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疲れたニートと優しき世界  作者: こねか
序章 始まりの日常
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1-3 道場の日

 


 その日の朝食はまるで旅館の朝ごはんのような内容だった。ご飯に、主菜、副菜、お吸い物。別に嫌いではないのだが、パンなどで簡単に済ましてもいいのではないかと思う黒無(クロナ)だった。

「サクラせんせー! おはよーございまーす!」

「ん?」

 主菜の焼き魚を突く黒無の耳に甲高い子供の声が届いた。今日は道場のある日だったのかと首を傾げる。

 黒無たちの住む大きな屋敷では週一のペースで護身術の道場が開かれている。それは剣あり、魔法ありの世界で、少しでも子どもたちが安全に過ごせるようにと桜が開いたものだ。街の名士でもある桜が開いているこの道場は、子どもの生存率の向上に一役かっていて親達の間ではかなり評判がいい。

「クロちゃん寝ぼけてるぅ? 今日は道場の日だよ~?」

「……そうだったか?」

 つい最近雷に打たれた黒無は日付の感覚が曖昧だった。剣と魔法の世界に日めくりカレンダーがあるわけでもなし。そしてニートである黒無に学校や仕事があるわけないので、そもそも日付の感覚がなかったりする。

「そうだよ? 黒くんうっかりさんになっちゃった? でもだいじょーぶ! お母さんの愛は変わらないからね!」

「原因がほざくな」

「うぅ、黒くんが辛辣(しんらつ)……」

「クロちゃん、しんらつぅ~」

「原因その二も黙ってろ」

 アリスが余計なことを言ったせいで雷に打たれたことは忘れていない。復讐を思い出した黒無はアリスの卵焼きをひょいと頂いた。

「あ~アリスの卵焼きがぁ……。ひどいよぉ~」

「黒くん! 意地悪しないの! 仲良く食べなさい、半分個とか」

「サクラさぁん……。そもそもアリスのだよぉ……」

 しょげるアリスを尻目にご飯を口に運んでいると再び声が聞こえてくる。

「せんせー! どこですかー!」

「今行くー!」

 先ほどとは違い声だった。他にも子どもたちが集まっているようだ。朝からご苦労なことだ。黒無なら(許されるのなら)絶対に二度寝している。

「うん、そういうわけで。洗い物は二人でよろしくね。ごちそうさまでした」

 手を合わせた後、桜は反論する隙を与えずそのまま部屋から飛び出していった。黒無もまぁそのくらい良いかと流れるツインテールを見送る。ところでエプロン姿のままなのだがそのまま道場に行ってもいいのだろうか。えらく浮きそうだった。

「サクラさんなら“お母さん拳法”とか言いそうだよねぇ~」

「そうだな」

 いかにも桜が言いそうなことだった。

「ごちそうさまでしたぁ。お先ぃ~」

「ああ」

 食べ終わったアリスがスタスタと出ていった。

 今日の予定はどうするか。食べ終わった黒無は頬杖をついて考える。

 本来なら、部屋でゴロゴロしている予定だった。だが道場の日であるのなら話が違ってくる。

 なにせ、うるさい。半端なくうるさい。本を読むにしろ昼寝をするにしろ、集中できる気がしなかった。子どもの声は気が滅入るのだ。

 声変わり前の子どもの甲高い声が響き渡るだけではない。ダンジョンに潜る若者たちが生存率をあげる心得を学びになってくる。気合の入ったそいつら声ののうるさいこと。ギルドでやれと言いたくなる。

 若者たちの目的は鍛錬のはずだが、少しでも桜の目に留まろうと、それはもう気合が入れて張り切る。目的がすり替わっているがそんなこと気にする奴は居なかった。

 若者の10割は桜目当てだ。内2割は実力目当ての女たち。8割は色ボケ的な男共だ。桜はババアだが見た目は非常に麗しき美少女だからしょうがないと言える。思春期のガキなどしょせんそんなものだ。見た目に惑わされるお年頃なのだ。もちろんババアが応えることはない。それとなく告白する前にフラグを折られるさまはさすがに不憫に思うが。

 最近では、告白する前にフラれた男を慰める形で取り入り成立するカップルがいるとか、なんとか。討伐者の女は強かだな。

 フラれてからもやってくる奴らは未練がましいと蔑むべきか、たいした根性だと尊敬するべきか。どちらでもいいが。

 とにかく、いつもは静かな屋敷だが、道場の日だけはとてもうるさくなる。屋敷には居たくない感じだ。

「なら、散歩にでも行くか」

 初めから決まっていた結論を口に出す。結局のところ、ニートのやることなど、たいして決まっているわけでもなく、一日を無駄に浪費していることでしかない。出かけるか、ゴロゴロするだけだ。これがインターネットでもあれば、日長一日ネットサーフィンでもしていることだろうが、残念ながらこの屋敷にコンピューターはなかった。

「ネットがあれば、溺れてたんだろうな……」

 食器を運び、ガチャガチャと食器を洗いながら、ふと気がつく。

「……うまく逃げたなあいつ」

 聞く者のいない呟きが台所兼居間に溶けた。



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