ダンゴムシの超ガッツが恐ろしい
1
爽やかな日差し。心地よい風。見渡す限りの……焼け野原。
「赤とんぼぉぉぉぉ赤とんぼぉぉぉぉ」
はい。私がRPGでやりました。
数時間前まではここは大変綺麗な森でした。そこに野蛮にも踏み込んできたのはポケモンGOエンジョイ勢を装った暗殺者達。鉢合わせてコンマ一秒でたまたま持ち合わせていたロケットランチャーを構えました。トリガーを引くと凄まじい反動とともに快感の波が押し寄せます。打ち出された弾頭は先頭に立つ暗殺者のスマホにGOしてBANG。ゲットしたのは永遠の眠りでした。
「いやいやいや! これどう見てもただのポケモンGOエンジョイ勢だろ! なに出会い頭に吹き飛ばしてんだよ! おい見ろもう肉塊になってんじゃねぇか! どうすんだコレおいぃいっ!」
ゆうのさんがけたたましくがなりたてます。顔が真っ赤です。
「チーズインハンバーグにします」
「どうしてそんなことゆうの!?」
「これだけ材料があれば結構な量ができると思うのよね。食べきれない分は街で売ろっか」
「カニバリズムどころか営利目的になってるんですけど!?」
資源は大切に使わないとゴンゴロ様に食べられちゃうよ。はぁ? なんですかゴンゴロ様って? なんなんですか棚子さん? 頭おかしいんですか? 基地外なんですか?
そこへ唐突に調子外れのサイレンが鳴り響く。ゆうのさんの肩がビクリと跳ねて首がもげるのではないかと思うほどの速度で振り返る。
「ほらぁ。ゴンゴロ様きちゃったじゃない」
「ゴンゴロ様じゃねぇよ! どこからどう見ても現地警察のパトカーだろてか一台から何人降りてくんだよ三十人くらい出てきたぞ一台から三十人、うわおい待て待て銃持ってるショットガンショットガンショットガンショットガン散弾銃ぅぅぅううぅぅぅうう!」
激しく混乱するゆうのさん。ぞろぞろと一台のパトカーからところてんのように流れ出てきた現地警察。心なしかお酢の匂いがして湿ってる。お酢で湿ったポリスメン。 OSP……Osude Shimetta Policeman.
わたし、赤佐棚子は再びRPGを構えた。
ポンプアクションも間に合わずに三十人の現地警察は一瞬で消し飛んだ。百十五メートル毎秒で飛んでいく弾頭はOSPをパトカー諸共爆炎に呑み込んでいく。脆弱! あまりにも脆弱! この私を仕留めようというのならジャイアンのママか生理中の牛でも連れてくることだな! はははははははははははは!
「ボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くない」
ショックでゆうのさんが現実逃避する。そうだ。砂利の数を数えよう。きっと全部数え終わった頃には何もかも解決してるはずだ。ゆうのさん。数え終わる頃には寿命が終わってると思うそれ。
私は高笑いを続けながらRPGを乱射し続ける。軍用ヘリが八台、M-3軽戦車が九両。カラシニコフを装備した歩兵がざっと三百。丘の向こう側からやってきていた。
「へっへっへっ。殺れるもんなら殺ってみブベラァアッブヴォオオオオオッグガガギガガガガガガガガッ!?」
四方八方から飛んでくる弾丸が私の五体を撃ち貫いていく。肩を、腿を、胸を、顳顬を。目視で弾丸の存在が確認できるほどの弾幕の量。空からは対地砲が雨のように降り注ぎ、大地を揺るがすのはM-3軽戦車の主砲。反撃どころではない。反撃する以前に、私の両腕は既に吹き飛んでいた。持っていたロケットランチャーも地に落ちて重たげにその砲身を横たえている。ばぎゅっ。膝が撃ち抜かれて前のめりに倒れこんだ。
「ちょ、待っ、これヤバイヤバイ、死ぬ死ぬ死んひゃうぅう」
常人ならば顳顬を撃たれた時点で事切れたことだろう。しかし、私は赤佐棚子である。ラーメンとキャラメルマキアートの申し子、暴食のワルツ赤佐棚子である。しかし、流石にこれはきつい。
「ゆうのさんゆうのさんゆうのさん!」
「いぃいいいやぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあスゥパァアカァリィフラジリィスゥティックゥウウウエクスピアリドォオオオシャアアァアスッッどっんっなっとっきっにっもっわっすっれっなっいっでっどうぞおおおおおおおおおおお!」
ゆうのさんは恐怖のあまりスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスの歌を歌っていた。
こうなれば自力でなんとかするしかない。隙を作ってゆうのさんを拾って脱出だ。
血反吐を吐く思いでなんとかRPGの元へ行く。ガジガジと砲身を噛み咥え、足を駆使して地面に弾頭を突き立てる。
ちくしょう。そんなに私の脳みそが弾ける所が見たいのかい! ならばとくとその目に焼き付けロォーーーーーーーーッ! ガチン。足の指がRPGのトリガーを引いた。
「ーー」
一瞬の忘我。閃光が目を射抜く。わあ。綺麗だなぁ。前進してきた歩兵隊が慌てて後退していく。雲ひとつない快晴に勢いよく火柱が上がった。
「奴は狂っていやがる。頭だけじゃない。何もかもが、狂ってるんだ……おかしいんだよっ」
唯一生還した前線の歩兵はそう語ったそうだ。その意味は後に彼が発狂してしまったため何が起こったかは地元警察含め軍隊もわかっていない。ただ死屍累々、ヘリや戦車の残骸のうちから一両のM-3軽戦車だけがなくなっていたという……。
そして、私が引き金を引いてから十分後。
「はっぴばぁすでぇーい。生まれ変わったわーたーしー。うつーくしぃーせかいにーマヂ感謝ー」
奪取したM-3軽戦車の主砲が盛大に火を噴く。言ったはずだ。私を殺したいならジャイアンのママか生理中の牛でも連れてこいと。
「なんでぼくがこんなことを早くおうちに帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい暖かいスープが飲みたい飲みたい飲みたい」
ゆうのさんは走行系コックピットでブツブツと言いながらも砲塔の私が撃ちやすいポジションに戦車を走らせる。私は満足げな顔で主砲を歩兵隊の群れに放った。
私がゆうのさんと出会ったのは雪のちらつく八月。いや、十月だったか。そもそもなん年前の話だったのか。長く生きているとあやふやになってくる。覚えていないということはどうでもいいことだったのだろう。そう。時間なんて概念関係ない。愛があれば全てがハッピー。ラヴアンドピース。とりあえず雪は降っていて最近の話だとは思う。
「なんなんですかあなたは。警察呼びますよ」
チェーンロックのドアの隙間から顔を出すゆうのさん。目の下には付き合いの長そうな大きな隈。長い髪はボサボサでグレーのフード付きパーカーは毛玉だらけだった。
「あ、はい。ちょっとムラムラしてきたので身体貸してもらえませんか?」
「どうしてそんなことゆうの!?」
唐突な申し願いに怯むゆうのさん。私は素手でチェーンロックを引き千切る。ゆうのさんは腰を抜かしてガタガタと震え出す。
待て、待つんだ。か、金か? いくら欲しい!? 五百円までなら出してやる! 明らかな死亡フラグはとても模範的でありながらその額の低さに私はときめく。素晴らしい。これこそ私の求めていた人材。腑抜けていながらに無駄に我だけが強い。圧倒的コミュ障感!
「そのゴミみたいなメンタルごと愛してあ・げ・るぅうううううっ!」
「やめて差し上げろぉおおおぉおおっ!!」
叫びと共にゆうのさんの生白い掌が下駄箱の戸を勢いよく叩く。瞬間、飛びかかった私の真下から玄関タイルを突き破ってバンブートラップが風を切った。
そう。これが二人の運命の出会いでした。
鬱屈したニート系女子を蹂躙。もとい。純粋に愛したかったわたし、赤佐棚子。それを全力で阻止せんと来客用のブービートラップを駆使する壊死的コミュ障人間ゆうのさん。初めてを貫かれた(全身を)のは私の方でした(竹で)。
あの日から私は毎日のようにゆうのさんの家へ通った。雨の日も風の日も。槍の日も弓の日も。核弾頭の嵐の中でさえ。その結果、今では私の唯一無二の相棒になっていた。
「お前といるとロクな目に合わない。前歯折っていい?」
「や、やさしく、してね?」
頬を紅潮させて答えると細く白い指が私の口へと伸びてくる。うわっ。なにこれエロい。そう思ったのも束の間。ゆうのさんの指は前歯をつまむと、ゆっくりと荷重をかけて前へ倒れた。
「ひゅひゅひゅふぅほぉはぁんんっ。らへぇぇ。ほれ、ほんほうひ、いはいやふぅう」
哀願も虚しく。M-3軽戦車の狭い車内に前歯の折れるペキンという小気味好い音が響いた。
「それよりこれからどうするんだよ。私まで指名手配されたじゃないか。どう責任とってくれる」
「一生をかけて責任取らせていただきます」
「お前がいうと本当に看取られそうで怖いから命で償って」
一切デレのないツン。あぁ、これがゆうのさんの愛なのね。私嬉しいわっ。
前歯の欠けた満面の笑みでゆうのさんの胸へと飛び込む。そこへ振り向きざまに突き出される拳。幾度もの奇襲により研ぎ澄まされたジョルトカウンターは私の顎を一撃の元に打ち砕いてみせた。
2.
私達が転がり込んだのはスラムの小汚らしい闇医者の家だった。
「また俺の家を壊しにきたのか。金をしっかり払わなかったら血管に空気を入れてやるくらいにはお前のこと嫌いなんだが」
「面と向かって言われると……照れちゃうわ……わたし」
「おい。やっぱこいつ殺していいか? いやマジで」
私に聞くなよ。呆れたように答えるゆうのさん。この家の主人であるゲンジは職業柄ここら一帯のいざこざに巻き込まれることの多い男だったが、憎まれ口を叩く一方で非常に面倒見の良い男でもあった。
「とりあえず入んな。風呂くらいは貸してやる」
風呂から上がれば湯冷めするから泊まってけ。そんな風に言ってなんだかんだ匿ってくれるいい男だ。ガタイもいいし、顔だって悪くない。これでどうして独り身なのかと不思議に思うこともしばしばだ。 だが残念。
「ごめんなさい、ゲンジさん。私の心も身体もゆうのさんの物で、ゆうのさんは私だけのゆうのさんだから……あなたの愛にはこたえられないわっ」
「ゆうのさんはみんなのゆうのさんだから。お前はみんなの中には含まれてないから」
「俺の方こそ申し訳ないんだが、結婚してないってだけで彼女は五人いる」
ダブルパンチ。一発一発の質が最高峰のダブルパンチ。あまりのショックで折れた前歯がすっぽ抜けて新しい歯が生えてきた。
「それにしても、本当におまえさんの身体は不思議だなぁ。物理法則は無視するくせに再生、修復方面はちゃんと理にかなった道筋を辿ってやがる」
後回しにされていた私の診察をしながらゲンジは感心する。私は昔からそうだった。
「ゲンジさんゲンジさん。姿形だけ見て視野を狭めちゃ行けないよ。私はそういう生き物であって人間じゃあない」
端っからおまえさんを人間だとは思ってないが? 地味に心に突き刺さる一言グッジョブです。
「わかるか? 俺とゆうのはこっち。人間。そんでもってこっち側がゴキブリだ。その向こう側がおまえさんだからな? 勘違いするなよ?」
「え? え? 私ってゴキブリの向こう側の住人なの? テラフォーマーの遙か先を行く者なの?」
茶受けの煎餅をぱりっと齧ってゆうのさんが呟く。
「ゴキブリの方が可愛げがある」
「どうしてそんなことゆうの!?」
思わず口をついて出たのは相棒の口癖だった。
それでだ。おまえさんの身体のことだが。
「上から85、60、88です」
「誰もスリーサイズは聞いてない。前に頼まれてた分析結果だ」
クリップされた書類の束が机の引き出しから出される。手渡されたそれにはなんとも愛くるしい乳白色の両生類の写真が添付されていた。
「おまえさんの再生能力はそのメキシコサラマンダーによく似ているらしい」
「なんですかそれ? めきしこさらまんだぁ? すごいうまそうな響き」
食うなよ。げんなりした様子でゲンジが煙草に火をつける。私は手元の書類に視線を落とした。
「未分化細胞による分化再生に、神経の……再構築?」
そのメキシコサラマンダーってのは身体に未分化細胞ってのを保有している。つまりは子供の細胞だ。これは怪我をすると傷口に集まって再生を始める。腕なら腕。足なら足。未分化の細胞がそれぞれの細胞に向けて大人になるわけだ。
「あー、なるほど。無精卵が有精卵になる感じか」
「そういうことだ。分化前の細胞は何にでもなれる。腹が吹っ飛んでも胴体が千切れても心臓が潰れても。脳みそだって再生しちまう」
その再生速度が尋常じゃないってことを除けば、おまえさんの身体はそのプロセスをちゃんと辿っている。とはいえ、それは再生能力に限った話で他は滅茶苦茶だけどな。
ゲンジの吐く白い煙を眺める。私は書類の項をめくって流し見、読み終えて指先に熱を集めた。
長い長い生の中で、私は古今東西津々浦々を旅した。数人の同類とも出会った。彼ら彼女らはどこか達観してこの世を見下していたが、私は楽観的な性分のためか退屈なんてしなかった。どうでもいいことから忘れていったからだ。決してアホではない。
最近のマイブームは自身への理解を深めること。それからゆうのさんの鉄壁ガードを攻略することだ。攻略できるとは誰も言っていない。
「それで。これからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「お前のせいで全国指名手配された件についてだよ」
すっとぼけた私に薄ら暗い笑みでゆうのさんは答える。目が笑っていない。
「大丈夫だってゆうのさん。私と一緒にいればOSPだろうと米海軍だろうと返り討ちだから。そのうち向こうも諦めるって」
「ふざけんな。これじゃあおちおち外も歩けねぇだろ!」
あれ? でもゆうのさんボッチでニートだからそもそも外出ないんじゃ……そこまで口走って酒瓶が顔面で破裂した。
「ニートもコンビニだって行くんだよ」
「あれ? わたし、お医者さん来て、怪我してる? え? あれ? どぉちてぇ?」
ゲンジはうんざりしたようにため息をついてテレビをつけた。
『緊急速報です』
額に玉のような汗を浮かせて慌てたようにニュースキャスター多々山田館太郎が画面に現れる。ニニ時の貴公子。トゥルー千里眼。彼が電波に乗せて伝える情報は九九パーセントの信頼性がある。それだけに、テレビを見る二人の顔は青ざめていた。
『本日未明、ドレイク森林公園で指定テロリスト赤佐棚子とその協力者と思しき少女により現地警察のOSP、更には一個師団の陸軍が壊滅にまで追いやられたとのことですっ。現在警察はテロリストを全力で捜査中、一緒にいた少女の身元を確認しており……』
汗。滝のような、というより、まさに滝。ゆうのさんの額から滴り落ちる汗は顎につたい床を凄まじい勢いで濡らしていく。
「おおおおおおおお、おい、いい、いい、いい、こ、こっ、こここここここここ、これっ、ぼっぼっぼぼぼぼくの」
ガタガタと震えだすゆうのさん。自らのバイブレーションで声が揺れる。なにそれ面白そう。わたしもやる。
「どどど、ど、どうかかかなぁあ? ゆゆゆゆ、ゆうううううのののののさんんん、せせせせ、せいじじじじんんん、してててててるるししししし」
そう。ゆうのさんは成人してる。二十歳を超えていながら身長一四九センチBカップ。つまり合法。合法ロリ。要するに少女ではない。戦闘力は五五万。口座残高六五円。わたしへの愛はプライスレス。
『あっ、いま新しい情報が入りました! 現在テロリストはベイブスラムに身を隠しているようです! 警察は周辺現地民から聞き込み中。Dr.ゲンジと呼ばれる男性の情報を入手したとのこと」
不意に揺れを感じる。発生源はごく近く。わたしはそちらを見て引きつった笑みを浮かべる。Dr.ゲンジその人が大量の汗を撒き散らしながら震度三くらいの勢いで震えていた。
「ゆ、ゆうのさん。とりあえず……逃げようか?」
「そ、そそ、そうだな」
遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。いやはやこの国の警察は優秀だ。伊達にお酢に浸かってない。いやそれは関係ないか。
「お、おい待て! 俺はどうなる!」
「大丈夫だよ。こってり絞られるだろうけど捕まったりはしないから。かえって私と一緒に来たら共謀者だと認めたことになる」
「ボクは認めたくないんですがねぇ」
言いつつも、この場に残ったらどうなるかくらいはわかっているのだろう。ゆうのさんは冷蔵庫から備蓄の利く缶詰などを物色し、ソファに放られていた白衣に包んだ。それを担いでため息をつく。
「もういい。諦めた。だけど潜伏先は環境整えておけよ。ニートライフにネットは必須だから」
「ディスプレイよりも棚子を見てゆうのさんっ! 二人で愛を育みましょうっ!」
今度は顔面に灰皿がめり込んだ。
「じゃあなゲンジ。達者でな」
「嘘だろ……なんでお前らが来るといつもいつもこうなるんだ」
「それな。ボクも知りたいわ。まあ、ゲンジならOSPには慣れてるだろ?」
職業柄というかこの街の治安のせいというか、ゲンジは何かと警察から突っつかれる役回りだ。その度に決して顧客の情報を漏らさず己の身も守り切れていることから多方面からの信頼が厚い。
「それでは健闘を祈る」
「あっ、まてこらっ」
皆まで言うか言わないか。ゆうのさんは床下収納の蓋を引き開けて私を突き落とし自らも飛び降りた。
本来漬物やら酒瓶やらを収納するスペースは地下深くまで続いており、脛に傷持つ客達の出入り口になっている。客が帰った後、ゲンジが偽装用の底蓋を取り付ければ実際に収納としても使える優れものだ。
「二度と来んなこの疫病神っ!」
ゲンジの涙混じりな怒声が聞こえてくる。私にはそれが「またのお越しをお待ちしております」としか聞こえなかった。