第7話「世界は暗く、道らしき道すらなく」(後編)
「九州の大友、出雲王も仮面兵の秘密を探り始めている。
今や仮面兵は注目の的だ。
しかしこの技術を独占してこそ、我々の帝国が建設できる。
だが、芹沢鴨を殺る前に新見錦を仕留める。」
お稲がそう言って酒を呷りました。
その場にはお稲の他に二人の女が居ます。
そのうちの一人がお稲に訊ねました。
「とするとエミリー・スタンフォードを?」
「左様。
それでこそ近藤勇が新撰組唯一の局長になれるというものだヨ。」
上機嫌になったお稲は、既に成功した後のように語るのでした。
さっきとは別の、もう一人の女が言います。
「北条サン、そんな夢みたいなこといってて良いのかい?
久能様があっての今の吉備軍じゃないか。
どうやっても雪姫は頭領にはなれないぞ。」
「わかってらい。」
お稲はそういうと自分で杯に酒を注ぎ、大急ぎで飲み干します。
彼女は春の鳥のさえずりのように軽やかに言います。
「あの結という女のやり方が悪かったのだ。
しかし結局、組織は人付き合いだヨ。
そこを学ばねばいかんね。
久能様も男だから、乳のデカい女が尻を振ってやれば言いなりになる。
何せ、精力絶倫のお人だ。
ひと合戦終えてから一合、一合、また一合と女たちを魔羅で切っていくお方だ。」
ここでまた一杯。
「だから美人を見つけて来て、久能様に我らの都合の良いことを吹き込ませるのだ。
その方が久能様だって心の痛みも和らぐ。
もう仮面兵を作るために情交する必要もなくなったのだから、ただ心の癒しとして美しい女性を傍に置かれればよい。
新見錦を刀で斬り捨て、芹沢鴨は美人で殺す。
それがワシの描いた絵図ヨ。」
お稲が上機嫌に話すと他の二人が顔を見合わせて会話します。
「やれやれ、北条サンはもう土方歳三になった気でいるぞ。」
「でも、久能様は気の優しい人だから、これ以上、戦争指導者は無理だと思う。
…それにもまして仮面兵の秘密なんか抱え込んじゃ…。」
「いつかはパンクしてしまうか。」
考え込む二人を他所にお稲は強かに酔っ払っています。
北条大蔵大輔稲。
北条九厳の四女で自身も一軍を率いて尾州奪還にも従軍した。
大名並みの生活をしていたが、3万で5千に敗れた尾州解放軍の武将の一人として叱責され、それから毎日のように辛酸をなめさせられて来たのです。
その後、再戦の機会も得られず、汚名をそそぐことも出来ずにいました。
彼女が久能に出会ったのは、葛城で募兵した時で馬一匹の騎馬武者としてです。
ですが、それ以降、全くと言って良いほど武功にも恵まれず、挙句、PTSDを発症。
尾州従軍の後遺症でした。
丁度、武器を落とし、狼狽するところを戦目付に見つかり除隊させられます。
しかし仮面兵の生産に人手がいるとなったので、そちらに回されていました。
本来、身分は久能より上なので、公然と久能を呼び付けることが出来る身でもあります。
しかし、ここでは稲、稲と百姓娘と同列の扱い。
無論、不満がないといえば嘘になります。
しかし勝つも負けるも武門の運命。
自分には運がなかったのだと割り切って考えていました。
しかし逆に言えば、勝ちさえすれば誉れは取り戻せるのです。
「久能は偉い。
しかし上を目指すには、己の正しいと思うことを貫くには力がいる。
時には身内すらも斬り捨てる覚悟がいる。
ワシは今からでも謝りたい。
けど、ワシも武家の女。
負けを取り戻さんといかんヨ。」
数日後、三原城攻略が始まりました。
敵は王子アズールを筆頭に陣容を再編し、久能勢を迎えます。
「おお、兵庫頭様だ!」
そこには元気に皆の前に戻った久能の姿がありました。
騎馬武者たちから兵卒たちまで手を振って若い女将軍に声援を送ります。
「結局、尾崎に御鉢は回って来なかったな。」
スカディが馬上から尾崎に声をかけます。
尾崎がそれに明るい調子で答えます。
「いえ。
私は、ああすれば久能さんが元気になるしかないと思ってやったことです。」
「なるほど。」
スカディは口の端を歪めて頷きました。
「大蔵大輔様。」
出立を見送る下僕たちに声をかけた久能が馬上から降り、その中にいるお稲に歩み寄ります。
お稲はビックリしてサングラスを上げ、頭の上に引っ掛けます。
「将軍家の御息女、大蔵大輔様でしょう?
どうして今まで名乗り出なかったのです。」
「エッ。」
お稲は目を丸くして、その場ではにかみました。
「仮面兵に関する報告書を読み、字がいつもと違ったので…。
これまでお構いなく、御無礼を。」
「は、はあーっ!」
鼻を鳴らして、お稲は手で自分の後頭部を掻いた。
隣の下女が口を挟む。
「御殿様、稲は興奮すると気分が悪くなりやすので。」
「では、また時間を作ってゆっくりとお話ししとうござる。
これにて。」
久能はそう言うとお稲に背を向け、馬上に戻った。
「御殿様、元気になってよかったなあ。」
「でも、もう御用がなくなって寂しいわいな。」
「えっへえ~?」
女たちが口々にそう話します。
お稲は悔しそうに爪を噛みました。
夷軍は野戦に出ます。
朝倉の攻城兵器を使われては、籠城しても手も足も出ないまま嬲り殺しになるだけです。
『…また数が増えてるな。』
久能勢は、およそ3千2百余。
岡山城を出立した時より数が増えています。
もちろん仮面兵で増えた分だけではなく、夷軍の勢力が弱まったため、後方から兵が移動して来たこともあります。
とはいえ、これまでの損害を補って文字通り、余りあるほどになっています。
「敵は8千余。
数において圧倒的に不利です。」
「倍以上か。」
久能は劣勢にはなれていますが、真正面から戦うのには慣れていません。
「伊邪奴殿の別動隊と合流してからでも良かったんじゃねえか?」
スカディが言いました。
吉良が反論します。
「いや、伊邪奴さんが後方の掃討をやってくれているから、こっちは前に集中できるんだ。」
この間、楢崎城、鷲尾山城など伊邪奴は弟たちを率いて落城させました。
ほぼ同数の敵を3つ、同時に相手取ってそれぞれを時間差で撃退するという離れ業。
前を進む久能に合わせて残敵を掃討する、陽の目の当たらない中、腐ることなく忠実に命令を実行していきます。
「じゃあ、取り敢えずまあ突撃しよう!」
数千数万の大軍といっても通信機のない時代です。
全てが完全に連携を取ることは、ほぼほぼ不可能でした。
加えて火砲などの長距離攻撃や自動車などの移動手段もなく、火力を集中させること自体、技術的に難しい。
結果、全員が戦闘に参加する前に一ヵ所で形勢が決まります。
つまり久能勢、3千の攻撃を敵の一ヵ所に集めれば勝機はあります。
『それが出来れば苦労はせんよ。』
数に劣る敵が取るべき方法は、必然的に限られてきます。
アズールも兄王アズルドヴェインに大将を任せられる身。
そんな単純な手が通じる相手ではありません。
『稚拙な攻撃、愚かな大将…。
大和軍の侍たちは優れた職業軍人で、半農半武の我々とは練度が違う。
兵員、物資の大量輸送と制空権を握る天磐楠舟は強力なツールだ。
だが、蓋を開ければ常にこうだ。
戦略上で積み上げたことを自分から手放しで崩してしまう。
度し難い連中だ。』
スカディが先頭に立って突撃した久能勢は、攻撃失敗。
瞬く間に尾道城に逃げ帰ります。
逃げたと書けば一言ですが、その間の戦闘は熾烈です。
「スカディは!?」
久能が伝令に訊ねます。
「怪我をしておりますが、命に大事ありません。」
怯えた表情、肩を上下させて息を切らす伝令の背中から風魔の三夜が姿を現しました。
伝令本人も久能も驚いて目を丸くします。
「くっくっく…。
逃げ道を案内仕る。」
「…おお。
頼むぞ、三夜。」
久能が馬上から命じます。
それに、ひょろひょろと立ち上がった三夜がニタリと笑って答えました。
「承知。」
味方の半数が風魔忍の手引きでほうぼうに散ります。
殿は、久能自身が務めます。
「久能さんが!?」
吉良と尾崎がワザとらしいリアクションでポーズしながら叫びます。
「久能さん、責任を感じて無理してはいけないッ!」
「そうよ!
大将である貴方こそ、一番に生き残らなくてはいけないじゃないッ!」
「いや、単純にこういう戦いの方が私は慣れている。
それにエミリーもスカディもいないのでは、私以外に誰が兵を統率できる。」
久能は、そういうと取って返して夷どもに矢を射かけます。
しかし例のごとく、重装備に切り替えた夷たちは容易には勢いを落としません。
「カイザードラゴンライフル!」
「キングドラゴンゴールデンアックス!」
吉良と尾崎が巨大な超兵器で夷軍を押し返します。
尾崎の武器は、なぜか斧なのにビームが出て、敵の騎馬武者が真っ二つに裂けました。
それでも勢いに勝る夷どもは虫のように湧いてきます。
「確かに俺たちもこういう戦いの方が慣れてるな、ブルー!」
「ええ、その通り!」
夷軍は勝ちを確信し、手痛い反撃を受けました。
もっとも秘密戦隊の超兵器など、夷軍は知る由もないのですから、仕方のないことですが。
日が落ちるころ、勝ったはずの夷軍の方が被害は多くなってしまいました。
久能勢の戦死者が200余、負傷者が1000以上。
アズール勢は戦死が400余、負傷が700以上になりました。
ただし、夷軍の方が絶対量で勝っていますから、この場の数字で勝っても大敗です。
吉備軍6千の内、2百の死者と夷軍広島軍団5万の内、4百では意味も違ってきます。
アズールは失策を認めましたが、すぐに尾道城に逆撃を与えるべく前進します。
久能は、一転して守勢に回らざるを得ませんでした。




