第6話「誰も私を責めることはできない」(前編上)
吉備国王・伊背那利の太子・都支午利と結ばれた久能は、吉備国太子妃となりました。
当時に吉備国軍の大将となり、強大な後ろ盾を得たのです。
しかし久能は夷軍に対する前に、足元の掃除を始めました。
乙子城、天神山城を攻めたのです。
どちらも夷軍の占領している地域ではなく、吉備国の武士の拠点でした。
「義弟たちに伝えよ。
全軍、岡山城に帰還する。」
久能は陥落した天神山城を後にすると兵たちを引き上げました。
久能に一通の密書が届いたのです。
吉備国軍を完全に手中に収めるには、手向かいそうな輩を掃除した方が良いと。
無論、エミリーの提案です。
余所者である久能が吉備国を掌握するには、威信を示す必要があります。
都合の良い事に吉備国王に完全に心服していない土豪たちも大勢いました。
彼らの誅戮は、吉備国王家としても好都合だったのです。
そこで過去の王に逆らった事件を理由に次々に攻め落としました。
「義姉上、那支摩利、那化照が合流しました。」
久能に従っているのは、都支午利の弟たちです。
都支午利本人は軍事に疎く、まともに合戦を指揮したこともありません。
こう書くと情けない太子に見えますが、長らく夷が尾州より東で大人しくしており、戦乱は少なく、軍事は武家の家業になっていましたから仕方のないことです。
言い訳にしかなりませんが、そのまま平和な時代の跡取りとしては、問題の無い人物だったということでしょう。
「少しは使えるようになったな、伊邪奴。」
「ははは…。
義姉上に着いて行くので皆、必死であります。」
久能のもとに報告に訪れた義妹・伊邪奴は頭を掻こうと手を後ろに回します。
それが誤って兜がズレて前が見えなくなり、馬上でバランスを崩します。
「ほあああーッ!!」
「なっ。
伊邪奴、調子に乗るな、この馬鹿。」
久能が咄嗟に馬を寄せ、義妹を支えました。
伊邪奴も自分で馬の背に正しく跨り直します。
「す、すいません、義姉上!
じ、自分には馬上での頭を掻く経験がなかったのであります!」
「それは教えてくれて助かる。
次は上手くやれ。」
久能の素早い攻略に吉備国内は、王家への畏怖を高めました。
無論、急に家来を騙し討つような方針に批判する者も少なくありません。
しかし、夷軍に対抗するには、吉備国をまず団結させる必要があると認める人々もいました。
「…殿ー!
違うな。
…姫様?」
スカディは久能をなんと呼べばいいのか悩みました。
「これまで通り…。」
ルスランが小さく呟きます。
それは吉良と尾崎の会話で掻き消されました。
「やはり総司令だ!
総司令だろう、ブルー!?」
「いいえ、ここは長官よ!
長官と呼ぶのが良いんじゃないかしら!?」
聖覚も意見をあげます。
「吉備国太子妃ってことですから…。
殿下と呼ぶのが僕の意見なんですが…。」
「殿下ぁ?
なんか嫌な響きだなあ。」
スカディはそういって首のまわりを掻きむしります。
「どっかの潰れ饅頭みたいな王子様を呼ぶ言い方だ。
殿には合わないぜ。」
「分かります。
確かに殿下ってなんか、いかにも王子って感じで仕事しなさそう。」
「二人とも、それは偏見じゃないか?」
吉良がスカディと尾崎に言いました。
ですが、二人とも吉良の言葉など気にもかけません。
「そもそも、お妃っていうのが意地悪そうでなあ。」
「分かります。
凄く悪そうな感じがします。」
スカディと尾崎はそんな様子で意気投合しました。
「いっそ、女王様っていう方がスッキリすると思うよな?」
「ええー。
私はそっちの方が悪そうなイメージがするんですけど。」
尾崎がそういうとスカディが腕を組んで眉をひそめます。
「はあ?
お姫様以外は皆、悪党かよ!」
「っていうか、基本的に威張ってる女は悪いヤツなんでしょ。
男の嫉妬と女の僻みで。」
そのまま延々と二人は話し続け、岡山城まで黙りません。
吉良は仕方なくルスランに話しかけようとしますが、取り付く島もありません。
「えーっと、そのー…。」
「…。」
聖覚は寂しそうに下を眺めます。
ああ、なんで僕だけ鸞兵なんだろう。
早く、同僚が欲しい。
「…一体、これからどうなるんだ?」
「早く立場を決めんと…。」
「今さら、どうしろっていうんだ!」
揺れる津山城。
城主・阿座上正就は日和見を吉備王に提唱した家来の一人。
そして、一連の粛清でまだ手を出されていない最後の大物でした。
彼の家臣たちは王家が次に狙うのは、自分たちと噂しています。
「余は吉備国のことを思い、王に提案して来たが…。
今となっては、道を間違えたらしい。」
城内の御殿から正就はそういって遠くを見つめます。
ここに久能が居れば、何をどう考えれば吉備国、一国の安泰を願うのが正道なのかとなじられたでしょう。
しかし、そこは事情が違うのです。
「大和に屈し、それからの艱難辛苦…。
やっと大和が滅びると思ったのに…。」
「夷どもには大和も吉備も関係ないのじゃ、仕方あるまい。」
「それに…、それも王に謝ったではないか!」
「そうじゃ!
何故、過去の出来事に言い掛かりを着けて来よる!?」
重臣たちも論争を続けます。
無論、話をややこしくしないよう彼らは、ここでは口に出しませんが他にも王家に逆らった事案があります。
彼らが言っているのは、単なる恨み節です。
正就も家臣や領民の意見を取り入れつつ、自分の立場を危うくしながら、今の立ち位置に来ました。
言ってみれば、彼の罪は人の上に立つ者だったから、それだけです。
もし家臣や領民を説得し、立場を変えれば、今回の粛清は逃れたでしょう。
しかし、その前に領内や家臣の反対派に討たれることもあり得ます。
ですから、どこかでこうなるのが彼の運命だったと諦める他ありません。
「こうなれば、打って出る他あるまい。」
正就は家臣たちに告げます。
一斉にどよめきが上がりました。
正就は狂気に落ちた訳ではありません。
こちらから吉備王に逆らい、その後に自分が腹を切れば家族や家臣は免れるかも知れないと考えての事です。
どうせ滅ぼされるなら、一戦交えて威信を保ち、交渉の材料にするつもりでした。
そもそも、この戦いは言い掛かりで始まっています。
乙子城や天神山城のように黙って潰されるより、突っ張った方がマシです。
評定を終え、正就は家族のもとに戻ります。
「殿。」
「うむ。」
妻や息子、娘たちが正就を迎えます。
正就は自らの決意を家族に話すと最後の戦いに臨みます。
「この戦いは無益だ。
あの兵庫頭という女さえ現れなければ、何事もなかっただろう。
誰も悪くない。
ただ、強い者が全てを勝ち取る。
それが武門の習いなのじゃ。」
「父上っ。」
「殿っ。」
この戦いに全てが掛かっているのです。
一方、久能たちは何も知らずに津山城を攻める算段だけを進めています。
もし、ここにエミリーが居れば、敵の動きを警戒するように提言したかも知れません。
優勢な敵に対し、必ず籠城するとは限らないからです。
しかし久能も狗奴王も敵が仕掛けてくるとは思いません。
「ここを潰せば吉備国を掌握できる。
存分に広島城を攻めることができるという訳だ。」
久能は表情を決し、皆に宣言しました。
広島城は夷軍が安芸国に建てた前進拠点です。
ここを橋頭保に出雲国全土、北九州の伊都国、その先の中国大陸まで攻略しています。
ですから、広島城を攻撃することは夷の遠征軍のほぼ全軍を敵に回すことに等しいのです。
「おおー!」
「武者震いがするのう!」
雪姫が言いました。
それをスカディが笑います。
「はっはっは。
雪姫様、手加減してくれなきゃ皆、氷漬けになっちまう!」
「笑い事じゃないであります…。」
伊邪奴がそう言って弟たちと一緒に嫌な思い出を頭に浮かべ、顔を青くします。
雪姫が伊邪奴たちをからかいます。
「NYでは日常茶飯事だぜ。」
「NYがどこか知らないでありますが、そんなの御免であります。」
「寒いのは、もう結構であります。」
「お、思い出したら寒気がするであります。」




