第5話「クナト」(後編下)
久能は兵員を招聘するなり、瀬戸内海の小島に群がる夷どもを惨殺しました。
吉備国軍の軍船を借り受け、手当たり次第に獲物を探します。
「なぜ昨日、姫路城に着いた途端、夷の小城を攻める気になったのか?」
「分からん。」
兵たちも首をかしげます。
ただ、瀬戸内海の島々に夷軍の補給と連絡の拠点があり、これを攻撃することが畿内と九州の夷軍の連絡を絶つ意味があることは確かです。
しかしこれまで大した戦果が期待できないと考えられ、攻撃は見送られました。
「何かの八つ当たりだなあ。」
協力する吉備国軍の兵たちも腕を組みます。
ですが、近隣の村人たちは夷の死体に大喜び、捕虜の夷どもに石を投げ、次々に殺します。
歓声が起こり、日ごろの恐怖から解放された感謝を述べます。
村々に青い夷、白い夷の死体が並びます。
民衆は久能を褒め称え、出雲国での武運長久を祈ります。
「ばんざーい!」
「兵庫頭様、ばんざーい!!」
「尊王攘夷!尊王攘夷ー!!」
この慣れない風景に吉良と尾崎は、少し戸惑います。
抵抗できない夷たちに次々に襲い掛かる百姓たちを奇異の目で見つめます。
「あまり、あんたらには気分の良いものじゃないだろう。」
スカディが二人に声をかけます。
振り返った吉良は、真剣な面持ちで答えます。
「戦争というものが、こういうものだということは知っている。
確かに俺たちは、こういう時代が来ないように祈って戦って来た…。」
「でも、この世界では戦争がもう起こってしまった。
私たちにできることは、私たちが避けようとして来た戦争に加わることだけ。」
尾崎もそういって拳を握りしめ、胸に押し当てます。
なんというか、二人とも大真面目なのでしょうが、スカディには芝居のように見えます。
「お、おう。」
「久能さんは正しいことをしている。
俺たちの時代では受け入れられないことでも…。
俺たちは久能さんを信じて戦うだけだ!」
「そうよ!
何が正しいか悩む前に、私たちの出来ることをやって、大勢の人たちの希望を守らなきゃ!!」
吉良と尾崎はいちいち大見得を取って口上を述べます。
ワーオ。
どんだけ平和な時代から来たんだ、お前ら。
スカディは調子が狂います。
「…こいつらポーズ取りながら戦ってた。」
ルスランが小声で言いました。
スカディは嫌な汗を感じました。
「お、おめでてえ…。」
しかし唐突な出撃に違和感を感じていた聖覚は胸騒ぎを感じます。
城内で雪姫と共に久能の出立を見守った聖覚は、城下の陰惨な大騒ぎに苦言を呈しました。
「久能様は急にどうしてこんなことを…。」
「別にフツーだって。
男の子ってレゴでお城作って壊したり、拷問部屋とか作ったり好きじゃん?
虫とか捕まえて頭千切ったり、アリの巣壊したり、猫を車に投げたり、カマキリを共喰いさせたり、水槽にイモムシ落としたり、自転車で空き缶潰したり…。」
そう答えた雪姫に聖覚は迫ります。
「そんな悪戯半分で合戦を起こすなんて、久能様らしくありません!」
「なーんか、あったんじゃないの?
最近、女の子たちともセックスしてないみたいだし…。」
一向に心配する気配がない雪姫に聖覚は苛立ちます。
「我が君!
僕の話を真剣に聞いてますか!?」
「お前、うるさいよ。」
雪姫が聖覚を威圧します。
急に畏怖を感じさせる雰囲気をまとった雪姫は聖覚に言葉を返します。
「国を救おうと久能ちゃんは自分で手を汚し、自分で考えて前に進んでいる。
その久能ちゃんにお前がとやかく言う資格はないんだよ。
そんなに久能ちゃんの様子がおかしいと思うなら、セックスさせてやれば?」
「なっ、ええっ。」
意表を突かれた聖覚に雪姫はたたみ掛けます。
「前に久能ちゃんがお前にセックスしたいって言って断ったじゃん?
あれで傷ついたんじゃいかな~。」
「ふ、ふざけないでください、我が君。」
聖覚は顔を青くしたり、赤くしたり一人で盛り上がっています。
目を泳がせ、落ち着きを失ったまま雪姫に言いました。
「僕は、僕に久能様が声をかけたのは…。
そ、そんな意味ではなく…。」
「久能ちゃま、僕がお慰めして差し上げましゅ~。
ああん、いやん、ばかあん。」
雪姫がそういって聖覚を困らせます。
腹が立った聖覚は窓から乗り出すと指笛で鸞鳥を呼び、そのまま逃げ去りました。
「ふん。」
遮光器土偶の仮面の下で雪姫は鼻で笑いました。
夕暮れには久能自身も姫路城に帰還しました。
少し疲れた様子で馬上から皆に会釈します。
仮面兵の騎馬隊がそれに従い、城内にぞろぞろと入城します。
人々が口々に言い合います。
「あれが東日流王の呪術で作られた仮面兵か。」
「なんでも弓、刀、馬術、どれも一流の侍に負けない精兵だとか。」
「うっひゃー…、これは夷どもも皆殺しになる訳だぁ!」
狗奴王と朝倉坊、雪姫が久能を出迎えます。
「なんでや!」
「お疲れ様です。」
「ストレス発散になった?」
皆の声に久能が虚ろな表情のまま馬上で答えます。
「ああ。
…これで近隣の村の皆も喜ぶであろう。」
今度は姫路城の武将たちが久能を迎えました。
下馬した久能に、にこやかに話しかけます。
「見事な戦ぶりと感服致しました。」
「我ら夷どもを成敗する兵庫頭様の姿、まさに軍神と覚えました。」
「素晴らしい采配と存じます。」
「いえ。
…ははは…。」
力なくその場を立ち去った久能に朝倉坊が衝撃的な事を告げました。
それ自体は昨日の夜に告げられたことでしたが、久能は頭になかったのです。
「吉備国王子、都支午利様と婚姻!?」
「…ああ、やはり聞いてなかったんですか。」
朝倉坊が言うには、こうです。
吉備国王としては、久能を援助する意味で王子との婚礼を提案するとのこと。
久能家も所領が失われ、資金や拠点、後ろ盾が必要だろうという配慮です。
本来、親もいなければ、家財もない久能を王家に迎えるなどあり得ないことです。
普通、結婚すれば父親が二人になります。
当然、公武社会では親の七光りは倍になります。
生活基盤や人脈、政治的影響力も大きく増すので、結婚相手に親がいないというのはマイナス要素にしかなりません。
おまけに久能家は山背国が夷に制圧された時、一族も所領も財産も失われました。
まさに久能はド級の素寒貧です。
ですが、吉備国王は久能個人の才能と志に報いたいということでした。
生まれ、血統・血縁こそが全てを決める公武社会において孤児の素寒貧の親になってやるというのです。
これ以上、リスクを負う提案はありません。
「ば、バカな。
私を嫁に取るというのか!?」
「殿の武勇に吉備国王は感心したということですが…。
俺個人の見立てでは、吉備国には優れた武将が居ません。
今日までまともに戦っていないのも人材がいないからでしょう。
そこで殿を吉備国軍の大将に迎えたい。
吉備国王としては殿に差し出せるのは、婚礼だけでしょうからね。」
朝倉坊に言われるまでもなく、久能もそれぐらいは察しが着きます。
大和のために戦うのではなく、吉備国のために戦ってくれないか、という話でしょう。
「断るにしても、今日まで城を融通してくれたり、恩がありますよね?」
「お、恩!?
恩だと…。」
久能はてっきり吉備国の寸志だと思っていたようですが、甘いな。
朝倉は内心、毒づくと自分の情婦ヌビオと目線を合わせました。
「とにかく東山城に移る前には決断を。
岡山城では吉備国王と都支午利王子に直接、会うことになるはずですから。
流石に岡山城に入城する前に返事を出さないとヤバいですって。」
「そんなことは言われるまでもないッ。」
久能は語勢を荒げました。
しかし、朝倉坊の予想と違い、久能は好感を持って迎え入れたようです。
確かに公武社会に生きる者にとってこれほど破格の条件で縁談を断る者はいません。
そもそも幸せな結婚など望むべくもない身分です。
諸王の太子との婚礼を断る理由はありません。
「すぐに良い返事を!」
すぐに姫路城から東山城に久能勢が移動します。
人々は久能の勝利を願い、またその勇姿に奮い立ちます。
「これでこの辺りも平和になるぞ。」
「大和の反撃だー!」
「夷どもをぶっ殺せー!」
久能自身の心も沸き立ちます。
今にして思えば、孤軍奮闘して来た孤独が良からぬ不安を招いたのでしょう。
もう、苦しみから解き放たれても良いのです。
運命は回り始めます。




