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第8話「変身だァァッ!」(前編上)




伊都国イトの大友、土佐国ツサ高志国コシの援軍を加え、久能勢は体勢を立て直します。


「どう思う?」


「勝てます!」


久能の質問にスカディは意気込みます。

しかし雪姫が言いました。


「仮面兵について探りに来たねえ。」


「…まあ、調べられてすぐにばれるものではないが。」


久能も雪姫の顔を覗きながら相槌を打ちます。

ひとり、スカディだけが口を尖らせました。

雪姫が言います。


「話せって言われたらねえ。」


「追い返す。

 …が、ここまで来た援軍を追い返しては、吉備国の立場が危うい。」


久能も頭を悩ませます。


この際、仮面兵の製造方法はともかく、相手を満足させる方が問題でした。

女たちを利用するのは、確かに非人道的です。

しかし事が戦争では、やむを得ないという久能と同じ決断を誰でもするでしょう。


問題は、術の要がアラハバキ神と、その巫女、雪姫であるということ。

雪姫は石棒を触媒にして女たちに種を植える、この術を掌握しています。

この人数を増やすことができないのです。


方法は教えられても、貴方たちには真似できません。

これでは下心の見え透いた諸侯は、どう納得するでしょう?


「…エミリーは?」


「まだ気分が優れないと。」


久能の問いに朝倉坊が答えました。

隣には情婦のヌビオが居ます。

首輪、腕輪、足輪がはめられ、鎖が通してありますが、良い趣味をしています。


「私が変な女に騙されたせいで、あいつを苦しめることになったようだ。」


久能がそういって視線を下に落とします。

一同、一言もありません。

ルスランだけが、櫓の隅っこで黒猫と遊んでいます。


「沖田総司、猫と遊んでる場合か。」


今しがた櫓の3階に上がって来たお稲がルスランに声をかけます。

雪姫がそれを見て言いました。


「うぃーい!

 どうだったあ?」


「全滅です。」


蛍光グリーンの派手なサングラスを上にあげると書類を雪姫に手渡します。

読めないのか、それを久能にパスします。


「…薄めた精液では…。」


久能は朝倉坊がいるのを思い出して声を落とします。


書類によれば希釈した精液を塗布した女たちのうち、ごく普通の下女は変化がありません。

しかしスカディをはじめ、体力の強い戦士たちは軒並み駄目だったようです。


これを読んでいて久能は嫌になりました。

ますます自分が外道に手を染めている気がします。


「方法を見直す。」


「待ってください。

 まだ成果を上げられます。

 やらせてください。」


久能の命令にお稲が抗弁しました。

久能が答えます。


「大蔵大輔様、私は主任である雪姫様に命令…、いや、お願いした。

 雪姫様の部下である貴様が私に直接、抗弁することは聞き入れられない。」


「くっ。」


お稲は、今度は雪姫に向き直ります。

何とまだ言った訳ではありませんが、雪姫は嫌そうな表情で先に言います。


「うぇえええ…。

 そんな目で見るなよお。」


雪姫が久能、お稲と順に目を動かして二人の表情を比べました。

また話し始めます。


「だいたいさあ。

 あんたは考えるの専門で、やるのは私じゃん。

 それを…。」


「お言葉ですが、雪姫様は大雑把過ぎます。」


「カスみたいな霊力の癖に…。」


痛いところを突かれ、雪姫は口を尖らせ、目線を避けます。

代わりにスカディが横から口を挟みました。


「もともと仮面兵は強い兵を作るのが中心なんだ。

 数を仕上げるのは不向きじゃないのか?」


「はい。

 しかし技術は成長していかなければなりません。

 技術に合わせて戦略を下方修正するままでは、いけないんです。」


お稲は大言壮語します。


「仮構、大和王国が崩壊し、諸王が争うとします。

 御所も帝も敵になった時、我々の最大の武器が仮面兵ではありませんか。

 他に頼るもののない以上、我々はこの技術を完成させなければなりません。


 強大な軍隊、労働力、強化人間。

 この技術を科学の力で完全なものとし…。」


「待て待て待て。」


久能がお稲を止めます。

そして厳しい表情で切り返します。


「大和王国が滅びるだと?

 なんということを。」


「だから何ですか。

 現実に起こってからでは遅すぎます。

 私は何か間違っているでしょうか?」


二人は、そのまましばらく視殺戦を続けました。

やがて久能が口を開きます。


「仮面兵を作る術は…、恐ろしい術だ。

 今以上に規模を大きくするなど、私はゾッとする。

 いや、今でもそのおぞましい所業をこの手に担う苦しみに私は迷っている。


 だが、私は私以外の誰かにそれを委ねようとは思わん。

 そして、今以上に効率的に、あるいは無造作にこれを拡大させようというものがいれば…。

 恥知らずと罵られようと私はその計画を止めよう。」


「…分かりました。」


お稲はそういって久能に一礼します。

一同は、この場を去るお稲の背中を見送りました。

すぐに久能がスカディに声をかけます。


「貴様をはじめ、お百合やおとき…。

 他の者たちには、また辛い思いをさせることになるな。」


「いや、私は何も。」


恥ずかしさと気まずさを顔面ににじませた久能に対し、スカディはケロリとしています。

朝倉は何も分からずキョロキョロしていました。


「あの…。

 あーっと、俺はカラクリの開発に戻りますね?」


「ああ。

 すまぬ。」


久能が朝倉に声をかけ、ねぎらいます。

別にこの二人、3つしか歳が違わないのですが、久能は随分とお姉さんぶります。




櫓から敵を眺めつつ、評定を終えた久能は雪姫と共に仮面兵の製作所になっている別の大櫓を訪れます。

城門と一体になった大きな櫓です。


「殿、早速はじめますか!?」


スカディが言いました。

しかし久能は首を横に振ります。


「まだ日が高い。

 第一、敵が迫っている。

 貴様は本丸御殿で指揮を取れ。


 私は大蔵大輔様とお話しする。」


「はあ?」


「今まで気がつかなんだが、御所様の御息女ぞ。」


スカディは何が何だか分からんという感じで本丸に向かいます。

雪姫も別の用事があるといって別れました。

まあ、こちらの方が都合がいいでしょう。


「大蔵大輔様はどこか?」


久能が下女にそう訊ねます。


「ああ、上です。」


「上?」


「はら。

 雪姫様は秘密にしていましたか。

 仮面兵の培養工場です。」


下女に言われて思い出しました。

以前に聖覚が久能に工場こうばを見せた時、実際に受精卵から人間を成長させる工程は見せられませんでした。


「上と言うと2階か。」


「違います、御殿様。

 天磐楠舟です。」


「船だと!?」


久能は驚くと共に合点がいきました。

天磐楠舟に工場があるなら、どれだけ探しても見つからないはずです。

しばらく待っていると鸞兵が3人やってきます。


「では、お送りします。」


「ああ。」


鸞兵たちに連れられ、久能は真っ白な鸞鳥に跨ります。

これはこくといって鸞の中でも上等な品種です。


久能は、ふわふわと夢見心地で空に舞い上がります。

鸞鳥に乗るのも久しぶりです。


「あれです。」


鸞兵の一人が指さしました。

超大型の戦艦が護衛艦を引き連れて城の上に留まってしました。

鸞兵たちが巡回し、船に近づくものを警戒しています。


「わ、私は…。」


私はこんなものは知らされていないぞ。

久能はそう言いかけて口を閉じました。


あのメスガキ。


久能が船に降りると鎧姿の女が応対します。

思わず久能は顔を背けてしまいました。


「御殿様、こちらに参られるのは初めてですね。」


「雪姫様からも聞いていなかった…。」


おずおずと久能は顔を正面に向けます。

女を覚えています。

不意に夜の事を思い出し、気恥ずかしくなりました。


先方は気にしていないのか、案内を買って出ます。


「大蔵大輔…、あの稲がそんな武家の女だったとは。

 そういえば物書き、算術も出来る上に学問にも精通しておりましたなあ。

 前に鯉を宮中ではこうやって食うのだ、と料理してくれました。」


「官位は私より上なのだ。

 …今さらだが、挨拶しなければと思ってな。」


そのまま二人は歩き続けました。

久能はしばらくして口を開きます。


「勘違いするな。」


別に私に抱かれろ、と言いに来たわけではないぞ。

久能は顔を赤らめて、そう言わんとしていました。

しかし殿様が女の名前を調べて会いに来るとなれば普通、他にありません。


「でも名族好きってあるじゃないですか。」


案内をしている女が久能に言います。


名族好き。

つまりお姫様や育ちの良い女を好む癖のことです。

血統趣向というのでしょうか、一種のコンプレックスでしょう。


やがて、船内の船長室キャビンに着きます。

大きな執務室にお稲が陣取って書類を睨んでいます。


部屋にはガラス瓶や金属の道具が並んでいます。

たくさんの巻物や絵図、鉱石標本、怪しい錬金術の壺などもあります。


「これは羨ましいな。

 移動する執務室か。

 私は城をうつる度に持ち物がなくなる…。」


「殿!?」


お稲が目を丸くします。

久能は手を前に出して、立ち上がろうとしたお稲を静止します。


「茶など、お出しします。」


隣室で控えていた右筆(秘書)らしい下女が菓子や茶まで用意します。

久能は下座に座りました。


「…なぜ、大蔵大輔様はここに?」


久能が質問するとお稲はサングラス越しに相手を見つめながら答えます。


「怖くなって、戦えなくなった。

 笑え…。

 御所の娘がこのざまではな。」


親子そろって腰抜けだわ。

とまでは言いませんでした。

実の親子とはいえ、将軍を侮辱するほど馬鹿ではありません。


「近江の横山城で私は御所様に、直接、御会いしておりませんが助けられました。

 その時、私は武士として恥ずべき振る舞いをしました。


 されど武門に生きるものならば心得るべきこと。

 最後に勝ちさえすればよいのだと。」


久能は、そうお稲に答えました。




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