第6話「誰も私を責めることはできない」(後編下)
尾道城の曲輪に乗り込んだ異形の二人が大見得を切る。
「この国の人々の祈り、この国の人々の夢を壊させはしないッ!
南海赤龍王!
リュウレッド!!」
ジャーン!
聞こえる筈のない中国の銅鑼の音が夷たちの耳に響き渡りました。
皆、気圧されたのか武器を力なく下ろします。
吉良に続いて尾崎も名乗り口上を上げます。
「皆の怒り、苦しみ、悲しみ…。
全てを私の手に集めて貴方たちを滅ぼす!
清瀧権現!
リュウブルー!!」
ドーン!
幻の和太鼓の反響が夷たちを圧倒します。
さらにダメ押しと言わんばかりに二人が声を合わせます。
「二つの竜が力を合わせ、天下太平楽のため護法護国救世の道を開くッ!
五龍戦隊リュウレンジャーッ!!」
『…おおっ。』
『な、なんだぁ。』
二人の後に続いて、のそのそと味方も姿を現します。
ちなみに彼らは名乗りを上げることはありませんでした。
「敵が軽くなったぁ?」
スカディや狗奴王に集中していた敵が、どんどんリュウレンジャーの二人に向かいます。
反撃が軽くなったのを感じたスカディは、一気に押し出します。
「押し出せぇぇぇッッ!!」
「かかれー!」
「突撃だー!」
「押し出せー!」
結局、信じられないことに戦闘が始まって半日で尾道城は落ちました。
理由は二つあります。
単純に久能勢の勢いが強かったこと。
空爆、包囲効果、巨大な攻城兵器、仮面兵や強力な戦士たち。
しかし夷軍が早くから援軍が間に合わないと撤退を準備し始めたこともあります。
形勢が不利と見るや、逡巡せず彼らは逃走を始めました。
「追撃するな。
…敵はまだ十分に反撃できる能力を温存している。
早過ぎる。」
エミリーは全部隊に城の制圧を急がせました。
部下の海兵が敬礼して答えます。
「はッ。
他の部隊にそう伝えます。」
「殿はどうなの?」
「問題ありません。」
夷の援軍、獣将ティアイヴィたちは久能の本隊の攻撃を受け、停止しました。
川を挟んで布陣すると久能はひたすら矢を降らせます。
『あ、頭を出すな。
狙い撃ちされてしまぞっ。』
王子アズールの部隊も川を渡ることが出来ません。
『イライラするぜぇぇぇ…。』
軍監のアズールの監視があるため、ティアイヴィは構わず突進したいのを堪えます。
しかしここでアズルドヴェインから直々の許しが出ます。
『陛下が構わぬから渡河せよ、と。』
『それは本当か?』
ティアイヴィは小躍りします。
伝令は彼の質問に答えました。
『はい。
アズール殿下にも文句は言わせぬ、と。
しかし条件があります。
陛下は勝てとお命じになりました。』
『よぉぉぉし…。』
この時、この命令は実行不能でした。
尾道城は陥落。
ティアイヴィが今から渡河し、久能を破り、尾道城に突撃しても返り討ちにされるだけでしょう。
アズルドヴェインは、勝てるなら突撃しろと命じたのです。
その匙加減を獣将は誤りました。
「!?」
久能は川を突っ切って来る獣将ティアイヴィと彼の部下たちに気付きました。
すぐに馬を回頭させ、射かけられる位置まで移動します。
『敵にぃぃぃ…、恐怖をー!!』
獣将の魔力を解放したティアイヴィは、巨大な魔獣に姿を変えます。
比喩ではなく、山のような怪物が川を突っ切ってきます。
「撃て!」
久能は全ての攻撃を獣将に集中させます。
しかし雪姫と同じで強力な霊力で強化された肉体は簡単にダメージを受けません。
『きょう!?』
とはいえ、久能と久能以上の能力を持つ仮面兵では話が違います。
すでに仮面兵は生まれる過程で術で補強され、精神的なムラなどもありません。
屈強な戦士同士を交配させた強化人間なのです。
「…くっ。」
久能としては複雑な感情が入り混じります。
すでに戦力としての自分は、もう用済みなのです。
兵器開発に朝倉、仮面兵を雪姫、戦略指揮をエミリー…。
自分は仲間たちの上に立つ資格があるのでしょうか?
無論、彼女以外では、今の軍団はなかったでしょう。
人材の登用も運営も彼女の判断でここまで来たのです。
指導者として、やるべき事をやってきました。
それでも自分のことは自分が一番、分からないものですし、誰だって分かり易い功績を求めてしまいます。
「どお!」
久能は馬を走らせ、ティアイヴィの正面に突っ走ります。
しかしティアイヴィは矢を満身に浴びながら、川を渡り、岸に上陸してきます。
「行かせん!」
久能が単騎で獣将に挑みます。
山のような魔獣は身体をよじり、毛むくじゃらの顔を向けます。
『ちびっちゃい人間がぁぁぁ…。
イライラするぜぇぇぇ…。』
久能は、一瞬ためらってティアイヴィの股間にぶら下がる肉塊を射抜きます。
『ぬんんんんんんんんんー!!』
人間より大きな肉塊が一瞬で撃ち抜かれ、飛び散りました。
魔獣は口から泡を吹き、背中を丸めて苦しみます。
『んんんん!!
んんん!!
んんんー!!』
久能は魔獣の周りを馬で駆け周り、次々に矢を射かけます。
おそらく、その姿は数百年前に毛野国軍が獣将のもとになった夷王の魂を刈り取った時と同じでしょう。
巨大な野獣の力は、人の軍勢がぶつかる英雄の時代には似合いません。
あくまで神の時代、人が人ならざる物を畏敬の念で崇めた時代の存在なのです。
最後に真下に久能は飛び込むと頭上に一撃。
ティアイヴィの心臓が破られ、魔獣の肉体が消滅します。
後には赤い髪の美しい夷が一人、立っています。
まだ本当の戦いは、ここからです。
『サルがあああ!
本当にイライラするぜー!!』
「はあッ!」
騎馬突撃を駆ける久能。
しかしティアイヴィは信じられない膂力で馬を受け止め、押し倒します。
久能は寸前に逃れ、徒歩で太刀を抜きます。
「信じられん力だ。」
『私の…、良くも潰してくれたな!』
怒り狂ったティアイヴィは血走った目で向かって来ます。
しかし久能は大上段に構え、苦も無く惨殺しました。
心を乱した相手に後れを取るような久能ではありません。
「うぇーい!?」
雪姫は獣将が倒されたことを知ってガッカリしました。
霊力を蓄える間もなく、久能が倒してしまったのですから拍子抜けでしょう。
「仮面兵に囲まれては、神代の怪物もひとたまりもなかった。
雪姫様の御力です。」
「うぇえええ?
じゃあ、私の功績ってことでいいよねー!!」
久能にそう言われ、雪姫が喜びます。
しかし聖覚の表情は暗いのでした。
「お待ちを。」
主だった将たちが集まる場に、正就の娘、結が現れます。
思わず、無意識に久能の眼の色が喜びの色に変わります。
諸将の前、結が話し始めました。
「仮面兵をこしらえたのは…。」
おそらく女たちの功績だ、と言わんとしていたのでしょう。
しかし聖覚が寸でで飛び込み、レイピアで首を一突きにします。
返す第2、第3撃で心臓、両胸を突き、徹底的に切り刻みます。
瞬く間に白い肌が血に染まり、たっぷりと艶のある黒髪を床に広げて結は死にました。
久能も青くなって何も言えません。
「なんでやあああ!!」
「うわあああ!!」
狗奴王と朝倉が抱き合って叫びます。
他の者たちもどよめきます。
「聖覚、何をする。」
立ち上がったエミリーが冷静に場を静めました。
過呼吸気味になった久能にスカディと他の下女たちが手を貸します。
逆に聖覚は海兵たちが取り囲みました。
雪姫が叫びます。
「貴共、聖覚は我の臣なるぞッ!
手出し無用におじゃるッッ!!」
「では、雪姫様にお尋ねします。
…なぜ、殿の召使いを惨殺したのです?」
エミリーが質問すると雪姫が答えます。
「我を東人と嗤いおった。
それだけぞ。」
「…聖覚は、雪姫様の命で?」
「…。」
エミリーが聖覚に質問します。
返り血に濡れた聖覚が黙ったままレイピアを血をぬぐい、山形帽を被り直します。
「私は、この国の習慣はまだ分かりませんが…。
王をあざけった罪は死に値する。
そこに異論はありませんが、なぜ今、この場で?」
「黙りおれ。」
エミリーの質問に雪姫はそういって突っぱねました。




