第3話「乱れる花、蜜」(後編下)
さて、場所は変わって狗奴国、和泉国。
焼け落ちた大阪城の周辺に出来た夷軍の野営地。
物凄くワクワクした朝倉を連れて狗奴王が人ごみの中に入って行きます。
右手には、両手に大きな包丁を持って何かの動物を八つ裂きにする夷。
左手には、軍票を片手に兵糧を受け取る夷たち。
軍は一食分の糧食しか兵に与えません。
それ以上、与えると酒に替えたり、博打ですったり、他の兵の米や味噌を盗む兵が出ます。
ですから、兵役中は余分な持ち物を兵に与えません。
なのに娼婦たちが街頭に出て、あちこちに賭場が出ているのは物資が流れているか、略奪をして手に入れた物資があるのでしょう。
指揮官もいちいち咎めだてしません。
『大和の鹿肉だよー。
ホンモンだよー。』
中には人間の商人もいます。
すっかり夷の言葉がさまになっています。
「ウチに用かい?」
逆に人間の言葉を話す夷もいます。
狗奴王は娼館の主らしい夷に挨拶しました。
「なんだ、その子供を売ってくれるんじゃないのか。」
「なんでや!」
娼館の主人は、朝倉を買い取りたいと狗奴王に申し出たようです。
しかし狗奴王が朝倉に女を買ってやるのだと話すと主人は、今度は朝倉に訊ねます。
「こんな可愛い坊やには、おまけしてあげないとな。
強いのかい?」
「?」
「そうか。
まだ分からないか。
まあ、物は試しだ。」
主人は、そういって朝倉を連れて行きます。
薄暗い、恐ろしい館の奥に朝倉は、どんどん引き込まれて行きます。
大和とは建築様式が違い、木が鉋で磨かれないまま使用されています。
グネグネと曲がりくねった木が無理矢理、組み合わされています。
野蛮人には、おあつらえ向きです。
朝倉は、やがて一室に通されます。
中には毛皮を繋ぎ合わせ、羽毛や綿花を詰めた布団がありました。
大和の民ですから朝倉は、初めて目にする”布団”です。
しかし鹿や熊の皮を繋ぎ合わせた布団ですから、かなり野蛮な見た目です。
思わず、朝倉は身構えてしまいます。
『あら、お昼ご飯かしら?』
『まだ生きてるじゃない。』
『サルにしては可愛い子じゃね?』
部屋の中には三人の女夷が待っていました。
布団の上に寝転がりながら朝倉を品定めします。
青褪めた夷は、真っ青な肌の夷の種族のことですが、真っ白な肌の者もいます。
ただ、どちらにしても人間とは全く違う異質な肌の色です。
しかも、彼女たちは死の夷と呼ばれる夷の中でも凶暴な民族です。
瞳だけでなく、目の全体が赤く濁っていて、犬のように牙が生えています。
身体も大きく、朝倉少年より背が高いぐらいです。
『お客だぞ、噛みついたら犬のエサにしてやる。』
『冗談。』
『まあ、面倒見てあげるって。』
『干物みたいになるかもだし。』
「あわわ…。」
迂闊なことを言ったと朝倉は後悔しました。
逃げようにも逃げられません。
『ほら。』
夷のひとりが朝倉のお尻を触ります。
ひゃん、と小さな声をあげ、そのまま布団に上げられると朝倉は三人に囲まれます。
『何する?』
『おままごとしたいの?』
『お手玉して遊ぶ?』
一人の手が朝倉の股の隙間に滑り込みます。
別の一人が頬を摺り寄せ、もう一人が背後から抱き着きます。
『ふふ。
破裂しちゃいそう。』
ガチガチに緊張し、耳まで真っ赤になった朝倉を見て一人が茶化します。
朝倉は何を言われているか分かりませんが、右手にいる夷の乳房を掴みました。
『あはっ。
手ぇ早いよ、この子。』
倉皇して、嵐のような騒がしさが過ぎ去り、花から白い露が零れ落ちます。
女たちの笑い声、嬌声、猥らな音が隣の部屋からも聞こえてきます。
『流石に夷の娼館に乗り込んでくるだけはあるね。
度胸あるじゃん、こいつ。』
『嫌ぁだ。
この子、ヌビオが気に入ったみたいじゃん。』
朝倉は、三人の中でもヌビオという一人の女夷を気に入ったのか、ずっと離しません。
何度も彼女だけを可愛がって、熱を入れ込んでいます。
『名前ぐらい覚えて帰って貰おうか?
…ヌビオ。』
「…ヌビオ。」
朝倉が意味も分からずに繰り返します。
『名前ね、私の名前。』
ヌビオは朝倉に何度も自分の名前を繰り返します。
やがて朝倉も合点がいったのか、それが彼女の名前だと理解しました。
翌朝、朝倉は館を後にすると狗奴王と再会しました。
王は野宿していたようですが、朝倉が心配だったのか剣を握っていました。
「あれ、狗奴王様、なんで剣なんか持ってるんです?」
「なんでや。」
狗奴王は朝倉が無事なのを確認すると、ひしっと抱き寄せました。
可愛い子には娼館に通わせよ、とはこの事です。
最初、久能やエミリーのような美人が目の前にいても、手出しできないから冒険した朝倉でしたが、却って妙な火が着いてしまいました。
海の水を飲んで喉の渇きを誤魔化そうとして、余計に喉が渇くのと同じです。
淀川の北に戻っても、あのおぞましい異形の女たちが頭から離れません。
気が着くと朝倉は余ったカラクリを手に城を抜け出しました。
それを知り合いの農家や商人に譲って金を作ると厩舎から逃げ出した馬のように淀川を越え、昨日の娼館まで走って行きます。
とはいえ、流石に中に入る度胸はありません。
仕方なく館の周りをウロウロしていました。
いざとなれば小刀と脇差はありますから自衛ぐらいはできるつもりでいます。
やがて、昨日エサをやった野良犬が戻って来たのを面白がるように夷たちが朝倉坊を見つけました。
『いらっしゃい。
ふふ、なんで店の裏に回ってるの。』
『ほら、おいで。
遊ぼ。』
朝倉は夷たちに手を引かれ、竜宮城の浦島太郎のように夢心地で姿を消しました。
翌朝、朝倉はまた毛皮の上で目を覚ましました。
ハッとして手を伸ばすと小刀と脇差がそこにありました。
『大和の侍は怖いねえ。
あれだけ働いても、まだ元気なんだね。』
朝倉が脇差を引き寄せているとヌビオが声をかけます。
意味は分かりませんから朝倉はちょっと困ったように笑いました。
『帰る前に、ひと勝負。』
ヌビオが朝倉の脇差に手を伸ばすとゆっくりと奪い取り、代わりに柔らかな乳房と唇を与えます。
また朝倉は淀川を渡って城に戻ります。
ですが、今度は一人です。
「なーんーでやー!」
狗奴王は朝倉が夕刻に城を抜け出したことを叱りました。
勿論、察しは着いています。
「なんでや!
なんでや!?」
「…す、すいません。」
朝倉は気分を入れ替えようと城の仕掛けの点検や新しい仕掛け作りをしようと考えますが、手に着きません。
どうしても臍下から起こる熱を堪えることができません。
トロンとした目で切なそうに誰もいない闇を睨みつけます。
しばらく日が経ちましたが、高野山に向かった久能たちが戻りません。
狗奴王もいるし、夷軍も動きがないので問題はないのですが、朝倉の病は治りません。
ヌビオへの思いは募るばかりです。
勿論、向こうは自分を客だと割り切っていることは分かっています。
ですが、若い少年に情熱を抑えることはできませんでした。
またも金を工面すると朝倉は淀川に向かい、大阪城下に走ります。
件の娼館に着くと勝ち気な女夷が朝倉を捕まえます。
『2日続けて通って、1日空けてまたかい。
それじゃ金も身体も持たないだろ、着いて来な。』
女夷が何を言っているか分からないまま、朝倉は娼館の裏から案内されます。
朝倉が案内された部屋にはヌビオが待っていましたが、どうもそういう雰囲気ではありません。
しばらく待たされていると人間の言葉を離せる女夷がやってきます。
「私らも商売なんだから来てくれる分には大歓迎さね。
けど、あんた大きな川の向こうの城にいる大和の侍じゃないのかい?」
「…は、はい。」
朝倉がそう答えると人間の言葉を話せる夷は言いました。
「ただでさえ、ここは人間が来る場所じゃないんだ。
…今度、来たらあんたを殺す。」
女夷がそういって朝倉に念を押します。
その場にいる他の者も朝倉に自重を促すような雰囲気を作っていました。
場の空気を汲み取ったのか、朝倉は頭を下げ、まず感謝しました。
「御忠告、痛み入ります。」
沈痛な面持ちで朝倉は立ち上がると何食わぬ顔で大小に手をかけました。
あまりに自然な動きに夷たちは呆気に取られています。
朝倉の手には脇差と小刀が鈍い光を放っています。
「…ヌビオを貰って行く。」
ぴょん、と風を切り脇差が正面の夷の指を刎ねます。
続けて左右に座っている夷の顔に斬り付けました。
ここまでの事が起って、ようやく夷たちも朝倉の急変に我に返りました。
ぐっとその場の空気が痛く、濃密になります。
流石、夷の中でも凶暴さをもって知られる”死の夷”です。
しかしそれは所詮、野の獣の強さ。
訓練された侍の武芸とは全く関係ない野生の強さです。
夷軍が大和軍を圧倒したのは、夷という種族の優位性でも特異な能力でもありません。
あくまで戦略、戦術の結果の勝利です。
夷自身には恐るべき特殊能力も人間を圧倒する特徴もありません。
朝倉は向かってくるのなら、ためらいもなく斬り捨て、ヌビオを拐かします。
小柄な朝倉のどこにそれだけの力があるのか、あっさりとヌビオを担ぎました。
ヌビオも抵抗しますが、意に介しません。
それどころか信じられない怪力でヌビオを背負って娼館を抜け出ます。
すぐに見回りの番兵が朝倉を見つけますが、ヌビオを背負っているのでなかなか手出しできません。
そもそも真剣に切り結ぶ度胸も動機もありません。
朝倉が逃げるのをただ眺めているだけでした。
娼館の夷たちは良かれと思ったのでしょうが、見込みが甘過ぎました。
打算もなく、伊達で二刀を挿している訳ではありません。
商人は信用に拠って立つ。
代金を受け取った以上、必ず商品を渡すことが商人の基本です。
ならば武家は武に拠って立つもの。
自分で踏み込んだ以上、勝算なく敗れるようでは武士ではあり得ません。
朝倉は切った女たちに悪かったとは思いません。
自分が武士と知って舐めてかかる方が悪いのですから。




