第5話「クナト」(中編中)
摂津池田城攻めに失敗した夷軍は、そそくさと引き上げて行った。
吉備国軍の武将たちが池田城に入城し、お互いの勝利を祝って宴が催された。
畿内の武士たちと違い、吉備国の兵たちは狗奴王のような古墳時代のハニワみたいな短甲を装備しています。
戦国時代の足軽と短甲姿の軍団兵というのは妙な取り合わせですが…。
「兵庫頭様、このような城を瞬く間に建て、夷軍を返り討つ武勇。
大和全軍の士気を奮い立たせる慶事におじゃる。」
吉備国軍の武将たちは、久能を手放しで讃えた。
これまで狗奴国の惨状を見ていながら何もせず、吉備高原にでも籠っていたくせに調子の良いものだと腹を立てる者もいましたが、ぐっと堪えます。
「その事ですが…。」
久能は、この場で3つの交渉を始めました。
まず、この城を吉備国に譲ること。
次に狗奴国軍に代わって住民を守って欲しいということ。
最後に募兵を許して欲しいということです。
「出雲国に我々は転戦する戦略方針を決定しています。
そこでまだまだ兵力が足りません。
物資や装備、人員の補充を認めて頂きたい。」
「良いとも、良いとも。」
この交渉で朝廷や幕府にも断りなく、北摂一円が吉備国の大名たちの所領になったのです。
これは久能が夷軍から奪ったものですから、半ば強引に認められることになります。
「黄金三千両でよろしいかな。」
「助かります。」
軍資金も必要になるので池田城と、それに付属する土地は久能にとって丁度良い商品になりました。
彼女の望みは、どさくさに紛れて大名となることではなく夷軍を倒すという大義ですから。
「しかし摂津を手放すとは、兵庫頭様の志はご立派ですな。」
「ははは。
私とて武士の端くれです。
表向きには朝廷への忠義などと言っておりますが、所領や家名を上げることしか頭にありません。
ですが、この摂津は力づくで奪ったもので御所様や帝の許しも得ておりません。
戦後、難癖を着けられて奪われるのがオチでしょうや。」
久能がそういって笑い飛ばします。
半分は嘘ですが、半分は本心でもあります。
「無欲でおじゃるな。」
吉備国の武将はそう言って杯を呷ります。
彼らは幕府に掛け合って所領を認めさせる自信があるようです。
まあ、保身にせよ、駆け引きにせよ、夷軍に勝ってからにして欲しいものですが。
「せやかて本気で出雲国に行くんでっか?
摂津に比べて、あそこはクッソ田舎やし、夷軍がウヨウヨしてまっせ。」
出入りの商人はエミリーやスカディにそう言います。
「殿に置かれましては、私心のない方でござる。
我々もそういう殿に惚れております故、どこへなりと着いて行く所存。」
「山口館の方が、ここより栄えてたりしてな。」
スカディがそういうと商人は手を振って答えます。
「関西が一番や。
東人は死に絶え、尾州は落ち、近江は焼け、京も奪われたけどワテ等はまだ負けてへん。
ワテらのおかげで西の人らは無事なだけやないか。」
などと胸を張ります。
しかし、肝心の王様はそうではないようです。
狗奴王は、やはり久能たちに着いて行くと改めて答えました。
別にここに留まる方が安全かも知れませんから逃げる訳ではありませんが、国を置いて行くようにも取れます。
「なんでや!」
「狗奴王はあくまで大和の臣として、狗奴国を離れて戦うだけだからさ。
何も逃げる訳じゃないんだよ。」
雪姫がそういって「うぃひひひ」と笑いました。
「吉備王にもそれだけの甲斐性があればな。」
「無理じゃない?」
久能に雪姫はいいます。
「雄略帝に攻められて吉備国は大和に完全に屈服したからね。
負け犬根性丸出しの敗戦国だよ。」
岡山県民、お許しください!
雪姫の言葉に久能はちょっと苦笑いしました。
「ははは…。
吉備国ではくれぐれもそんなことは言わんでくださいよ?」
播州、即ち針間国。
古事記などによれば大和朝廷の吉備国平定の前段階で針間国は大和に服従し、その足掛かりとなりました。
吉備国は製鉄や塩作りなどの産業が盛んで大和と戦うだけの勢力があったと考えられています。
後に備前・備中・備後・美作の四国に別けられるほどの大国だったと伝えられています。
それに比べれば播州は試合開始の前に兜を脱いだのでしょう。
播州は天智帝が武器庫を置いたことから”兵庫”と呼ばれるようになったり、秀吉が西国の備えとして姫路城を置いたり、西日本を押さえる要衝として歴史に名を残しました。
まさにザ・足掛かり。
久能たちは兵庫城に移りました。
ややこしいのですが、ここはまだ摂津です。
「食い扶持だけは保証するぜー!
出雲国に出征したいヤツは居ねーかー!!」
スカディが募兵を始めます。
今回は聖覚も手伝いました。
「僕たちは摂津で夷軍を破った久能兵庫頭様の配下でーす!
一緒に夷軍と戦いましょー!!」
「お前なあ、募金活動じゃねえんだぞ?」
スカディがそういって頭上の鸞鳥に乗った聖覚に文句を言います。
「な、何か問題が?」
「拍子抜けするんだよ。
もっとこう元気にやれよ!」
聖覚にはどうすれば良いのか分かりません。
こういうのは、フィーリングの問題でしょう。
口で説明するだけで伝われば苦労はしません。
「兵300といったところでしょうか。
だいぶ大所帯になりましたな。」
エミリーは移動させた潜水艦に乗り込みます。
一足先に出雲国に向かい、久能の先回りをするとのこと。
急に兵300が押し寄せて、陣所も足らぬでは埒が空きません。
「まあ、風魔の三夜が先行しておるので問題ないと存じますが。」
「あーいつ、嫌い。」
雪姫がそう言いました。
道行く漁師や百姓が仮面の姿を指差してヒソヒソ話しているので久能は気にかかります。
馬上で久能は答えます。
「正直、お前がいないと私一人で大丈夫か不安でならんな。」
「私が山口に着いた時に悪い報せが届かぬよう頼み申す。」
エミリーが苦笑いしながら答えました。
そのまま潜水艦は神戸港から出港します。
「種をもそっと強うせんとな。」
雪姫が急に不気味な気を放って百姓たちを威圧しながら久能に告げます。
道化を止め、霊能力王としての本性をあらわにします。
「我も術に慣れた。
手伝いの下女どもも良うしておるわ。
お豊、日に100人種を着けよ。」
「…御冗談を。」
久能が手を伸ばすと雪姫を馬上にあげます。
馬はそのまま兵庫城に向かいます。
「100人は冗談として…。
お豊の石棒、新しいのを用意した。」
雪姫はそう言うと石棒を取り出し、久能に手渡します。
「ありがとうございます。」
「これで今よりは強い種を植えることがかなう。
数も上がるし、仮面兵の質も高うなろう。」
「…スカディ以外に、良い畑があれば良いのですが…。」
久能もさらっと本音を吐きます。
女たちを思えば、道具のように扱うことは戒めなければならないと心に誓いました。
ですが、武士として情交を戦略の一つとして考えていることは変わりません。
人である前に為政者たる侍の心得を疎かにしてはいけません。
完全な公人にはなり切れませんが、私人であってはならないのです。
「新しく募兵した中に腕の立つ女がおればいいな?」
「正直、半分はそう思いません。
今でも女たちが不憫じゃと思うと辛うて。」
久能は手綱を握る手をぎゅっと締めて口漏らしました。
雪姫も仮面の裏にあるアゴを手で撫でながら久能に訊ねます。
「女であり、男であり、ただの人間であり、侍である。
…お豊、貴はどれが本当の自分と思うておじゃる?」
「…男であり侍であると。」
黒い髪をなびかせて久能は馬上で空を仰ぎ見て答えます。
その返答に雪姫は何も言いませんでした。




