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第1話「夷共の進撃」(前編上)




さて、ところは尾州、尾張国おわりのくに

現在の愛知県であり、この時代には尾張国ハリと呼ばれています。


木曽三川の流れる濃尾平野は古代日本の重要な穀倉地で、瑞穂の国とも言われてきました。

また古代日本の勢力圏の端にあったことから「終わり」と呼ばれたという説もあります。


とある農村。

何処までも広がる田畑。


しかし、その所々には櫓や空堀が設えられ、柵も見えます。

そう、ここ尾州は古代日本の国境線でもあるのです。


「夷どもが来たぞーっ!!」


矢庭やにわに見張り番の男が怒鳴ります。

すぐに村中に報せが届き、村のすぐ近くまで敵軍が姿を見せていました。


これが、この一連の戦争の最初の報告になったのです。


尾州より東には大和やまと王国に従わない東人あずまうどがもともと住んでいたのですが、闇よりまろび出た”エルフ”たちが東人たちを追い払い、彼らの国を破って覇権を確立させたのです。

そして、今や東人に代わり大弓を操り、優れた工匠たくみの技術を持つ彼らエルフを”えみし”と呼ぶようになったのです。


つまり”エルフ”は彼らの自称で、大和は彼らを”夷”と呼んだわけです。

ここからは、この両方の意味を合わせて”エルフ”としましょうか。


当然、彼らは西にも進撃を始めました。

しかし畿内を固める大和王国は強大で、東人のように簡単には敗れませんでした。


帝は軍を送って夷を撃ち払うため、征夷大将軍という役職を作り、武士たちに特権と引き換えに軍備を整えさせました。

勇壮なる大和軍は、50以上の戦勝を重ね、夷どもを追い払って来たのです。


それからしばらく、夷どもは大人しく三川国みかわのくに、あるいは参川国と書き、今は三河国として知られる、現在の愛知県東部より東にずっと留まっていたのです。


「尾州の端に夷どもが迷い出おったでおじゃる。」

「何を血迷うたか。」

「野蛮な東人めらとやりおうておれば、何も死に急ぐこともあるまいに。」


都の公卿衆は陣定において、この議題について話し合いました。

陣定というのは帝を前にした朝議と違い、公卿衆だけで行われる話し合いです。


「しかし、一体これはなんとする?」

「反撃するしかあるまい。」

「待て待て待て。」


意見は二つに分かれた。


まず急いで兵を差し向け、侵入したエルフ尾州ハリから追い出すという意見。

一見、なんの問題もない、真っ当な判断と言えました。


しかし四国西部の伊邪国イヨつまり今の伊予国、九州南部の隼人はやとと西方にも敵がいます。

また尾州以外からも敵が攻めて来る可能性もあり、判断を急ぐべきではないという意見もありました。


「第一、敵がこのまま尾州を押さえるだけの国力があろうか?」

「そう、それでおじゃる。」

「何を呑気な。」


「夷どもが引き上げるという線はないでおじゃろう。

 敵は既に伊勢長島あたりまで手を伸ばしておるとも聞く。

 このまま尾州を取り込むつもりでおじゃろう。」


一同は、しばらく沈黙した。

これ以上の発言は危うい。

うっかり大勢が決してしまえば、のちのち責任を背負い込む破目にもなりかねません。


「如何に処すかな。」


公卿衆の一人がそういうと他は全員、目線を逸らします。

その中で一人、床に目線を落としていた男がやおら返事をします。


「…ともかく今は手札が多過ぎて苦しい。

 まずは形を崩してでも状況を動かす方がおじゃろう。」


「それは良い。」

「異存おじゃらん。」

「良おじゃる。」


「しからば…。」


後日、この場で定まったことは帝に奏上され、正式に布告されました。

それは3万の軍勢を招聘して、尾州に送るというものでした。


まず伊都国イト、今の北九州から5千。

次に出雲国ツマ、今の山陰山陽中国地方から8千。

土佐国ツサ吉備国キビからそれぞれ5千。


また狗奴国クナ、今の大阪府から2千。

そして高志国コシ、これは現在の福井、石川、新潟の三県で1万。


以上で合計3万となりました。


今回、畿内の大和本国からは兵は一兵も出ませんでしたが、武器、食料などが提供されることになりました。

これは大和王国の全兵力という訳ではないにしても、動員可能な中では最大の数字でした。




「おっひょー。」

「すんげー、兵の数だ。」

「これは大戦だなあ。」


地べたを掘り返して柱を建て、屋根を葺いただけの粗末な住居…。

竪穴住居に粗末な格好の百姓たちが都に集まる軍勢を見物します。


綺羅星のごとき鎧武者と鋼の胴巻鎧を身に着けた足軽たちから成る武士団が街道を進みます。

彼らが目指すのは山背国やましろ慶高第けいこうだい、征夷軍の拠点となる要塞でした。


…え?

これは古代なのか、戦国時代ぐらいなのか分からないって?

遠い昔、はるか彼方の太陽系の話ですよ。


空に浮かぶ巨大な軍艦。

天磐楠舟あめのいわくすぶねと呼ばれる空飛ぶ船で、この世界の主要な兵器として建造されました。

それ自体が浮力を持つ天磐楠で出来ており、呪術によって操作されます。


他にも飛んでいるのは鸞鳥らんちょうという鳳凰より劣る仲間の霊鳥です。

訓練することで乗騎となり、鸞兵らんへい、夷では「フェニックスライダー」と呼ばれています。


この二つの航空戦力のうち、天磐楠舟は大和王国のみが建造でき、もっとも多く保有していました。

これこそ大和が他の国々を従える威信の源でもあったのです。


「…敵の数は?」

「100万。」


空中船団を見ながら、武人らしい恰好の男女が話し合っています。

男が呆れて額を指で掻きます。


「関東一円の夷どもが一斉に溢れても、その数には届くまいぞ。」


「百姓どもが口々にそう言いよるで、他に信用できる話もござらぬ。

 案外、本当に夷どもが羽虫のように湧き出たのやも。」


二人は鼻で笑った。

男がまた話し始める。


「ガキの頃に聞いた爺様の話では、夷どもは東人を獲って煮て食うよし

 姉者には夷は血のように赤い目と空のように青い肌をしておると脅されたぞ。」


「私の家では夷どもは女しかおらぬとか。

 故に人間を襲うと女は皆殺し、男を集めて種を搾り取るのだと。」


「それは…、魅力的、いや刺激的な話ぞ。」


二人が話していると一際、大きな戦艦が艦隊に合流する。

他の船より櫓が多く、ハリネズミのように武装を固めているのが遠くからでも分かりました。


「細川の御大か。」


「…正直、気乗りいたしませぬな。

 夷どもに何故、ここまで大騒ぎせねばならぬのか。」


「薩摩隼人も伊邪イヨも同じ人間だからなあ。

 大和の威信を内外に顕すにしても相手を選びたいということであろうよ。」


出征に参加する武家の反応は様々でした。

朝廷と公卿衆は莫大な報酬を約束はしましたが、新たに官位官職を授ける気配もなく、領地の増える空気もなし。

このままでは褒美も戦費に消えてしまうのではないかと、澱んだ空気が流れます。


とはいえ、これが四方の未だ従わぬ地方に対する威信を示す戦争だとも理解していたのです。

ただ、つまらぬ戦になりそうだと誰もが膨れ面でした。




大敗。

尾州と勢州、つまり尾張国と伊勢国の間で起った決戦で大和の征夷軍は壊滅しました。

すぐに都に情報が伝わり、また夷側の意志が明らかになったのです。


ひとつ。

今より尾州は夷が領し、大和は手を引くこと。


ひとつ。

勢州、濃州の幾つかの国境の城を破却すること。


ひとつ。

帝の娘を夷に差し出し、和平の証とすること。


などの高圧的な条件に公卿衆は怒りを募らせました。

しかし一方で具体的な対策も話し合わなければなりません。


「ここは感情を吐露する場所ではおじゃらぬ。

 このような戯言、すべて受け入れられぬことは、皆も承知しておろう。

 この議にあっては、更なる攻撃あるのみでおじゃろう?」


「そうでおじゃる!」

「まこと、その通りと存ずる!」

「夷どもを皆殺しにするでおじゃる!」


「しかし敵の数は…?

 一体、敵はどういう方法を使って3万もの軍勢を退けたのでおじゃろう?」


この場にその話が伝わる前に、武家の評定衆によって帰還した軍勢から情報を集め、整理されました。

流石に夷側の鸞兵では、天磐楠舟を落とすことはできません。

3万の戦闘員がほぼ壊滅しても、空中艦隊だけは情報を持ち帰れたのです。


「幕府の報告では、尾州に侵入した夷どものうち、戦闘に加わった者は5千。」


「5千?」

「こちらより数が少ないではないか。」

「な、なんと…。」


「この5千の夷軍に対し、我が方の尾州解放軍は那古野なごやまで進軍。

 最初に両軍の全ての軍勢が会戦に応じ、これで形勢が決まったということでおじゃる。

 それ以降、敵の追撃を受けながらほぼ3万の兵が倒されるか、捕虜になったようで…。」


公卿衆は顔をしかめました。

油断して敵の誘いに乗り、奥まで誘き出されたことは分かり切っていましたから。




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