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第6話「誰も私を責めることはできない」(後編上)




「金は出す。

 しっかりとやれ。

 …ただし、上品に頼むぞ。」


「どーせ、安芸に人間はいない。」


群衆から笑いが起こりました。

集まったのは畿内周辺に居ついた北米のヴァイキングたちです。

久能勢、出雲軍の両方にかなりの人数が所属しています。


「まずは飯だ!」

「期待するな、夷の連中は人間を食肉にしてやがるからなあ。」

「迂闊に手が出せねえ。」


その様子を見ていたエミリーに一人の海兵が近づいてきます。

相変わらず何の罰ゲームなのか、男なのにホットパンツを穿いて股間を膨らませています。

まあ、海や川に飛び込む分には動き易いのでしょうが。


「仮面兵の工場は2つ。

 一つは例の仮面を着ける施設。

 もうひとつは仮面を作る工房です。」


海兵が報告したのは、どちらも表向きに知らされている作業場です。

肝心の仮面兵を受精卵から培養する施設は、掴めていません。


「…そう。

 雪姫の術については、調べが着いたのかい?」


「アラハバキ神というクナトの神、生殖の神が術の要になっています。

 フレイヤのようなセックスの神ということでしょう。」


エミリーがアゴを手で揉みながら考えます。

いわゆる精霊や神の力を借りる術である以上、深く調べても仕方ありません。


「岐の神とは?」


「交通や道の安全を守る神であり、人の運命を守護する神として信仰されています。

 危険から人々を遠ざけるために道を塞ぎ、災厄を遠ざけると信じられています。

 日本ではイザナギ、サルタヒコなどが有名なようです。」


エミリーは部下に質問します。


「本で読んだわね。

 でも、イザナギもサルタヒコも男神じゃないの?」


「我々と違い、日本では男神が性の神なのです。

 イザナギが男根で女陰を塞ぐという説話から母体を守るとも信じられていると。」


「性愛と豊穣の女神フレイヤに対し、母子を守る聖なる神の男根か。」


またエミリーは考え込みます。

これまで読んだ本の内容を思い出し、整理します。


軍人は本を読むのが仕事。

とくに敵地に乗り込む海兵隊はさまざまな風習をレクチャーします。


「インドのシヴァ神も男根を聖なるものとして崇めていたが…。

 出雲の大国主、異名の八千矛やちほこ神は大きな男根を持つ神だったかしら。」


この場合、”矛”が男根を意味していると考えられています。

前に着く”八千”が、その立派さを表現する美称です。


「大国主が女神の気を引くために、そう名乗ったと記憶しています。」


エミリーは改めて部下に命じます。


「神の男根…。

 おそらく隠された仮面兵を作る術の要を探せ。」


「不可能です。」


部下がハッキリ言いきります。

ですが、エミリーは驚きもせず、淡々と受け取りました。

ただ次の報告を待ちます。


「アラハバキ神は太陽の神です。

 太陽とは日の異称で、男性のシンボルだと陰陽説では考えています。」


そう。

”太陽”は異名、あくまでニックネームで日が正式な名前です。

それに対応する月の異名が”太陰”になります。


陽とは男根、男性の象徴です。


「これがアラハバキ神の神像です。

 乳首、大きな臀部、これらは女性を象徴化したものです。」


「ほう。

 雪姫が被っている仮面に似ているな。」


部下が手に入れた遮光器土偶をエミリーが注意深く観察します。

すると肝心な部分がないことに気付きました。

男根そのものです。


「これは女神の像なのか。

 仏像と同じで我々には女神像に見える、というだけではないのか?」


「アラハバキは東日流の神で大和の神ではありませんが、大和が信仰する太陽神、天照も女神です。

 この国の人々は太陽が神の男根だと信仰しているのではないでしょうか?」


「太陽が?」


エミリーは、やや荒唐無稽な部下の話に眉を吊り上げ、顔をしかめます。


「両性具有の神、女にして男である。

 しかも天照とアラハバキの持つ男根とは、他のどんな神々にも負けない至上のモノ…。

 太陽なのですよ。」


「…そのまま絵本作家になる?」


暴走気味の部下をエミリーはたしなめます。

しかし太陽は生命の象徴であり、仮面兵を作る要素というのは合点が行きます。


ただ太陽神は、どこの国でも普通は男神です。

ギリシアでも北欧でもローマでもインディアンの神々も太陽神は男でした。


「結論を急ぐな。

 …私たちは神の力という圧倒的な言葉に騙されているのかも知れないわ。

 まだ太陽を術の基盤に使っている可能性を示唆するだけに過ぎないじゃない。」


「確かに、そうです。」


「人を作る術よ?

 そんな単純なはずがない。」


エミリーたちにも想像できないでしょう。

まさか、ただ人間の生殖機能を利用して材料を集めているだけだとは。


無から生命を作るような術ではない。

この着眼点に至らない限り、いつまでも大きな仕掛けを予想して考えがちです。


「殿の為にも秘密を探らないと…。」


エミリーはそういって唇を噛みました。

部下もその様子に感じ入ってしまったようです。


「分かりました。

 何としても雪姫の、魔女の秘密を暴きます。」


「ええ、続けて頂戴。」


さっきまでの男が立ち去ると別の男女の部下が二人で話しました。


「それにしても仮面兵は人間なのでしょうか?」


「そうね。

 人間に見えるというだけかも知れない。」


「まさか、東日流が滅びたのは仮面兵が原因で、仮面兵が夷なのでは?」


男がエミリーに意見を求めました。

エミリーはそれに答えます。


「夷=仮面兵説か。

 部隊内では、根強くあるわね。

 大和の帝も雪姫の提案を退けたというし、可能性はあるかも知れない。」


「まさか、雪姫と我々が相打つことになるのでは?」


その男の質問には、誰も答えられませんでした。




『国王陛下、御入場!』


夷軍の主城、広島城にアズルドヴェインが到着しました。


まるで照り輝く太陽のような肌、黄金の髪、黄金の瞳。

黄金の太陽夷(ゴールデンサンエルフ)と呼ばれるエルフの部族の一派です。

青い血を持つ真っ青な肌の青褪めた夷(ペイルエルフ)に対し、赤らんだ夷(ラディエルフ)と呼ばれ、その体には赤い血が流れています。


先述した青褪めた夷の一種、死の夷(デスエルフ)のような同じ白っぽい肌でも血の色が違うのです。


彼らは青褪めた夷を劣等種とし、自分たちを上位種だと考えています。

その中でも王侯貴族だけが黄金の太陽夷であり、それ以外は平民です。

軍部はほとんどが青褪めた夷で、彼らは軍事奴隷階級として国家のために戦う役目を強制されていました。


にも拘わらず、彼らの王への忠誠は熱狂的です。

青褪めた夷たちは、いえ、殆どの夷は黄金の太陽夷を神のように崇めていました。


自分たちは奴隷だ!

太陽の夷に従う、卑しい奴隷だ!!


『陛下ー!』

『国王陛下万歳!』

『敵に恐怖を!!』


アズルドヴェインに続く十二神将の三人も赤らんだ夷です。


『余はここに撤退作戦を発令する。

 大陸令に基づき、全軍はこの地を捨てて、中国大陸に移動するのだ。』


武将たちが色めき立ちます。

ついに日本列島を完全に棄て、大陸に新国家を作るのです。


4つの海流、6つの大陸プレート、3つの気団がこの島にぶつかります。

結果、複雑で激しい海流、大地震、台風や長雨、干ばつ、寒暖差を生みました。

おまけに山は多く、平野が少ない上に川が氾濫を起こします。


こんなクソみたいな島からは脱出したいのです、夷たちは。


『朝鮮半島は占領された。

 河南にも我が軍の楔が撃ち込まれたのだ。

 もうこの島での戦争は終結する。


 下等な野蛮人どもを残し、ここに居る者たちに余がした約束を果たそう。

 新天地に王道楽土を建設し、理想国家を作るのだ!』


『陛下、天皇を交換条件に兵を引かせましょう。

 私にお任せを。』


武将の一人が発言しました。

アズルドヴェインは答えます。


『ふん。

 時間稼ぎには良いか。

 …任す。』


発令。

夷軍は最後の撤退戦を発動させます。


広島城にアズルドヴェインの直属部隊が展開。

出雲軍と吉備軍に対し、十二神将と王の子弟たちの軍団が防衛線を構築しました。


『ガルナスを西の敵に、ゴドリックは余と共にあれ、ティアイヴィは東の敵に抗せ。

 我が弟たち、息子たちは十二神将に従うのだ。』


闇将ガルナス・ダイラマー。

絢爛の夷(グラムエルフ)と呼ばれる赤い髪を持つ情熱的と言われる夷です。

ただ本人は冷徹で不愛想で闇将の称号が似合う陰険なタイプです。


怪我人や病人を見向きもしなかったり、悪い意味で戦いにしか労力を割きません。

無能という訳ではないのですが、必要なことしかしない融通の利かない軍人です。


光将ゴドリック・コバウアー。

太陽の夷で王と同じ、黄金の髪を持つ将軍。

人呼んで「絵本から出て来た王子様」と評されるお人好しです。


武芸は達者ですが、正々堂々たる戦いを重んじ、一番戦争に向かないタイプです。


獣将ティアイヴィ・メレディス。

破壊と殺戮しか考えない厄介なタイプです。

鬼畜です。


要するに、これまでの敵とは数段、格の違う相手でした。




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