第1話「夷共の進撃」(前編下)
時の帝は、大和王国を構成する六国の諸王を集めました。
つまり伊都王、出雲王、土佐王、吉備王、狗奴王、高志王です。
ここにさらに葛城王、敵国の伊邪王まで集められました。
伊邪国は今、大和王国とは敵対していますが、それほど強く敵対している訳ではなく、むしろ尾州まで夷どもが手を広げたことで停戦する意思を示しました。
夷どもが伊勢湾まで手に入れれば、瀬戸内海まで進出してくる恐れがあったからです。
また武家側の顧問として九州探題の大友、毛利長門守、北陸の比企などが集まりました。
しかし、今回の最高戦略会議の主役はなんといっても征夷大将軍。
惣管、右近大将、右大臣、北条斬真九厳です。
「もう3万も兵を出す余裕はないぞ。」
「尾州解放軍の総大将が阿呆じゃったけえ、あかんのじゃ。
次はワシが出ていって夷どもをしごうたる。」
「薩摩の猿どもが騒ぎ出す前に早う潰せ。」
「いや、マジで帝の皇女を出せば?」
「なんでや!」
「…北条君、君の意見を聞こう。」
諸王、公家衆、国持大名衆の居並ぶ前で北条九厳は束帯姿で押し黙っている。
正直、胃が痛い。
ですが、そこは顔には出さず、ぐっと堪えて口を開きました。
「すでに行動を開始しております。」
そう。
手早く北条は動き出していた。
まず国内の中国人、朝鮮人などの唐人を殆ど捕らえ、追い出すか処刑するか奴隷として売り払った。
これはまず足元を静かにするためで、現代なら信じられない蛮行ですが、当然のように下されて来たのです。
情報を敵に流されたり、あるいは既に流していると決めつけたのです。
彼らは大和の人間ではないのですから夷とも関係があっても不思議ではありません。
次に近江、勢州に守りを固め、尾州から西の守備を強化。
さらに密偵を放ち、逆に敵の情報を探るために動き出していたのです。
「しかし、これらはあくまでポーズ。
臣は夷どもにこのまま尾張国の領有をしばらく許しても良いと思っております。」
「なんと!」
「正気か、おどれえ!」
「なんでや!」
北条は王たちに言葉を返します。
「奴等の出した条件の中で帝の皇女を差し出すという部分は絶対にリジェクトしなければなりません。
しかし、こちらが条件を無視したところで、そこから要求を引き出すには敵は更なる軍事行動を取らねばならない。
故に現状を見逃しておいて、こちらが準備を整えてから反撃するのが臣の考えです。」
こいつ、エルフの言葉を…。
大名たちが苦々しい表情で困り顔しながらも呆れたように失笑した。
「どれほど待つ?」
「分かりません。」
北条の返答に王たちはまた口々に騒ぎ出した。
公卿衆は黙っていますが、冷たい目線を北条に集中させています。
「出雲王様の言われた様に、尾州解放軍が負けたのが悪いのです。
しかしあれが、あの段階ではベストの選択だったと臣は考えております。
こうなった以上、今の手札でやり繰りするしかないでしょう?」
また議場は大騒ぎ。
しかし四方に敵がまだまだいる中、自由に動かせる兵がいない以上、北条の言う通りでした。
結局、なし崩し的に彼の提案通り、尾州を敵の手に委ねるが、他の要求は無視するという決定が下った。
その時です。
「うぃーい!」
首には勾玉、両腕には腕輪、頭に巨大な遮光器土偶の仮面を被った女が、どたどたと入場しました。
末席の大名たちを飛び越え、北条を足蹴にし、公卿衆の頭を大股歩きで潜ります。
そのまま一直線に諸王の席まで向かうではありませんか。
「…東日流王。
おどれなんぞ、呼んどらんけえのう。」
出雲王が仮面女に声をかけましたが、彼女は何も答えません。
とりあえず狗奴王を退かせて椅子を奪いました。
「な、なんでや!」
椅子の上に女は立つと、勝利宣言のつもりなのか人差し指を伸ばした両手を掲げ、音頭を取ります。
「我らの神はアラハバキ 其は東日流の民の神。
我らの王はアラハバキ 其は東日流の民の王。
我らの名前は津保化族 其は遠く聞こえた我が御名。
我らの神はアラハバキ 其は遠く聞こえた彼の御名。
我らの主は日本天皇 其は秋津洲領す帝。
我らの敵は夷王 其は盗人 国泥棒。
我らの敵は夷奴等 其はおぞましき毛野民。
尾張、取り返せ、超返せ。
大和、いま発て、スグに立て。」
この舞い上がるようなラッパー巫女こそ、東人の王。
東日流王、雪姫なのです。
「…。」
帝が何か近臣に話しかけます。
それを受け、帝に変わって近臣が雪姫に命じます。
「東日流王、お座りくださいと帝が仰せです。」
「うぃー?
ここ、座ってもいいの。」
「なんでや!」
雪姫の足元で狗奴王が抗議していました。
しかし帝は近臣に「是」と答えます。
「狗奴王、ここは東日流王にお譲りなさいと帝は仰せです。」
「な、なんでやーッ!」
帝の言葉に満足したのか、雪姫は王の席に座ります。
出雲王がまた声をかけました。
「東人風情がワシらと居並ぶなど…。」
「東人。
”あずま”っていうねい。」
雪姫がそういって出雲王の席を蹴り上げました。
また出雲王が口を開きます。
「この議は、もう戦略的非干渉やらと決まったけえ。
それともお前ら東人が兵を出すっていうなら?
まあ、話は変わるけどのお。」
「それー。
それな。」
雪姫は出雲王を指差して頷きます。
かなり不快そうに出雲王が睨み返すと隣の伊都王が、うくくく…っと含み笑いしていました。
「ウチが兵を出すから、他所は武器とか天磐楠舟出して。
んで、夷どもをやっつけたら、そん時は、まあ、そん時で。
駄目なら、その間に兵をそろえるってことで、どーっすか?」
議場がざわめいた。
だが、帝がすぐに近臣を通して言葉を伝えさせます。
「首を刎ねるぞ、と帝は仰せです。」
「嘘だっての?」
雪姫が突っ張るので帝が言葉を返します。
「仮にも大和領内に留め置かれた俘虜たる東人の長として、その無礼を許してつかわす。
だが、この軍議において真偽の分からない虚言妄動を繰り返すならば、死こそ、その罪を贖うに相応しい。
…そう帝は仰せです。」
「うぃーい。
じゃあ、勝手にやらせて貰うぜ。
あばよー!」
そういって雪姫は席を立つと、今度は道を開けた公卿衆を通り抜け、大名たちを横目に去っていったのです。
「なんともはや。」
「狂人めが。」
やがて、夷どもは行動を開始した。
幾つもの城で結ばれた陸路は抜けなかったため、瀬戸内海に進出したのです。
ただ、その後の尾州の偵察では血生臭い情報が幕府にもたらされました。
まず夷どもは原住民を次々に殺戮し、代わりに自分たちが居住し始めたこと。
次に最初に入った夷どもだけでなく、別の部族が侵入し、夷同士で争い始めたということでした。
夷の部族の一派、青褪めた夷は、その名の通り、青い肌が特徴です。
多くの場合、凶暴で人や他の夷を食う種類の戦闘的な夷だということが大和でも知られています。
強力な武器や大弓を操り、また邪悪な異形の神々を信仰しているとも言われています。
これまでの情報から幾つかの青褪めた夷の部族が尾州に入り込んでいると判断されました。
彼らなら住人や他の夷を食い殺しても合点がいくからです。
しかし、そうなると平和的に話し合う道も、買収や離間工作もできません。
大和側にとって、これ以上、頭を抱える問題もないほど事態は悪かったのです。