種ばかりが集められ、久能の知らない所では威張り散らしていました。

トップが諸王の一人、雪姫でなければ統率できなかったでしょう。

その雪姫も血筋もさることながら、剛腕です。


狗奴王の部下たちも中流の公家や上級武士ばかりですが、なぜか肩身の狭い思いをしていました。

これは組織のトップの差でしょう。


別にそれぞれが派閥で権力争いする気はないのですが、雪姫派がどうしても目に着きます。


「正就の娘を切ったことも、あの女が悪かったらしいが。」

「そもそも諸王が御武家様の下に着いていることがおかしいのよぉ。」

「なかなかの食わせ物だしなあ。」


権力も立場も血筋も上の雪姫が、敢えて久能の配下に回る。

これは難しい問題でした。


お稲のような野心を抱く者もでる訳です。


「大丈夫。

 雪姫様は確かに、変な人だが頭はキレる。

 頭はキレるが、吉備軍を指揮できる器じゃない。」


朝倉が言いました。

それは職人たちも納得しています。


「しかし久能様には欲を出して貰いたい。

 今の葛城でへこたれてる御所は駄目だ。」


一人の職人が言います。

全員、賛成とは言いませんが、否定もしません。


「もう戦は良い…。」

「ああ…。」


「仮面兵、朝倉殿の兵器、この合戦の手柄!

 全部、あの御所に譲っちまうのかよ!?」


「そぉーら、駄目だ!」

「面白くねえ!」


意外なことに百姓出身の男たちの方が声を上げました。

しかし、合理です。

このまま何もなければ、彼らは元の百姓です。


しかし朝倉坊も、他の曲がりなりにも武士の者なら知っています。

公武社会において血筋は絶対。

成り上がりなど夢のまた夢です。


「久能様はお優しい人だ。

 御所を倒すなんて、考えないだろう。」


そういうと朝倉は作業を止め、汗をぬぐいました。




ルスランと兵たちが夕には血みどろで帰ってきました。

相変わらず、ふらっと城を出ていくと猫のように帰って来る女です。


「…少し働いた。」


「敵の首、34を数えました!

 こちらは死者はおりません!

 大戦果です!!」


言葉の少ないルスランの代わりに部下が代弁します。


「ははは、怖いなあ!

 怪我が治ったら埋め合わせするからな!!」


スカディがそういってルスランの肩をポンポンと叩きます。


「…ありがとう。」


目を伏せたルスランの黒いマントに数匹の黒猫が合流します。

気恥ずかしいのか、ルスランはマントで身体を覆い、その場を一礼して立ち去ります。

しばらく歩いてから距離を取ると人影が崩れ、黒猫たちが、わっと散っていきます。


「どうして敵は寄せて来ないんですの?」


見慣れない女武者がスカディに声をかけます。

面喰っていると女は高飛車に言いました。


「顔の黒い紫の髪の女が久能勢の侍大将だと伺いましたけど?

 わたくしの質問に答えて頂けませんこと。」


「誰だ、おめえ?」


スカディが両手を腰に当てて睨み返します。

吉良が横から割って入ります。


「九州の細川さんです。」


「細川ぁ?」


「南蛮人には関係ないってことかしら…。」


そう言えば、各地から来た援軍の武将たちの一人にいたような気がします。

スカディは表情を余所行きにチェンジしました。


「ここは、朝倉坊のカラクリ仕掛けが固めてますからっ。

 当分は戦闘はありませんぜ、お嬢様っ。

 えへへっ。」


「…例の仮面兵を増やしているから、時間稼ぎってことね。」


細川ほそかわあん

如何にも名族の出のような口ぶりだが、田舎娘に過ぎない。

兵らに話を聞けば、相当ヒマなのか九州勢は殺気立っているらしい。


「んでも、細川って…。」


スカディが吉良と尾崎にいいます。

聞かれた吉良が親指と人差し指にアゴを乗せて考えます。

尾崎は手を添えてスカディに耳打ちしました。


「詐称ってことは…。」


「ああん。

 まあ、遠い親戚ってこともあるわな。」


薩摩の島津家は頼朝公の御落胤を名乗っていますが、定かではありません。

都から遠い九州というのは、詐称の温床なのでしょう。


「ところで!」


「な、なんでしょう。」


スカディに大きな声で話しかけられた杏が身構えます。

スカディが言いました。


「九州と言えば薩摩隼人とかいう夷に並ぶ強敵が控えていると聞く。

 当然、腕は立つんだろう?」


そう言われた杏は得意満面で応じます。


「当たり前ですことよ。」


それを聞いて、待ってましたと言わんばかりにスカディは前に進み出ます。


「おうし、その腕を見せて貰おう!」


「スカディさん!?」


尾崎が止めようとしますが、スカディは止まりません。

相手の杏も刀を抜きます。


「いきますことよッ!」


スカディの武器、斧のような肉厚の半円の刃と剣のような鋭角の部分を合わせた奇妙な武器。

彼女自身、戦奴として売られる前、故郷で訓練を受けただけでそれが何かは知らないと答えます。

とにかく大きく、ひたすら斬り付けることしか考えていない野蛮な武器です。


「南蛮人にお似合いの、頭の悪そうな武器ですこと。」


杏はスカディの攻撃をギリギリでかわします。

一見、無茶苦茶に振り回しているようで、スカディは精妙な使い手。

軽々とかわすことはできません。


「ふんっ。

 地面を掘るための武器のようね。」


「ほらっ!」


油断した杏の頭が吹き飛びます。

その場に居合わせた全員が「うわっ!」と声を上げました。


「おいおい、どーせなんか使えるんだろ?

 さっさと再構築して反撃して来いッ。」


スカディがそう言って不敵に笑い、挑発します。

確かに杏の首からは血が出ていません。


「おいー。」


スカディが容赦なく今度は腹部を貫きます。

しかし突き抜けた刃に透明な糸が絡まって抜けなくなりました。


「第2段階か…。」


舌先で唇を舐めたスカディが杏から距離を取り、一旦、武器から手を離すと杏の身体が倒れます。

巨大な武器の重量を支えきれないようです。

思わず、引き抜こうと手足をバタバタさせるのでスカディは指をさして馬鹿にしました。


「はははは!

 だっせー!!」


軽い攻撃では霊体にダメージが通らないようですが、身体を修復できるほど霊力が高くはないようです。

雪姫クラスで感覚がマヒしているのにスカディは反省しました。


結局、飛び散った頭を拾い集め、他人の助けを得てようやく回復します。

杏は悔しそうにしかめっ面でスカディを睨みました。


「悪ぃ、悪ぃ…。

 全身バラバラになっても平気で反撃できる連中と一緒にいると感覚狂うわ。」


わたくしは、あなたに合わせただけですことよ。」


不意討ち。

杏の左手の指がバラバラにほどけ、糸の束になってスカディを襲います。

しかし、あっさりとかわされました。


「おっと。」


ところが次の瞬間、スカディは全身を貫く激痛に顔を歪めます。


いったいッ!?」


杏は素早く左手を戻すと刀を大上段に構えます。


唯一撃(ただいちげき)(もって)斬切ざんさいすること三十六連撃さんじゅうろくれんげき

 ───三十六歌仙!!」


ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!

耳をつんざく金属音。

しかしスカディは杏の攻撃を受け止めます。


「おおお…。

 私の負けだな。」


スカディはそう言って武器を収めます。

吉良が訊ねました。


「負け?」


「ああ。

 本来、今の技は36の斬撃を自由にバラけさせられる技だろ。

 今のは一ヶ所に36回斬り付けたから守りきれたが、本来なら私はバラバラだ。」


いさぎよく負けを認めるスカディに杏は納得しません。

とはいえ、自分の実力を披露して、取り敢えず満足しておきます。


「これが伊都国の侍の実力ですことよ。」


「大した奴だ。」


嬉しそうにスカディは杏の尻をぶっ叩きます。

よろける杏に言います。


「三十六連撃、一ヵ所にまとめたのはともかく、手加減しろぁ。」


「手加減は、失礼かと。」


杏はお尻をおさえながら、スカディと並んで歩いて行きました。

もう晩飯の時間です。




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