2-13 鍛冶屋に行く
ミーネが桜に弟子入りして、一週間が経った。
「くーろー君! ミーネちゃんこの辺りで一番見せたい場所ってどこかな?」
「……あそこだ。裏山をすこし登った先の崖。あそこの景色は一度見てもらいたいが……。写真でもプレゼントするのか?」
黒無がそう尋ねると桜はふふふと笑った。
「それは後のお楽しみだよ~。じゃあ、どこに出かけるか知らないけど気をつけてね」
「ああ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
手を降る桜に見送られて出かけた黒無は一本の剣を持っていた。
「よう。おっさんいるか」
「あ、クロくんだー。こんにちわー。いるよー。おとーさぁーん! ヒキニートが来たよー」
「誰だ。余計な言葉を教えやがったのは」
ドタドタと店の奥に走っていく少女を歩いて追う。
奥の部屋では、おっさんがのっそりとベッドから起き上がっていた。相も変わらず汚い部屋で、ボリボリと頭を掻いている。
「よう、ヒキニート。今日は何のようだ」
「黙れ汚部屋マスター。ガキに余計なこと教えてんじゃねえよ」
「おべや♪ 汚部屋♪ お父さんおべやっ♪ お父さんきたない♪」
「りりー!? お父さんは汚くないよ!?」
「いや、汚いだろ」
歌いながら部屋を去ったりりに手を伸ばしていた鎌鎖に黒無は呆れて言った。部屋が汚ければ、住んでいる者も汚れるのは自明の理だ。
「うるさい。んで、今日は何のようだ。あの目付きの鋭い姉ちゃんは一緒じゃないのか? 坊主のほうはよく来るが」
「ミーネのほうはババアと修行している。……生樹、店に来てるのか?」
ダンジョンに行ってから生樹とは会っていなかった。あまりに音沙汰ないので、そろそろ野垂れ死んでいるのかと思い始めていた黒無だったが、思わぬところで生存報告を聞いた。
「……そうか。諦めなかったのか」
「あー、聞いたぜ。一階層に悪魔種が出たんだって? だいぶひでえ目にあって、なんか落ち込んでやがったが、勝手に立ち直ってだぞ。冒険者になるんだとよ」
「そうか。まぁいい。今日来たのは剣の調節を頼みたいからだ」
そう言って、持ってきていた剣を差し出した。鞘ごと鎌鎖に放る。
「こいつは……確率の魔剣か。こんなもんどうすんだ?」
「ちょっと、プレゼントするだけだ。だから、持ち主に合うようにしてくれ。おっさんの異能ならできるだろ」
「プレゼントぉ? お前さんが? 誰に?」
怪訝な目を向けてくる鎌鎖に肩をすくめて答える。失礼なおっさんだ。プレゼントを渡す人間に見えないのだろうか。
「……ミーネだ。ババアが歓迎会にサプライズパーティーを開くって言うんでな。おっさんも来るか?」
「ほぉ~。おっさんも行っていいのか?」
「ああ。人数が増えるのは構わないだろ。生樹のやつにも聞いといてくれ」
「分かった。りりと一緒にプレゼントを持っていくよ。いつなんだ?」
「ん、悪い。まだ日程は決まってない。ただ、今週か、来週だ」
「分ぁーったよ。じゃあ、今日やっておく」
おっさんがボリボリと頭をかく。言っていることは頼もしいが、寝間着姿と汚部屋が全てを台無しにしていた。それでも、魔剣の調節などということは普通の鍛冶屋には頼めない。腕のいいのだ。主に異能のお陰で。
「それと髪飾りを一つ頼めるか? 前髪止めるやつ」
「あん? おっさんは鍛冶屋何だがな……まぁ、別に構わんが。誰に渡すんだ?」
「……渡す予定はないな」
黒無は苦虫を噛んだような顔で下を向いた。
「じゃあ自分用か? 使うやつが分からんとイメージしにくいぞ。短髪、黒髪向けでいいか?」
「……いや、長髪の淡い金髪を想定してくれ」
「おいおい、贈り物じゃねえか。相手は誰だ? おっさんにも教えろよ。話によっては協力してやるからよ」
にやにやと若人を見る目のおっさんを、黒無はぶん殴りたくなった。殴っても自分の拳が痛いだけだから絶対にやらないが。自身の異能が非常に忌々しかった。
「そんなんじゃねえよ。余計な詮索はやめてくれ。……じゃあそういうわけでミーネ用に調節しておいてくれ」
「わぁーったよ。ところで、払いはどうする? いつものか?」
「いや、今日は金持ってきた」
ポケットに手を入れて、財布を探る。革の財布を取り出すが、
「なんだその紙切れは」
「……アリスの野郎」
財布の中には硬貨ではなく、紙切れが一枚だけ入っていた。そこには、汚いともきれいとも言えない字で“サクラさんのお椀買ってきて”とだけ書かれていた。
「おい、お椀をよこせ。ババアが所望している。なるべくかわいいのな」
「おまっ……それは卑怯だろ。いつまでも親のスネかじるなよ」
「違う。今日は持ってきた。アリスのアホが邪魔しなければな」
そう。お金を持ってきたはずだった。アリスが余計なことをしなければ。
「……そうかい。まぁ、サクラさんはちゃんと払ってくれるからいいけどよぉ……」
そう、呆れたように肩をすくめる姿がどうにも癪に障ったので、黒無は今度店の前でつばを吐いてやろうと決めた。……看板娘が居ない時に。




