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疲れたニートと優しき世界  作者: こねか
一章 行動することにこそ意味がある
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2-10 慟哭


 黒無(クロナ)の自室。そのだだっ広いベッドに包帯を巻かれた黒無(クロナ)は眠っていた。


「……ん」


 黒無が目覚める。真っ先に目に入ったのは隣で片手逆立ちをして、腕立てしている桜だった。いかなる魔法を使ったのか、逆さまでも翻ることないエプロンや黒髪(・・)がまるで漫画のようだ。


「……こんなところで修行してんじゃねえよ」


「あ! おはよう黒くん。良かった目が覚めたのね」


 そう言って、桜はぴょんと跳ねて、足から着陸した。黒無が寝ているベッドに。そして、そのまま抱きついてきた。


「お母さん心配したよ~!! 一日ずっと寝てたから」


「くっつくな鬱陶しい」


「心配させた罰ですぅー……っは! 罰じゃないよ。親子の仲睦まじいスキンシップだよ!!」


「うるさい。重い。降りろ」


「はいはい黒くんもう男だもんね。お母さん寂しいなぁー、そう思うでしょ? アリスちゃん」


 桜が退く。そこには何故かアリスが丸まって寝ていた。


「おふぁよぉサクラさん~……とクロ」


「……何だ、居たのか」


「……起きれてよかったねぇ。じゃあね」


 それだけ言って、アリスは出ていった。桜がため息をつく。


「黒くーん? いい加減に仲直りしないと駄目だよ? アリスちゃん心配してたんだから」


「……あっそ、あいつから謝ってくるなら許してやらんでもないけど」


「もぉー! 元はと言えば大したことじゃないでしょ! さっさと仲直りしなさい!! いいわね! あ、それとお友達がお見舞いに来てるよ。なぜか外で待ってるから呼んでくるね」


 桜が部屋を出ていく。入れ替わりに生樹が入ってきた。


「よ! 目覚めたか。いやーお前の母ちゃん超美少女。超若い。何あれほんとに一児の母? 姉弟の間違いじゃね? 眩しすぎて一緒の部屋に入れなかったんだけど。と言うか、おっぱいすごいな。何なの? お前、さっきの白金ゆるふわヘアーの子もそうだけど、恵まれすぎてね? この屋敷もやたら近代的だしさー。一瞬元の世界に戻ったのかと思ったぜ。外と違いすぎんだろ」


「何なのは、お前だ。話がそれだけなら、帰っていいぞ。もう治ったんでな」


 コキコキと肩を鳴らして、黒無は背伸びをする。眩しすぎて桜と一緒の部屋に入れないとは、なんとも悲しいやつだった。美少女ハーレムとか一生縁がないのではないだろうか。


「冷たいなぁー。せっかく見舞いに来たのに。……いや待て、早すぎだろ。それがお前の異能なのか?」


「……そうだ。オレは【命魂至上】って呼んでる。何を犠牲にしても生きる力を回す忌々しい力だ」


「別に良さげじゃん。要は不老不死なんだろ?」


「いや、死ににくいだけだ。ちょっと剣を貸してくれ」


「いやいやいや! 実演しなくていいっての。あーもぅフォーク手に取るな。分かったよ貸すよ!」


 生樹はフォークを手にとって刺そうとする黒無から、フォークを取り上げ剣を渡した。

 黒無は受け取った剣を右手に持ち、ぐっと左の手の平に突き立てた。


「つっ」


「痛いんならやめろっつーの。もう分かったよ治るんだろ?」


「……違う。おい、この剣に体重かけてみろ。どうせ、痛さは変わらん」


「傷口抉らせるなよお前……絶対友だち居ないだろ。……やるぞ? ほんとにやるからな?」


「早くしろ。ずっと刺してるほうが痛い」


 剣の柄を両手に持ち、確認する生樹にさっさとしろと促した。


「あーもー! このイカレ野郎め。知らねえからな」


 黒無の手の平に強く力がかかる。だが、剣は手の平を貫通したりせず、それ以上進まなかった。


「なんだこの感触……ッ。めっちゃ硬い……?」


 生樹が剣を引くと傷口がすぐに消えた。


「まぁそういう感じだ。軽い傷なら普通だが傷が深くなるに連れて、急激に怪我しにくくなるってのが、実際の効果だ。火傷とかも第一深度にはなるけど、第二、第三にはなかなか進まない感じだな。怪我が浅くなるのと治りが早くなる異能だ。デメリットはそれ以外の全てがなくなるだけだ。筋力とかな」


「……おうよ。異能の説明はありがたいが、それによって傷ついた俺の心はどうしてくれるね……。肉を刺す生々しい感触が……っ」


「……そんくらいで心が傷つくなら、討伐者はやめておけ。今回のことで分かっただろ。お前の異能は便利そうだが、異世界人の討伐者には向かない。まして、魔物を斬るのにも心痛めるならなおさらだ」


「……そうかも、知れないな……ちょっと浮かれてたかもな」


 生樹が窓を眺める。雨が降っていた。シトシトと弱く長く振り続ける雨が。


「……まぁゆっくり考えろ。異能は生きるうえでは強力な手札だ。使い方次第ではイージーな人生がおくれるだろうよ」


「……それくらいわかってるさ。じゃあ、まぁ元気なのも確認できたし、帰るわ。生活費やばいし。いざとなったら、泊めてくれ。この屋敷すげー広いし部屋余ってるだろ」


「ババアの許可取ったらな。まぁ、行く場所がほんとになくなったら来い。そのときには泊めてくれるだろ」


「ほーいよ。まぁ、頑張りますか」


「ああ、頑張れ」


 部屋を出ていこうとした生樹は出る前に振り返った。


「……そうだ。あの後の話しとくか? それと一応協力報酬的なものがあるんだがそれはどうしよっか?」


「ああいらん。どっちもな。ババアが敵倒すまでは意識あったから知ってるし、報酬はオレはもう受け取ってる。だから、それはミーネと二人で分けろ」


 黒無の報酬はもちろんエルシャへのツケの帳消しだ。受け取ってもいいが、生樹の分前が減るとそれはそのままエルシャのギルドが新人に負担する額が増加するので受け取れなかった。一年以上ツケで通わしてくれる店を失いたいとは思わない。普通は二ヶ月も滞納すれば、ブラックリストに載って、出入り禁止されるのだから。(黒無はそう思っているが、実際に出禁をくらったことはない)


「分かった。俺が預かってるから後で渡しとく。……それとミーネちゃん中庭にいた。雨降ってるのにずっと剣振っていて、声かけたんだけど、返事なくて。心配だから、おまえも見に行ってあげてくれ。……って早いな」


 生樹が話し終わる前に、黒無は窓から部屋を抜け出していた。


 剣を振る。雨が散った。

 剣を振る。泥がはねた。

 剣を振る。何度も、何度も。


「はっ……はっ……はっ」


 バシャッとミーネが転ける。ぬかるむ泥に朱色の髪が汚れる。泥にまみれ、四つん這いのまま、彼女は息を荒らげていた。


「はっ、はっ、はっ、……何よ。笑いに、でも、来たわけ?」


「そういう趣味はないな」


 傘も持たず、雨に白のワイシャツを張り付かせながら、黒無が立っていた。


「風邪引くぞ」


「動いてるから、平気よ。熱いくらい、だわ」


「無茶したって結果は出ないぞ。身体を壊すだけだ。中入れよ。焦ってもしかた――」


「うっさいわね! あんたに何が分かるのよ!!」


 ――ないだろ、という声の前にミーネがキレた。黒無の胸ぐらを掴んで叫ぶ。ワイシャツが泥に汚れた。

「家族に恵まれて! 仲間に恵まれて! 力に恵まれて!! あんたたちにはわかんないわよ!! 生まれつき力持ってるようなやつには!」


 ミーネの顔は泣きそうで、悔しそうで、涙なんてこぼしてたまるかといった表情で、どこか大きな敵を睨みつけていた。視線は黒無に向いているのに、その朱瞳は黒無ごと全世界を睨むかのように力を放っていた。


「努力したって努力したって努力したってッ!! 私は、魔物一匹倒せない! こんなんじゃあの人は助けられない!!」


「“あの人”……?」


 黒無の漏らした言葉にミーネは答えない。ただ、その朱色の頭を黒無の胸元に押し付けた。


「ずるいのよ……ねえ……どうしたら、力が手に入るの……?」


 かすれそうな声で、ミーネは嗚咽を漏らした。




 ひとまず、屋根の下に入ってタオルで水と泥を落としていたミーネがポツリとつぶやいた。


「ねえ、聞きなさいよ。私ね、龍を殺したいの」


「……そうか」


 龍を殺す。それは人が願うにはあまりにも大きな願いだった。この世界における龍とは神のようものだ。超えれば、永遠の寿命が手に入る神。気ままな神。国を暇つぶしに滅ぼすこともあれば、守護神として千年王国を保ちつづけることもある。何の意味もなく災害をばらまくこともあれば、気に入った人を大事に育て守ることもある。そして、吉凶それに抗う術はない。

 神を殺す。その願いはあまりに大きかった。


「どうしても助けたい人がいて、その人が龍に捕らわれているはずだから」


「お前の村を襲った邪龍が、家族を攫ったのか……?」


 ミーネの村は邪龍に滅ぼされた。ならば――


「違うわ。もっと前の話よ。龍に殺されたのは、どうでもいい奴らだけ。父さんと母さんと妹は龍が来る前に死んじゃった」


「…………」


「龍に捕らわれているのは、私に命をくれた人。命をかけて私を助けてくれた人よ」


「……言っちゃ悪いが、そいつ、もう死んでるだろ……」


「あの人は生きてるわ。絶対。だって、私が生きてるもの」


「……悪い。意味が解らん」


 黒無の頭に疑問符が浮かぶ。“あの人”の生存とミーネが生きていることのつながりがよくわからなかった。


「ねえ、なんで私だけが生き残ったんだと思う?」


「……たまたま、か?」


「正解は龍の制約よ」


 龍の制約。それは龍自身が決めた契約は必ず遂行するというものだ。はるか昔、龍の王とも言える存在が一族にかけたらしい。龍はプライドが高く有言実行を旨とするモノたちだが、そのことをとても誇っていたという。しかし、若い龍は大言壮語しすぎることがあり、自らの力で解決できないことがあった(龍族のプライドから一族全体で補佐し、願いが敵わないことはなかったようだが)。そのような若い龍の存在を嘆いた龍の王は、必ず有言実行が守られるように種族に制約を課した。それが龍の制約だ。

 龍の制約は非常に強大な制限であり、必ず守られる。例えば、ある者の命を守ると決めた龍が、間違えてその者のいる国ごと消し飛ばしてしまっても、その力と余波はその者を一人でに避け、制約は守られるという。例え、制約をかけたものが忘れていても必ず守られるのだ。

 黒無もよく知っている。なぜなら、一つその身に受けていたから。


「子どもの頃、私は龍に遭ったことがあるのよ。人で遊ぶような邪龍に。私と一緒に遊んでいた男の子は、その邪龍の玩具にされた。……私は、されかけた」


「……そいつが、守ってくれたのか?」


「そうよ。邪龍と取引をしたの。自分が生きている限りは、私に手を出すなって、ね。だから、あの人は生きているわ。邪龍は私を殺せなかったから」


「……そうだな」


「だから、私は龍を殺す。あの人を助けるために。」


 ミーネは拳を強く握った。目を閉じて、再び誓うように宣言した。


「…………」


 ミーネが龍を殺したい理由は分かった。正直、無謀だと黒無は思う。このままでは、例えこの先千年努力しても、ミーネは龍には届かないだろう。単体で国を滅ぼすような存在に、ただの人間が敵うはずがない。ミーネにはそんな存在に、挑んでほしくはなかった。黒無は唇を噛んで、顔を俯かせる。そして、


「……ミーネ」


 何かをしようと決めた。例え、望まない結果に向かおうとも。ミーネの願いを叶えようと決意した。できることは悲しいくらいに少ないけれど。黒無ができることは――


「……なら、ババアに相談しに行くぞ。あいつは龍殺しだ。それに色々知っている。きっと何かしら得られるはずだ」


 背中を押してあげることだけだった。



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