2-1 顔合わせ
夕食。黒無たちがいつもご飯を食べている部屋に四人の男女が机についていた。しかし、何故か空気が重い。食器の音が鳴るだけの重苦しい雰囲気の中、桜が声を上げた。
「はい、ちゅーもーく! 今日からここで一緒に住むことになった新しい家族のミーネちゃんです。二人とも暖かく迎えてあげてね。それじゃ、ミーネちゃん簡単な自己紹介してもらえるかな」
ぱんと手を打った音が居間に響く。
桜の紹介を得てミーネがほぼ無表情で椅子から立ち上がった。ただでさえ目つきが鋭く、きつい印象なのに硬い顔をしているためもはや凄んでいるようにしか見えない。
凄んだままのミーネはそのまま、淡々と自己紹介した。
「はい。アイラル村から来たミーネです。ミーネとお呼びください。特技は剣です。村では主に狩りをやってました。よろしくお願いします」
「アリスだよ。よろしくぅ~。こっちの目付きの暗いおこちゃまは無視していいからね~」
「……隣のゆるふわなアホは無視していい。黒無だ。“黒”に“無”と書いて……いや何でもない。適当に呼んでくれ。よろしく頼む」
「二人とも……もう」
桜が頭に手を当てる。
ミーネが来てから、黒無とアリスの喧嘩はひとまず自然消滅したが、未だにくすぶりを残していた。
「それで、どうしてここに住むことになったんだ?」
「それは……」
「クロちゃんデリカシーなさすぎぃー。事情があるに決まってるよぉ」
「……そうだな。悪かった。言いたくなかったら言わなくてもいい」
「んんぅ? あれぇ? クロちゃん頭でも打ったぁ?」
「ああ、さっきお前にしこたまな」
いつもなら突っかかってくるはずの黒無の態度にアリスが首を傾げ、そして何か納得したかのように頷いた。
だが、黒無はそれどころではなかった。思わず口にしてしまった言葉に後悔して、だけど知りたくて板挟みになっていたのだ。思春期の少年はめんどくさい。黒無も例外ではなかった。
「アリスちゃんの言葉じゃないけど、無理に話さなくていいからね」
桜が気を使って言う。
「いや、いきなり他人が家族になったと言われても実感できないでしょ、いえ、はずです。説明しておきたいと思います。
……私はここから、山二つほど離れたところにあったアイラル村に住んでいました。ここのような大きな街とは違い人もほとんど訪れない小さな村で、作物を作ることと狩りで生活を成り立たせているところです。非常に穏やかなところでした。苦労もありましたし、辛いこともありましたが、皆精いっぱい生きてた……いました。
――邪龍に襲われるまでは」
「邪龍……」
「私の村は壊滅しました。生き残りは私一人よ、です」
何度か言い直しながら、それでも淡々とミーネが話す。鋭く暗い目つきは変わっていないのに淡々と話すため、言いたくはないが非常に不気味だった。最初の強気な鋭いイメージと違和感がありすぎる。
「なるほどねぇ~。そんで天涯孤独の身になったミーネちゃんをサクラさんが引き取るって事になったんだねぇ」
「はい。そういうことです」
「そうだったのか……」
何か気の利いたことを言いたかったが、そうそう出てこない。結局黒無は口をつぐんだ。
「なんで私を頼ったかってのは、昔ご両親と交流があったからだよ。かなり昔のことだけど、覚えててくれてよかった」
「母がよく話してくれたので」
「うん……ほんとに良かったよ。この世界は、ほんとにあっさり命が消えるから……。あなたのご両親のように」
「……はい」
「……?」
ミーネの両親はもっと前に死んだのだろうか。少なくとも今のミーネの口調からは両親を奪われた悲しみは感じられない。悲しみを受け入れている感じだった。邪龍に対しての怒りはありそうだが、それは隠しているだけか、それとも……。
そこで黒無は頭を振って思考を中断させた。考えて分かることでもないし、気軽に聞けることでもない。ミーネが何を思っているかは知りたいが、さすがに踏み込めなかった。アリスも空気を読んで黙っている。
「でも、今日からは私達が家族だから。私たちはそう簡単には消えないから安心してね」
「そうだな。いつ消えるんだろうな。そこの年齢詐欺師とか」
「くーろーくーんぅ? そういうこと言ーわーなーい」
「いぎぎぎっこ、のっ、く、そ、やめろっ」
「あはははぁ、クロちゃん、素直じゃないのー」
椅子から立ち上がった桜は一瞬で黒無の後ろに移動し、こめかみをぐりぐりと拳骨で押す。それを見て、アリスが笑った。桜の速さに目を見開いていたミーネも、釣られて少し頬をあげた。
錆色の微笑。それが気になるのはなぜなのか。
「クロちゃん、何処見てんのかなぁ? んふふふふぅ」
アリスが含み笑いをする。お仕置きが終わり、乱れた髪を桜にいじられながら黒無が仏頂面で睨む。
「わたし……?」
「……見てねえよ」
「ふふ。ミーネちゃん、黒くんは目つき暗いしこんな仏頂面だけど、いい子だから安心してね。ちょっとひねくれたところもあるけど」
「アリスもいい子だよぉー。そっちのひねくれおチビさんよりもぉー」
「そうね。アリスちゃんもいい子だわ。二人ともミーネちゃんのことよろしくね」
お前のほうがちびだろとは突っ込まない黒無だった。言っても意味が無いので。どうせ聞かないから。
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
ミーネが頭を下げた。まだ堅い様子。だが、いずれ外で話したように話してくれるだろうと黒無は期待した。
そこで、パンと桜が手を打つ。
「うん、よかったわ。これからよろしくねミーネちゃん。後は自由にしてね。私はこの二人に話があるから。
さて、いい子な二人とも。この食器に見覚えはないかしら」
いつの間にか桜の手には黒無とアリスが割ってしまったお椀があった。それを手に桜はニコニコと笑っている。ミーネはお椀を手に二人に詰め寄る桜の背中に鬼を見た。
「げ。隠したはずなのに。おい、アリス」
「知らないよぉ。ちゃんと隠したもん」
こそこそと話す黒無とアリス。そんな二人をスルーして、桜は言葉を続ける。
「このお椀が割れていたのは一体どちらが悪いのかしら」
「……アリスだ」
「クロちゃんだよぉ……」
じりじりと後ずさりする二人。
「そうね。聞けば、さっきの喧嘩の原因も責任の押し付け合いだったんですって? そういうときは、二人ともお仕置きね」
「悪いのはアリスだ!」「クロちゃんだよぉおお!」
二人は脱兎のごとく逃げ出した。しかし、一瞬で首根っこを掴まれる。
恐る恐る首を動かす。静かな般若がそこに居た。
「言い訳はそれだけかな?」
「ふざけろー!」「クロちゃんのばかぁー!」
二人の悲鳴が屋敷に響き渡る。
桜の説教は、夜遅くまで続いた。




