第8話「変身だァァッ!」(前編中)
「狗奴王に東日流王、吉備王まで貴方に先々の事を任せているだろ。
今更、私のところに来てなんだい。
変な勘繰りをしてしまうじゃないか。」
お稲はそういって出された濃茶を飲みます。
「天皇陛下が飲む様な立派な茶だ。
ワカル?」
「は?
はあ…。」
久能は出された茶に口を着けますが、別に普通の抹茶のようです。
お稲は言います。
「それとね、私の事は稲でいいヨ。
大蔵大輔なんて、今さら言われても惨めになるだけだから…。」
「そ、そうですか。」
雪姫も砕けた話し方をしますが、お稲はまた掴み所がありません。
しかも雪姫の場合、あれは演技ですが、お稲はこれが本性のようです。
「がばばばーっ。」
お稲は水木しげるの漫画に出て来るキャラのように一気に菓子を掴んで食べ、茶を飲み干します。
その様子に驚き、思わず久能も「ふがーっ(水木しげる風)」と鼻を鳴らします。
「私はね、負けるのが嫌いなのだ。
だから吉備軍を強くするためにやっとるのだ。
それを君は何だ。
人道主義だか知らんが、やめてくれ。
今はそんなことを言ってる場合じゃないことは知ってるだろう。
まだ夷軍に勝てるのか怪しいものだ。
後、それに前線に出るのもやめてくれ。
ワカル?」
お稲は一気呵成に言葉の雨を吹きかけます。
久能は少し圧倒されました。
しかし、このまま黙っている訳にはいきません。
「具体的に貴方はどうしたいのです?」
「既に殿やスカディ殿、強い戦士の血を掛け合わせることで”質”の問題は解決しました。
しかし英雄の時代は今や終わった。
数がモノをいう世界になりつつある。」
お稲は高らかに演説します。
今度こそ久能を説得しなければ、終わりです。
「そこで大前提に踏み込む。」
「大前提?」
「左様。
この術の術者が東日流王、雪姫ただ一人であるという前提に挑まねばなりません。」
お稲の言葉に久能は顔をしかめます。
少し小馬鹿にした調子で言いました。
「では、この術を他の誰かが実践できると?」
しかし、対するお稲は引き下がりません。
「技術は進歩する。
進歩するには前提を疑わなくてはならない。
科学者は限界に挑戦し、人々の先頭に立って愚鈍な大衆を引っ張って行かねばならない。
政治屋は、我々の技術という絵具で絵図を書けば良い。
貴方は新しい絵の具が加わることを邪魔しているのです。」
「!」
久能は顔をしかめ、やや警戒した表情でお稲を見ています。
そして慎重に訊ねました。
「仮に私以外に仮面兵を作る特別な子種を提供できるものが現れたとして、きっと大勢の女が嫌な思いをする。
貴様は自分がその一人になっても良いのか?」
「…私は貴方の精液を何度も検査したし、一番、多く触れて来た。
私はそれを汚いとか、恥ずかしいと思ったことはない。」
久能は、そう言われてハッとします。
「この仮面兵の件で、一番辛いのは貴方だ。
だが、2番目は私だ。
それは譲れません。」
倉皇して久能は、帰ることにしました。
立ち去り際にお稲に伝えます。
「…貴様の好きなように動くことは許す。
しかし仮面兵の機密は守り通して貰う。」
「あ、ありがとうございます。」
久能が去るとお稲は小躍りします。
夕食もガツガツ平らげると仕事に邁進します。
「折れたぞ!」
お稲の言葉に部下たちは目を丸くします。
それが久能が「GO」サインを出したということですから、当然でしょう。
お稲は言いました。
「かねてからの計画通り、雪姫以外にこの術を使えそうな霊能力者を探せ。
あと久能をぎゃふんと言わせる美人だ。」
一人で盛り上がるお稲に部下たちは置いてきぼりを食らいます。
お稲は上機嫌で酒を飲もうとしますが、右筆に止められました。
「ちぇっ!」
仕方なく何やら黒っぽいものをガリガリとかじります。
誰もそれが何なのかは聞きません。
「美人の方はなんとでもなるでしょうが、雪姫と同等の霊能力者は無理です。」
「無理かー。」
お稲はそういって机に突っ伏します。
しかし、すぐに体を起こして言います。
「そこをなんとかならんか。」
「やってみます。」
結局、お稲の構想も全ては他人が頼りでした。
夷軍の王子アズールは、朝倉の作ったカラクリに手を焼いていました。
天磐楠舟で空輸され、敵の弩弓砲は瞬く間に組み上がり、瞬く間に姿を消してしまいます。
こちらの攻城兵器は壊され、こちらが敵の兵器を破壊しようと近づくことも出来ません。
『これでは城攻めは無理だ。』
攻城兵器以外の攻城方法も試しますが、城の周りは罠だらけ。
すぐに中止し、兵を引かせます。
『殿下、このままでは攻撃するどころか、敵の船と砲でやられます。』
『分かっている、バラチュ。』
アズールは教育係でもあった副将に言います。
『しかし被害を覚悟で突進するには将軍たちを説得しなければならん。
彼らを説得しなければ、兵らに殺される。』
映画や漫画のように兵は命令通りに死んでくれる訳ではないのです。
命令に従って死ぬなら将軍を刺します。
『モグラ攻めをかけましょう。』
『時間がかかり過ぎる。』
『では、兵の反乱を覚悟なさいますか?』
老将、といっても夷は皆、若い姿なので分かりませんが、バラチュの意見をアズールは採用しました。
兵らにたらふく食い物を食わせ、戦意を高めてやると作業に当たらせます。
『噂では敵は兵を増やす邪法を持っているとか。』
『真偽が分からないことを口に出すな。』
『は、失礼しました。』
兵らが地面を掘り進む作業を見ながらアズールがバラチュを叱ります。
バラチュは頭を下げ、詫びました。
しかし二人とも恐れています。
事実、敵が全く数を減らさないのは確認されています。
ここで敵に時間を与えるのは失策ではないか。
二人は、全てが思い過ごしの間違いであってくれと祈りました。
夜中、女たちが待っている部屋に久能が姿を見せます。
一同を見るなり久能は言います。
「済まないな。
肌を合わせるようなことは、これきりと言ったのに。」
「別に私たちは構いませんが。」
女の一人が久能にそう言います。
久能は静かに女を抱き寄せますが、やはり気が進まない表情です。
「…一人一合ずつというのが切のうていけませぬ。
もっと可愛がって下さいな。」
「黙れ。」
久能は女を畳の上にゆっくり倒すと覆いかぶさりました。
大勢の女を独占するというのは、ある種、男の夢でしょう。
しかし子作りを強制されているとなるとプレッシャーしかありません。
「正直、こんなことより他にするべきことがあるように思う時がある。
…とてもつらい。」
「もう、悪い方ばかりに考える。」
久能と女が絡み合っている隣で、女たちは雑談していました。
「でも、女同士だしねえ?」
「殿は良い人だよ?」
「いや、でも…。」
女が一人、くすくすと笑います。
すると他の女たちも何やらコソコソと耳打ちしていました。
久能は、まあ女ってこういうものだよなあ、と思いながら情交を続けました。
しばらくすると最初の女たちが引き上げ、別の女たちが入室します。
久能はお義が用意した夜食を食べながら、入れ替わりで入って来た女たちを見ています。
今日はウナギをぶつ切りにしたものを醤油で味付けしただけの鍋料理です。
お義は久能に毎日、肉か魚を出します。
食事も1日4食になりました。
肉食は日本では嫌われていましたが、一部では薬と称して食べていたようです。
しかし毎日となると久能にとっては苦痛でした。
ふと久能は一人の女の身体に目が留まりました。
薄い襦袢の向こうに乳房が感じらえる、色っぽい娘です。
「…済まぬ、初めてか。」
「いえ。
ですが、まだ…。」
久能が声をかけると女は両手を着いて、頭を下ろして答えました。
種付けは尻を並べて、用意ドンの総当たりです。
ですが、久能が参るとその場でお流れですから相手を務めたことのない女もいます。
「名前も覚束なくて、すまんな。」
「お長と申します。
ルスラン様のもとで働いております。」
久能は箸を置くと大股開きでお長に近寄り、むずっと手を取りました。
「きゃあ~。」
「いやだあ。」
「もううう。」
お長が久能の目に留まったのを見て、他の女たちが黄色い声を上げて喜びます。
久能もお長の前を開けると、ぷりんと膨らむ乳房を急ぐように触れました。
食いつきが違います。
「ねえ、おねだりって駄目ですかあ?」
別の女が横からお長に入れ知恵するように言いました。
久能は一旦、手を止めて答えます。
「馬鹿な。
女同士でいがみ合いになるだけぞ。」
先達て成敗された結が例です。
江戸時代の将軍の大奥でも”おねだり”は御法度。
武家では閨房のことは最初から最後まで監視されることも珍しくないのも、このためです。
「櫛の一本ぐらい、ねえ。」
「お長も愛想良くするからさあ、ねえ?」
「気合入れなって。」
仲間たちに押されて、お長も気分を出します。
「…お豊さま…。」
名前で呼ばれたのは、いつ以来でしょう。
久能は思わず唇をキュッと結んでお長の肩を抱き寄せます。
翌朝、久能は朝飯を食べると昼まで眠りにつきました。
目を覚ますと、すぐにお義が用意した昼飯を食べます。
お義は昼にはニワトリを潰しました。
「白米だけでは養生に良くありません。
今回は芋を混ぜました。」
「…頂くとしよう。」
自分でも信じられない食欲です。
久能は山のような料理を食べ終えると机に向かいます。
外の戦況は小康状態。
いたずらに動かず、焦らず、じっとしているに限ります。
「オッス!
何してんの。」
スカディが様子を見に来ました。
机の上には手のひらぐらいの紙が広げられています。
時代劇では両手で広げるような大きな紙に堂々と手紙やら書類を作りますが、紙は貴重です。
小さな紙に余白なくびっしりと細かい字を書きます。
貧乏たらしいこと、この上ありません。
「女たちに、な。
…たまには手紙でも…。
書いてやった方が機嫌を取れると思ってな。」
「直筆で?
ひゃあ…。」
スカディはそういって床に広げられた手紙を見ます。
「…私のは?」




