第5話「クナト」(前編上)
遮光器土偶を模した仮面を着けた少女は語るのでした。
「良くさ、下等な動物ほど数を増やすっていう奴いるじゃん?
それって人間が上等な動物でなければならないって思い込みからくる逆説でしょ。
頭良い方が良いに決まってんじゃん。
力強い方が良いに決まってるじゃん。
繁殖力強い方が良いに決まってるわけでしょ?
術って基本的に人間のヒ弱さを補うものが中心だけど、繁殖力を補う術ってのもあるんだよね。
まあ、割と深刻な問題じゃん?
子供が少ないってのはさ。」
久能は短く深呼吸すると、ひとつ質問します。
「…具体的に、どういう術なのでしょう?」
「うぃー…っと。
ゾンビとか、ああ、意味が伝わらないか。
死体を生き返らせる術ってあるって、アレ。
死体を呪術で操って召使いとか兵隊にするって話あるじゃん。
効率悪いんだよ。
仮初とは言え命を作るより、成長を早くする方が簡単で楽チンだから…。」
「あの、」
久能が雪姫の話を途中で止め、改めて質問を重ねます。
「もっと分かり易く。」
「んんん?
ああ、だーから人間の成長を早くする術があるの。
アラハバキ神は木の神、生命の神だからね。」
アラハバキ神は謎の神ですから諸説あります。
その一つが、アラハバ”キ”なので木の神という説です。
木の神といえば日本では高皇産霊神の異名が高木神といい、高く伸びる大樹を象徴する生命力の神です。
「まあ、脳ミソ足りないから表の兵隊みたいに術で操作するんだけどね。
まあ、アラハバキ神は狂気の神だし。」
荒ぶる神、荒吐というのも説の一つです。
「もっと根本的に…。」
久能は話に着いていけないのか、もう一度、質問を繰り返します。
雪姫も仮面の裏の顔を指で掻き、また答えます。
「チンポをマンコにぶち込んで妊娠したところから術で成長早くするから、3日で人間を作れるんだけど。」
「け、結構ですっ!」
今度は直接的過ぎました。
しかし雪姫は説明を続けます。
「具体的には精子が受精するまでの3日間で、後は術で受精卵を抜き出して成長させるだけなんな。
普通、妊娠する確率って20とか15%ぐらいなんだけど、そこはガツン!と高くなるから。
そこは久能ちゃんの頑張り次第だけど…。」
「…。」
久能は頭を抑えます。
しかし雪姫は留まる様子がありません。
「何?
神の力の一端でも握れば戦争をどうにか出来ると思ったんじゃないの。」
「…。」
久能は許しを乞う目で仮面を見つめます。
「何もさあ、生贄とか、グサーってやる訳じゃないんだから。
ごく普通にやってることを倍速でやっちゃうってだけの、実に健全な方法だよ。」
「せ、説明を続けてください。」
久能が苦しそうに、そう言いました。
アラハバキの巫女、東日流王は語り続けます。
「正直、私の体力が持たないからさ。
術をかけられるのが一人がせいぜいなんだよね。
まあ、生産速度的には品質重視で行きたいじゃん。
嫌でしょ、不良品は。
そーれーでー。
特にご希望がなければ久能ちゃんにかけるけど、良いかなー?」
「…分かりました。
それで、この戦いに勝てるなら、私が。」
久能がそういって雪姫に顔を上げますが、雪姫も仮面を上げます。
しかし、何だか不思議そうな顔をしています。
「私がって何?」
「え?」
「いやいやいや。
久能ちゃん一人じゃ無理なんだけど。」
「え?」
雪姫が改めて説明し直します。
「まず御蛇口石っていう、この石棒を久能ちゃんに取り付ける。
あとは久能ちゃんがセックスしてくれれば私が術でなんとか…。」
「ま、待ってください、姫様。
それは、その…。
子供を作る呪物ではないのですか!?」
久能が慌てて口を挟みます。
雪姫は答えます。
「精子は魂を作るもっとも重要な要素だ。
術で人工的に作ろうって、それは無理だよ。
陰陽の結びつきは宇宙の仕組み、万物の根源で例え神でも干渉できる代物じゃない。
それとも何?
エミリーちゃんやスカディちゃんたちがどっかの男に犯されれば良かったかなー?
なら、これは要らないね。」
「いや、その。」
久能は落ち着いて話を整理します。
雪姫は3万の軍勢を補充する方法として、人間の成長を早める計画を立案した。
しかしあまりに異常な計画に、帝はこれを退けました。
ですが、その時とは状況が違います。
いまこそ乾坤一擲の作戦として、人間増産計画に踏み切るべき時節かも知れません。
要点①
妊娠率補強と健康な人間の生産管理のため、精子の提供者は1人に定めて一元管理する。
雪姫は、この場ではそれを久能に指名。
要点②
この術はあくまで成長を早くするだけで、母体が必要になる。
城内には、その相手が大勢いる。
要点③
作られた人間は、術によって完全な兵隊として生産される。
その材料と生産工場として母体と精子を必要とするだけで人間の子供と考える必要はなく、割り切っても良い。
「…。」
嘘だ。
人間と同じ材料で、人間と同じように作るなら、それは誰が何と言おうと人間だ。
だが、世界を守るには、嘘が必要…か。
久能は嫌な汗をぬぐった。
これなら生贄の儀式の方がマシかも知れない。
それなら一瞬で済む。
嫌な思いをするのは術者である雪姫だけで済むだろう。
久能の求めるものとは形が違うが、確かに神の力の一端だ。
命を加速度的に生産し、屈強な兵団を作る。
「…エミリーと相談します。」
「じゃーねー。」
雪姫は仮面を被り直すと畳の上で横になりました。
久能は一礼し、聖覚にも会釈して櫓を降ります。
後から追いすがった聖覚が久能に声をかけます。
「…お忘れください。」
「いえ、戦略の手立てになります。」
久能がそう答えると聖覚が顔を青くして抗弁しました。
「人間を自由に増やせる術を持っていても、東日流王は夷に敗れました!
…あまり当てにしない方が宜しいかとっ…。」
久能は聖覚の肩に手を置きます。
彼女は答えました。
「私は侍です。
勝つための手を考えなければなりません。
取り敢えず今はなんとも言えませんが…。」
さて、そうは言ったものの。
久能はまず一人で落ち着いて考えます。
生殖、情交は武家にとって家を存続させる基盤であり、戦略の切り札とされてきました。
人質、同盟、婚姻、信頼できる家臣…。
勢力拡大の武器として多くの子を望み、多くの女を侍らせることは非難されることではありません。
ですが、今回はケースが特殊です。
文字通り生体兵器として人間を量産するというのですから。
雪姫にはエミリーと相談したいと言いましたが、久能は結局、打ち明けられませんでした。
それはあまりに奇異で、突拍子もない手段なので話し難いというのがひとつ。
後は久能にもプライドがあり、この事態を自分で好転させたいという我執がありました。
「雪姫様、この議、お受けします。」
久能は雪姫に提案を受け入れると伝えました。
その中で久能自身が女たちに子種を与えるというのは、揺ぎ無いものとしたいと伝えました。
「姫様の言う様に、これを他人に任せてしまえば、私は本当に外道に落ちるものと思います。
自分の与り知らぬ場所で女たちを使って兵を増やさせるというのは…。
無論、ただの偽善に過ぎないのでしょうが。」
「うぃー…。
久能ちゃあんが良いなら私はなんでも良いんだけどねえ。」
しかし、ここで雪姫は新しい説明を挟んだ。
まず術者が雪姫一人なので自然に増える数より多いと言っても、破壊的な速度で増やせる訳ではないことを改めて念押ししました。
あくまでどちらかと言うと強力な人間を作る方にシフトしています。
「まあ、そこは久能ちゃん譲りの強い奴ができるよ。」
「はあ。」
次に術自体、伝承で伝わっているだけでやって見なければ分からない部分がまだまだ多いということ。
雪姫もようやく人間の子宮から受精卵を取り出して何とか成長させられるという段階にしか至っていません。
「夜鷹のおねーさんから貰った奴で実験を繰り返したんだけど。
精子も母体も術で補強してないせいもあって失敗率高くてねえ。
どっちかにしか集中できないから、取り敢えず精子の方を管理する。」
「…つまり父親になる私を、ですか?」
「石棒という触媒がある分、干渉し易いんだあ。
前に無理矢理、女の子の身体に術仕込んだら大変でね。
聖覚の妹だったんだけど、死んじゃったあ☆」
雪姫はおかしそうに話しますが、久能は背筋が凍り付きました。
「我が君、余計なことは。」
「ごめーん!」




