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第5話「クナト」(中編下)




疲れ切った服装に禿げあがった頭。

隣村のトトチなる中年百姓が久能を訊ねた。


「何ぞ。」


「この百姓は地元の者だそうですが、なんでも会わせたい人がおるとか。」


朝倉坊の手引きでトトチは久能の前に通されました。

久能も仕事もないので出かけることにします。


本音を言えば、じっとしていると女に種を着けろと雪姫が急かすからです。

まるで気分は子供のいない家庭の夫です。

城を逃げ出す口実が出来て、これ幸いと出かける支度をします。


朝倉坊もとりこにした夷の女、ヌビオのもとに行きたくて久能を追い出したい一心で話を取り次ぎました。

いざ、事を為さんとヌビオと乳繰り合っている時に仕事を命じられてはかないません。


「何かあったのでしょう。

 行って見てはどうですか。」


「ああ。

 何か私も気がかりだ。

 捨て置けぬ。」


朝倉坊は「さっさと失せろ」という本音を飲み込み、急かしているのがバレないように久能を追い立てました。

久能も別に大したことないと思いつつも、さも大事のように出て行きます。


「なんでや!」


狗奴王は武器や食料の調達、金の工面に頭を悩ませている最中です。

久能は姑いびりから逃げるように農村に、朝倉は通い妻に自室に行きました。

なんで自分だけ…。


狗奴王はそう思いながらも数字と睨み合いを続けました。




久能が兵庫城から隣村に訪れると半日も散歩すれば飽きるような貧弱な村でした。

正面には中国山地がそびえ、どこまでも緑が続いています。


この時代、燃料として薪が主要の役目を担っていたので山はたいてい、禿山でした。

きっと斬る人も少ない寒村なのでしょう。


「一体どうしたというのか。」


久能がトトチなる百姓に案内され、竪穴住居の並ぶ集落に足を踏み入れます。

すると見たこともない夷が居ました。


真っ赤です。

これまで青い夷や白い夷は見たことがありましたが、頭から足の先まで真っ赤です。


しかもテカテカと濡れた肌が光り、脂ぎっているように見えます。

頭髪が全くなく、薬缶やかんの尻のように禿げ上がっているではありませんか。


「なあッ、夷か!?」


久能は驚いて腰の大脇差を抜き、赤い夷に対して構えます。


「待ってくれ。

 話し合おう。」


夷が人間の言葉を吐きました。

久能は一瞬、ためらいます。

しかし眼前の光景に目を丸くして息を荒くします。


なんと赤い夷は顔がないのです。

耳も目も鼻もありません。

なんとおぞましい姿でしょう。


「ば、化け物めッ。」


久能は馬を駆け出させます。


「どぉーけぇぇぇ!」


声をあげ、百姓たちを退かせました。

そのまま赤い夷に斬りかかります。

しかし夷は軽やかに身をかわし、攻撃を避けます。


「くッ!」


真っ赤な顔ナシ夷は口はないのに声はします。

久能は馬を回頭させるともう一度、早駆けで一撃を見舞います。

ですが、夷はまたも攻撃をかわし、刃を逃れました。


「俺は敵じゃない。

 武器も持っていないんだぞ、話を聞いてくれ!」


「何をぬかすか。」


久能は馬が疲れて来たので止む無く下馬し、大脇差を戻して太刀を抜きます。

そのまま怒喝の一声で大上段に構えると突進して行きます。


「死ねえー!」


いくら何でも主人公の台詞ではありません。

敵の夷も何とかギリギリまで攻撃を見極め、身を引こうとしました。

しかし久能はそれを見こし、柔術で相手を地面に叩きつけます。


「ふぐう!?」


隙を突かれ、夷は肩から落ちました。

それでも夷は反撃する素振りも見せません。

上体を起こし、腰を引きずって久能から遠ざかりながらも呼び掛けを続けます。


「ま、待ってくれ…!」


時折、背後を振り返り百姓たちに近づき過ぎないように気を配ります。

久能は刀を寝かせると突きの構えを取りました。

切先が顔のない赤い夷の胸部を狙います。


「…ふう。」


途端に久能は刀を構えたまま動きを止めます。

息を吐くと相手に訊ねます。


「貴様、何者だ。」


「…失礼だが、貴方から先に聞きたい。」


赤い夷はそういって地面の上で正座します。

久能は逡巡しましたが一旦、構えを解き、刀を収めます。


「私は山背国やましろ久能くの兵庫頭ひょうごのかみとよ

 今は一党を率いて転戦している。」


「…ヤマシロのクのヒョウゴのカミトヨ?

 山城の…兵庫のカミトヨ…?」


赤い夷は何やらブツブツ言っています。

意味が良く分かっていないようです。


「私の名前は久能だ。

 貴様の名前は?」


「俺は吉良きら馬洋ばよう

 …仲間とはぐれてしまった。

 できれば、落ち着いて話を聞いてくれ。」


夷の言葉に久能は眉をひそめ、目線を泳がせました。

吉良だと?


「吉良だと?

 どこの吉良だ?」


「…どこって…、大吉の”吉”に良し悪しの”良”で、吉良だが?」


「愚弄するのかッ!

 えみし如きが吉良を名乗るとは!!」


久能が夷を恫喝しました。

いや、待て。

久能も一度、落ち着きます。


「…偶然か?

 夷が足利氏流の名を名乗るとは…。

 しかし今、こやつ吉良の名を漢字でも答えた様な…。」


ともかく一目の着かない場所に夷を連れて行きます。

ここでは落ち着きません。


「…貴方はお侍さん?

 でも、周りはなんだが弥生時代みたいな…。」


「夷の気狂いか?」


久能は適当な家に夷を連れ込むと、水瓶から勝手に水を土器ですくって飲みます。

一息ついたところで夷にも水を勧めます。


「貴様も飲むか?

 疲れただろう。」


「ああ、頂きます、お侍様。」


夷は竪穴住居が珍しいのか、クルクルと顔を見渡して中を見ていましたが、久能の提案を受けます。

しかし何を考えたのか、いきなり自分の首をねじ切って外しました。


「!?」


久能は一瞬、恐怖と驚きで身体が、ゾワッと震えました。

しかし夷の赤い頭が取れると中から人間の頭が出て来たのです。


「兜だったのか。」


久能は夷の持っている赤い頭、もとい兜を注目します。

いかなる技術で作られたのか、実に精巧な丸い兜です。

しかも覗き穴や結び目、びょう蝶番ちょうつがいのようなものも見当たりません。


「貴様、人間か。」


「?」


夷、もとい人間の男は要領を得ないのかほうけた顔をします。

ともかく喉が渇いているのか、まず水を飲んでいました。


蝦夷えみしっていうと東北地方とかの蝦夷ですか?」


「お前が真っ赤な体をしているからだぞ。

 …それは服なのか?」


久能がそういって男の身体を触ります。


濡れているように見えた体は、絹布のようなツルツルの生地で出来ています。

しかし見たことのない服です。

まるで金属を薄く伸ばしたような肌触りでした。


「すいません、仲間を探したいのですが。」


「ならぬ。」


久能はピシャリと答えます。

また厳しい語勢で詰問して行きました。


「しかし仲間がいるというのなら何人いる?」


「俺の他、4人です。」


久能は眉を吊り上げました。

あっさりと口を割りおった。

こいつはとんでもないクズだな。


「4人か。

 …村人に探させる。」


「待ってください!

 殺されてしまいます!!」


「今、貴様が殺されたくなければ大人しくしておれ。」


久能がそう言うと男は顔を曇らせ、唇を噛みました。

どうやら久能が聞き出した人数が見つかるまで村人に探させるとは思っていなかったという表情です。


こいつは馬鹿か。

久能は呆れたものか、本当に気狂いなのかと思い始めました。


しかし男はさらに驚くべき行動に出ます。

久能に追いすがると必死に訴えます。


「お、お願いです!

 仲間に、危険な目に合わせないでください!!

 俺たちは人に危害を加えるつもりはありません!!」


「黙れ、気違い。

 気違いを野放しにしておけと申すか。


 第一、夷が何かの術で化けておるのやも知れぬ。

 なれば、私と貴様の会話がどこかでズレておるのかも知れん。

 そうさ、いちいち噛み合わぬのも納得がいく。


 斬られたくなければ、そこで直れ。」


久能がそう言って刀に手をかけると男はしぶしぶ引き下がります。


久能は城からも兵を出し、近隣の村にも妙な格好をした連中がいると触れ回ります。

すぐに大騒ぎになり、一斉に野探しが始まりました。




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