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第3話「乱れる花、蜜」(前編上)




夷軍は奴隷、俘虜兵をけしかけた後、池田城に防衛線を布いた。

物見の城が近くに建ち、警戒しているのかこちらの動きを見張っています。

ただ、大阪城に手出しできるような戦力がいないと分かっているのか、力攻めには出て来ません。


「村人には迷惑をかけたな。」


久能がそういうと部下たちは否定します。

評定も人数がかなり増えました。


「殿、この城のおかげで夷どもを追い払ったのですぞ。」

「まさに快勝!」

「もう敵も当分は手出しすまいて。」


久能様から殿様呼びに変化し、結び付きが強まった気がします。

しかし、久能は不安でした。

自分は本当に何かしたのでしょうか。


「狗奴王、葛城の将軍様の元に行く気はないのですか?」


「なんでや!」


「そうですか。

 私に力を貸してくれるというのですか。

 有難くお借りいたします。」


久能がそう言って頭を下げると狗奴王も会釈を返します。

王としての能力は疑問符が着きますが、戦士としての狗奴王は一級の実力者です。


「とはいえ、ここは早々に移動しましょう。」


「なんでや!」


エミリーの意見に狗奴王が声を荒げます。

エミリーは自論を説明しました。


「ここに居ても戦略上、意味はないからですよ。

 やはり葛城の御所様に合流するか、吉備国か土佐国に転戦するべきでしょう。」


「…確かに、そうだが、事はそれほど単純ではない。」


久能はそういって口元に手を当てます。

かなり大人数になった自分たちが移動すれば、夷軍も黙っていないでしょう。


「夷軍は、この城を落とす準備を進めています。

 このまま留まっていても座して死を待つのみ。」


「村人を見捨てると申すか。

 ここまで城を大きくするのに協力させておいて!」


評定に参加する武士の一人がエミリーを指弾します。

エミリーは静かに答えました。


「我々がここを去れば、確かにこの地の戦力は下がるでしょう。

 しかし夷軍に効果的な打撃を与えるよう行動を起こせば、より広い範囲の人々を助けることにも繋がります。

 今や、殿も力ある人。

 その力は正しく使うべきだと考えます。」


「正しくなくとも良い。

 一所懸命に土地を守るのが武士の習いぞ。

 この地の人々を裏切るための小賢しい理屈など聞く耳持たぬ!」


「待てい!

 スタンフォード殿の言う通りではないか?

 我々は大和王国存亡の時期にいるのだ。

 高い視野を持たねばならん!」


評定に集まった者たちの意見は別れます。

この地に留まることが道理とする者たちと離れるべきとする者たちです。


「夷軍から逃げるために、この地から離れる訳ではない!」

「ならば、ここに留まり近隣の住民を守るが良い!」

「分からん奴だな!」


「どうでしょう。」


エミリーが進み出て久能に声をかけます。

上段に座る久能は、ハッとした表情になってエミリーを見ます。


「ここは一つ、殿の御採決を仰ぎたく存ずる。」


テンガロンハットのサムライの提案に久能は表情を強張らせます。

目が泳ぎ、口元に力が入ります。


「この場では決めかねる。

 …評定はこれまでだ。」


「この場にてお願いしたくござる。」


エミリーがそう言って一歩、座ったまま前に進み出ます。

久能は顔を青くして弱々しく声を乱します。


「な、何故だ。」


「お判りのはず。

 ここを出るにしろ、留まるにしろ、決まった方針に従い、すぐに手が打てます。

 決まらねば何も出来ません。

 今すぐに御採決を。」


エミリーが強談すると久能は弱り果てます。

しかし結局は彼女が推す意見を取り入れました。


「…出雲国(ツマ)軍に合流する。

 皆もそのつもりで用意を進めよ。」


評定に集まった者たちが一斉に頭を下げました。


「御意。」

「御意や!」




評定の後、久能は嫌な汗が止まりませんでした。


私は一体、何なのだろう。

ただ最初からこの場の頭領だったというだけで、自分に人の上に立つ資格があるのでしょうか?


「…ここは、寒い。」


臓腑から染み出るような汗を久能は感じました。

骨から凍り付くような震えが止まりません。

これが、大勢の命を預かる身に課せられた苦しみなのでしょう。


こんなものが、こんなものが毛野国王は欲しいのか。

私は要らない。

帰りたい。

平和だった、子供の日々に…。




先の戦闘でエミリーが息のある者で、怪我の程度が低い何人かを連れ帰って来ました。


褐色の肌に深い紫の髪。

天竺インドから連れて来られたと話す女戦士、スカディです。


「こんな城で敵が来るのを待っているなんて我慢できん!

 さっさと夷どもの血を浴びるほど浴びたいわ!」


「…浴び過ぎ。」


雪のように白い肌に白銀の髪、薄い水色の瞳。

ルスランというのは男の名前ですが、謎の多い女騎士です。


エミリーが好みの美少女を連れ帰って来たのでは?

という声もありましたが、仲間内でウケは上々です。


「ルスラン殿は天女のようじゃ…。」

「そーじゃなー。」

「あんなベッピンさんに隣に座って貰いたいわあ。」


「あの巨乳!」

「うっひひ、たまらんのう!」

「もーう、辛抱たまらんちんッ!」


もうルスランとスカディに固定のファンが着いているほどです。

物静かで神秘的な雰囲気を持つルスランと豊満なボディで肉感的な魅力を持つスカディ。

武士たちも百姓も二人を見ると手を止めて眺めていました。


「あの二人がお城から居なくなるのは残念じゃのう。」


「いや~、駄目だ。

 スカディ様を見た後に元気になった息子を女房に相手して貰うんだが、もう女房がもたん!」


「ワイはルスラン様を見た後やと、女房を見てため息が出るんや。」


出入りの商人まで百姓たちの輪に加わります。

百姓が商人に質問しました。


「だが、久能様はもっとお美しいと聞いたぞ。

 お主、城内に入ったことがあるなら見たことないか?」


「…ルスラン様も確かに神秘的やけど、やはり南蛮人やからな。

 久能様はまさに大和撫子のお淑やかな美しさやで。

 しかも武家の女っちゅう、こう、力強い凛々しさも併せ持っとるな。」


「あれだけの美人がいるんじゃ、男衆はツラいのう。」

「相手にされんのがオチじゃ。」

「悔しいのう。」


しかし女たちが人気が出るのは構わないのですが、困る人もいます。

そう。

朝倉義梵です。


「…可愛い。」

「…可愛い。」

「…んもう、可愛い。」


必死にカラクリを整備する朝倉を手伝いの百姓たちが舐めるような目で見ています。

無邪気な微笑み、薄い尻、無防備な生足に男たちの目線が集まります。


「なんでやー!」


狗奴王が姿を現すと百姓たちが頭を下げます。

朝倉も振り返って会釈します。


「狗奴王様っ。」


「…なんでや。」


狗奴王は朝倉の服装を正します。

野獣たちから無垢な少年を守らねば。

狗奴王はそう誓っていました。


しかし、しかし強い意志で言い聞かせても、朝倉の潤んだ瞳を見つめ返してしまいます。

ほっそりとした顎から首筋の流れ、腕の筋肉、そしてヘソの下へと目線が移ります。


おっと、いかん、いかん。

狗奴王は首を振って朝倉少年から手を離します。


「なんでや。」


「はい、ここのカラクリの整備に着いて百姓たちに説明していました。

 俺がいなくなっても、この城が落ちないように。」


「なんでやっ。」


「ああ、服、直して貰って済みませんでした。

 俺、機械いじりしてるとまわりが目に入らなくなって…。」


朝倉はそういって苦笑いしながら手を頭を掻きます。

なんとも蕩けるような可愛い仕草です。

狗奴王は目の色が変わります。


「なんでや!」


「これからは気を着けますっ。」


朝倉をけだものたちの群れに置いておくのは気が引けますが、このままでは心の弦が危うい。

この少年を連れ去ってしまいそうになった狗奴王は意志の力で自分を奮い立たせました。

そして朝倉に背を向けて、この場を去って行きました。




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