第5話「クナト」(中編上)
「先ずは上々と褒めておく。」
久能の第一声に雪姫は喜びましたが、聖覚はとっかかりを感じました。
「まず」と来る以上、「次は」が来るものと分かっているからです。
「しかし雪姫様一人では心許ない。
術は相当、負担が大きいのではないか?
儀式を助けるものがいれば負担も少なくなり私も安心できる。」
「うぃーい…。
でも私、人に物を教えるのは苦手だしぃ。」
雪姫がそういって首の後ろを引っ掻きます。
久能は姫の肩に手をやると優しい語調ですが、少し強要するように迫ります。
「朝倉坊もそうだが特別な術を身に着けた者は皆、頑なではないか?
一人で何でも全てできなければならぬ。
一人前でなければならないという完璧主義に根差した排他性だ。
何も姫様と同等の知識、技術を仕込んで欲しいというのではない。
雪姫様の助手として、何か簡単な術が使えるように鍛えて欲しいのだ。
全てを雪姫様、一人でやるのでは手間がかかるのではないかな?」
「うぇえええ~。
嫌だあ。」
雪姫は駄々をこねますが、久能はなおも説き伏せます。
結局、雪姫は城内で比較的、物覚えの早そうな女たちを助手として仕込むことにしました。
「これで聖覚殿も仕事が減るのではないか?」
「お心遣い痛み入ります、久能様。」
聖覚はそういって頭を下げました。
ただ、やはり妙な違和感がぬぐえません。
久能は気が大きくなっているのではないかと。
あるいは焦りのようなものかも知れません。
「しかし仮面兵の中で一番、強いのはやはりスカディの子…。
いや、子ではないのか。
なんといえばいいか分からんが、スカディの仮面兵らしいぞ。」
「それは久能様とスカディ殿の血を引いていますからね。」
聖覚がそう答えると久能は腕を組み、大櫓の窓から外を見ます。
「…聖覚殿、私は強制はしないが貴様も腕が立つ。
いや、その、もし良ければの話だが…。」
「…。」
聖覚は咄嗟に両手を握り、唇を噛みます。
久能の顔は見えませんが、鋭利な気を感じます。
もともと冗談や悪ふざけをする人ではありません。
からかっている訳でもないのですが…。
「…すまない、私が馬鹿だった。」
そういって久能は頭を下げると顔を良く見せずに大櫓を去ります。
聖覚は何か悪寒を感じて、その日は寝付けませんでした。
連日の連勝でした。
兵が幾らでも補充できるとなれば久能は抜かりなく動きます。
仮面兵に加え、通常の訓練を終えた百姓からの義勇兵も加わります。
連勝が人々の戦意を沸かせ、城の周りの百姓や浪人たちも久能に味方します。
やがて隣の吉備国も軍勢を差し向け、池田城の解囲軍を編成します。
「勝利、セックス、ハーレム…。
久能ちゃんの気が大きくなってもおかしくないんじゃない?」
「はあ。」
雪姫が聖覚にそう言いました。
ですが聖覚は腑に落ちないようです。
「男って子分や女をぞろぞろ従えるのが好きなんだよ。
女だってアイドルとか大勢の女の子に好かれる男が気になるでしょ?
結局、人間も動物と同じで発情する条件ってあるんだよねえ。」
雪姫はそういって鼻の穴に指をさし込みます。
思わず聖覚が顔を背けました。
「闘争本能っていうか戦うとキンタマからテストステロン?とかバンバン出る訳じゃん。
セックスすると同じように男は気が大きくなるんだって。
まあ、石棒の影響じゃない?」
「人格に影響が出るとご存知だったのですか、我が君。」
「ばーか。」
雪姫は聖覚に語ります。
「人間の人格なんてないんだよお。
裸見れば興奮する、食い物見ればヨダレが出る、血を見れば怯える…。
どこをどういじればどうなるか、最初から決まってるんだ。
もし違うっていうのなら?
そいつ、壊れてるんじゃないの。」
「我が君…。」
「これまで着いてないレバーが着いて新しい回路が繋がっただけだよ。
外せば元に戻るから問題ないよ。」
雪姫は手でレバーを引くジェスチャーをしながら聖覚をなだめます。
聖覚は窓から外を見ます。
遠くには夷軍。
その背後には吉備国の軍勢が布陣しています。
今日も久能は攻勢に出て、夷軍を圧倒し、兵たちは沸き上がっています。
「キンタマ効果だねえ。」
雪姫は聖覚の隣でそう言います。
暴力、セックス、闘争、勝利。
めくるめくテストステロンの世界。
聖覚が口を開きます。
「この戦いも時期に終わるでしょう。」
「出雲国まで移動するつもりなんだっけ?
…真面目だなあ。」
雪姫はそういうと畳の上で寝転がって惰眠を貪ります。
聖覚は不安げに主を見つめます。
この人の場合、他人の何倍も頭の回転が早過ぎて、こうなんだ。
と聖覚は信じていますが、やはり不安になります。
幾ら先々まで案じているとはいえ、人間は結局はミスを犯すのですから。
「敵将の一人、ギルギンを討ち取ったぞー!」
槍の先に切断された夷の武将の首が掲げられました。
兵たちは喜び、また大阪城落城以来の労苦を想って涙を流す者もいます。
「久能様。」
「どうしたか?」
若い武者が久能に近づき、声をかけました。
久能が騎馬を寄せて話を聞きに行きます。
「スカディ様が…。」
「む?
分かった。」
久能が馬上のままスカディに声をかけます。
ハラハラと涙を浮かべ、髪を乱して顔を伏せて座り込んでいました。
「急に何があった?」
「殿と私の子が…。」
スカディは絞るように声を出します。
おそらく仮面兵の一人が討ち取られたことを言っているのでしょう。
「馬鹿を言うな。
…気持ちは分かるが、あれは術で作った駒に過ぎん。」
「う…、んんんっ…。
いっぐ…。
あの髪の色、弓を引く姿を見ていると…。」
スカディはそう言って、なおも困らせるので久能は馬上から降ります。
そして叱りつける様に告げるのです。
「烏滸がましいヤツだ。
生きるも死ぬも武運一つのことではないか。
そんなことでくよくよするな。」
「…ふぐう…。」
スカディは顔を伏せたまま泣き崩れました。
「…はあ。」
久能はなんといって良いのか頭を悩ませます。
武家と言っても完全に情を捨て切れない家庭もありますが、久能には分かりません。
重臣たちの手で両親から離れて育てられました。
それこそ本当は自分がどこかから連れて来られた子供だと言われても、反論することもできません。
久能は悩んだまま自室に帰りました。
誰に相談していいのか分かりません。
「…なぜだっ。
戦に勝つために子を産ませて何がおかしいっ。」
久能はうつむいた顔の額を手で押さえます。
彼女にだって、本当は何が正しく、どうすべきなのか分からないのです。
「…だいたい、仮面兵を我が子などと…。
気でも狂うたかっ…。」
しかし久能は反省すべきとも思いました。
異常事態を乗り切る、異常な戦略。
ですが、異常だらけの中で自分が異常な父親として責任を取るべきではないでしょうか。
その覚悟を持って、この役割を引き受けたはずです。
スカディも久能を信じて受け入れてくれたのではないでしょうか。
ここで役目を果たさない訳にはいきません。
「スカディ。
良いかな。」
久能はスカディがいると聞いた馬小屋に訪れます。
妙なことを口走ってしまいそうだ、とスカディは自重して真っ暗な馬小屋に独りでいました。
久能を見て、驚いた様に顔を上げます。
「と、殿ッ。」
「まさか貴様がここまで傷ついているとはな。」
久能はそういってスカディの前にしゃがみ込みます。
髪を撫で、涙に濡れた頬に手を触れて言います。
「私は…、私は怖い。
色情な鬼畜と化してしまうことが…。
あまり女たちに感けると自分を見失うのではないかと思ってな。
だから、これは情愛の入り込む余地のない種付けであるべきと考えていた。
これは手段であって、それに余計な感情を持つまいと覚悟して来た。
しかし、男として女の貴様に向き合わねば責任を果たせないのなら…。
私はその責めから逃げはせん。」
「責めなどと…、久能様…。」
スカディは首を横に振ります。
しかし久能は、ひしっとスカディを抱きしめて彼女の悲しみを受け入れようと心を開きます。
「作業的に女たちと情交することを望んだのは、快楽に自分を失いたくないと願ったからではない。
きっと貴様たちを道具のように扱おうとした私の邪心が私自身に嘘を吐いたのだ。
頼む、許せ。」




