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消えない傷痕 前編 王妃視点

わたくしはディアナ・セシルが好きになれない。

有り体に言うならば、嫌いだ。

……その原因は、彼女の生母。

陛下の実妹であるシャルロット姫。

陛下と同じ金の髪に碧色の瞳を持つ、たおやかな美女。ディアナが成長したらこうなるだろうと思わせるほどよく似た母子。

違うのは紫の瞳のみ。

その瞳は――セシル公爵家の色。


かつてのわたくしの婚約者であった、アルフリート・セシルとおそろいの世にも珍しい紫水晶の瞳。



アルフリート様とわたくしが婚約したのは、アルフリート様が学園に入学する直前――十二歳の時。わたくしは十歳だった。

驚きはなかった。

幼い時分から、いずれアルフリート様と婚約するだろう事は聞かされていたから。

セシル公爵家の始祖は、ローゼリア初代国王の妹君である。

彼の姫は当時兄の騎士であった男を婿に迎え、セシル公爵家を興した。

大公家ではないところが、王妹であった彼の姫の思慮深さを感じられる。

たとえば大公家を興した場合、王に不満あるものや王の身に何かあったとき、周囲の者たちに担ぎ上げられてしまうだろう。

だが、公爵家であったならば。臣下に降ったのだと、その名を以て宣言したも同然。


そのセシル公爵家は、ローゼリアでは特別な立場にある。

彼らの紫の瞳がその理由だった。

初代国王とセシル公爵家の始祖――兄妹は、揃いの紫の瞳を持っていたらしい。

建国から百五十年の歴史の中で、王家の紫は失われ、セシル公爵家のみが紫を抱く家として続いている。

それにより、セシル公爵家こそが真の王家と崇める最古参の家系も存在するくらいだ。

わたくしの生家であるイルランス侯爵家が、その家系である。

セシル公爵家に仕えるがごとく、わたくしたちはセシル公爵家に忠誠を誓っていた。それは王家に対する以上に。

そんなわたくしがセシル公爵家に嫁ぐことは、光栄なことであった。


それだけでなく、わたくしはアルフリート様を恋い慕っていた。

幼い頃から――それこそわたくしが生まれる前から。母親同士が学園の同級生であった縁を手繰り、アルフリート様はわたくしの兄と仲良く育たれた。

アルフリート様は彼よりもひとつ年上のわたくしの兄――ジェラルド・イルランスを実兄のように慕っていた。

セシル公爵家にはもう一人、アルフリート様の姉上がいらした。

ブルネットの癖のない髪に、紫の瞳のアルフリート様の二歳年上のコーネリア様。

わたくしはコーネリア様を実姉のように――というには家格や忠義の壁があったのだが、いずれ義理の姉妹になるだろうという互いの家の思惑もあり、仲良くしていただいた。


わたくしたち四人は、幼い頃からすでにきょうだい同然であった。

わたくしに限ってはアルフリート様への淡い想いが生まれていたし、それは順当に育って婚約する頃には確かな恋心になっていた。

コーネリア様にも兄のジェラルドにも、相応の婚約者があった。

コーネリア様の婚約者はさる公爵家の嫡男様。兄の婚約者は、当時は大公孫であったシャルロット姫。

いずれ降嫁されることが決まっており、中立派筆頭といわれる我が家がシャルロット姫の降嫁先に選ばれたのだった。


現在のローゼリアの貴族は、主に三つの派閥に分けられる。

ひとつはセシル公爵派。

別名、王族派。あるいは王権復古派。王権復古派というのは現王――わたくしが嫁いだフェルナンド様の御代になってから言われ始めた名称である。

初代王の血を尊び、古きを守り続ける伝統的な家系。主に建国時から続く家柄の者たち。……融通の利かない、頭の固い一派でもある。


ひとつはリース公爵派。

現在の議会議員が多く属する派閥。

建国から暫くした頃、台頭してきた家たち。実力主義を謳い、実際に優秀な者たちが揃って仕官している。

その分、血筋を重んじるセシル公爵派の貴族を軽視しがちであり、水面下の諍いが耐えない。


それから、中立派。

どちらの派閥にも属さず、日和見を決め込む者たち。

あるいは、どちらかの派閥に属する必要もないほど地位が確立しているか――どちらの派閥にも必要とされない家が属する。

前者の場合、それこそ建国時から続いている、他の追随を許さぬ私財があるなどのどちらかにつけばバランスを損なう虞のある一族など。

後者の場合、仕官する一族の者が少ない、新興が過ぎるなど、派閥に受け入れても利にならない場合。


イルランス侯爵家はセシル公爵家に忠誠を誓ってはいたけれど、いや、だからこそ。いざというときのために中立派に属していた。同じ派閥にひとかたまりになれば、一網打尽にされるだけだから。

中立派筆頭と呼ばれるほど、我がイルランスの人間は代々陰ながらセシル公爵家に対する折衝の役割を密かにこなしていた。



何事もなければ。

わたくしはアルフリート様に嫁ぎ、シャルロット姫はわたくしの兄のジェラルドに降嫁するはずだった。

……何事もなければ。

戦争が起きたのは、わたくしが十二歳の時。

アルフリート様やシャルロット姫が十三歳で学園に通い始めて一年が経とうとしていた頃。

兄は十五歳で、やはり学園の二年生であった。

コーネリア様は十七歳と花の盛りであり、翌年に婚約者との結婚を控え、学園には通わず社交に励んでらした。コーネリア様の婚約者は十歳以上も年上だったこともあり、学園での研鑽を待たずに嫁ぐことが婚約成立時から決まっていた。


なのに。

戦争がすべてを滅茶苦茶にしてしまった。


開戦時はそれほどの脅威を感じてはいなかった。

戦争という言葉自体、建国時の争乱以降の国内では使われなくなって久しかったから。

小さな小競り合いであり、すぐに収束するだろう、と。

それが次第に――戦争が長引くに連れ、ただ事ではないと誰もが悟り始めた。

そして、すぐにアルフリート様が戦場へ行くことになった。

理由はひとつ。

その血筋。

王族の方々が直々に戦場へ行くなどあり得ぬ。臣下でありながら王族に準じる血筋を持つセシル公爵家の嫡男が、代理の旗印となれ、と。

王の命令であった。

同時に、その頃になってようやく、戦争を仕掛けてきた周辺諸国の旗頭が王の腹違いの王兄――庶出の王兄であるとわたくしたちにも情報が回ってきた。

当時御年四十七であった王のひとつ上の兄君。

平均寿命が五十五歳であった時代に、その寿命を目前にして反乱を起こした王兄。

腹違いの王兄であった彼は、王位の簒奪を狙ったのか、あるいは憎しみ故か――王兄には、特別爵位も地位も与えられなかった――諸国を巻き込んでローゼリアに反旗を翻したのだ。


学園に通っていた者たちは当然のように解散し、故郷を守るために王都を後にした。

そしてそれは、わたくしも。

わたくしは公爵家に嫁ぐものと考えられており、コーネリア様同様、学園に通う予定はなかった。

その代わりのように王都のセシル公爵邸に通い、様々なしきたりをアルフリート様たちの母上様から教わっていた。

セシル公爵家は長く続き、その血筋も守られてきた分、他の貴族に比べて覚えるべきしきたりが多くあったのだ。

そのため、王城で役職にある父と学園に通う兄を支えるため屋敷の采配をする母と共に王都に逗留する期間が長かったのだが、アルフリート様が戦場へ発たれた後、母と二人でイルランス侯爵領へ戻ることになった。……兄を置いて。


兄は、アルフリート様を弟のようにかわいがっていた。

だからだろうか。

戦場に、アルフリート様の補佐として共に発ってしまったのだ。

わたくしはアルフリート様を見送ったその日、その隣に立つ兄の姿にそのことを初めて知った。

両親がそれを許可したとのことで、わたくしに兄を止める手立てはなかった。

すでに正式に軍に所属してしまった兄。

もし、撤回すれば。

それは軍規違反による処刑ないし厳罰を覚悟することと同義だった。

見送るしかなかった。

無事の帰還を祈って、本人たちに懇願するしか。



そして。

戦争は意外にもアルフリート様たちが発ってから一年を経たずして終結した。

彼の大国が介入した結果だという。

それでも、戦禍は大きく。

わたくしにとって、戦後に起きた事象の方が衝撃的だった。

まず、兄が戦死したと報告があった。

本来ならば、死ぬはずのなかった兄。

なぜならば、貴族の嫡男であり、旗印のアルフリート様の補佐だったから。守られる立場に変わりはなかった。

なのに、死んでしまった。

遺体は、戻らなかった。


戦時中、王都でも災禍があった。

流行病に、次々と王家の方々が罹患し、王をはじめとする多くの王族が亡くなられたのだ。

次に玉座に就いたのが、わたくしの夫となるフェルナンド様の祖父君。

反逆者である王兄の異母弟――亡くなられた王の同腹の弟で、大公の座を与えられていた方。

その方が王になり、フェルナンド様は大公孫から王孫となられた。

……それもまた、いずれわたくしの命運を変えることになる出来事のひとつ。


戦後、周辺諸国から賠償金を得、大国との交渉により国内で採れる鉱物を輸出する代わりに軍の派遣、いざという時にはローゼリアに味方をする、などの交渉がなされたらしい。

わたくしはその頃は何も知らず、兄の死を悼んで喪に服していた。

名誉の戦死と言われ、弔問客がひっきりなしだった。

正直な話、そっとして置いて欲しかったし、反面、兄の戦場での話を聞きたくもあった。



兄の喪が明けたのは一年と半年後。

その後も領地の屋敷で母と慰め合って緩やかに生きていたわたくし。

気がつけばあっという間に三年の月日が経っていた。

アルフリート様やセシル公爵夫人、お友達とは手紙のやりとりをしていたため、会わずともそれほど心の距離を感じてはいなかった。

その当時、わたくし以外にも喪に服していた者は多く、特に親を亡くした貴族は三年の服喪期間社交界への参加を出来る限り控えるのがマナーだったため、わたくしが特に目立つということはなかった。


ただ。

それでも世情は動くのだ。


三年という大半の喪が明ける頃を見計らったように、大国から王家の姫の輿入れ要求があった。

本来なら、喜ぶべき事。

ローゼリアは小国であり、大国と縁続きになれる絶好の機会。それも、嫁ぐ相手は王太子。

だが、流行病で王族が次々に死んでいったため、大国を侮辱しているととられずに嫁がせられるだけの格を持つ姫は一人しかいなかった。

――シャルロット姫である。

大公孫のひとりであった――そして、王の孫姫となったシャルロット姫。

さらに、婚約者であったわたくしの兄、ジェラルド・イルランスが既に死んでいる。

誰も文句のつけようのない縁談だった。


なのに。

シャルロット姫が泣いて拒んだのだ。

王は孫姫に非常に甘く、当時王の専制が日常であった国内で、シャルロット姫に無理強いすることはできなかった。

そして、次に目を付けられたのは。

――コーネリア・セシル。


その血筋、育ち、容姿、あらゆる点で王家の姫として見劣りすることもなく。また、まだ未婚の処女おとめであったことが最大の理由として、シャルロット姫の代わりに持ち上げられてしまった。

大国に打診したところ、コーネリア様でよいとの返事があった。

結婚を目前に婚約は破棄され。

コーネリア様は王城に迎え入れられ、王の養女とされた。

わたくしがそのことを知ったのは、またしてもコーネリア様が発たれる直前。

今度は面会すら許されぬまま、わたくしは兄に続いて姉を失った。

終戦後から五年目――コーネリア様が二十二歳の時、わたくしが十八歳の時のことだった。


その頃の女性の結婚適齢期は十八歳から二十五歳。

コーネリア様は大国に嫁ぐと決まった時点で、戦争によって延期されていた婚約者との結婚を数ヶ月後に控えていた。わたくしも出席する予定だった。

だが、国を代表して嫁ぐ以上、様々学ぶことがあり、婚約を破談にした後は王城にこもりきり。逃亡をおそれてか、実家にすら、一度も帰ることは許されなかったという。


わたくしはコーネリア様が嫁がれるのを端から見送ったあと、セシル公爵家に顔を出して――。

兄とも慕った婚約者であるアルフリート様から衝撃的な話を聞かされた。

わたくしとアルフリート様の、婚約破棄。

理由は、シャルロット姫を娶るため、と。大国へシャルロット姫が嫁げぬ理由として、王はよりにもよって、アルフリート様と男女の関係にあると伝えてしまったそうだ。

つまり。

そのシャルロット姫を娶らないとなると、大国に喧嘩をふっかけたことになる。

嘘は真実にしなくてはならない。

わたくしは呆然としてアルフリート様の誠意あふれる説明と謝罪を聞き、そのまま意識を失った。


目覚めると王都にあるイルランス侯爵家のわたくしの私室で。

わたくしはセシル公爵家の客室でないことに絶望した。

あの家にとってわたくしは、すでに屋敷に逗留させてはならぬ者に成り下がっていた。

それも仕方のないことではあった。

王孫姫殿下を迎える屋敷に、婚約者のわたくしが寝泊まりするなど――。


わたくしは声を押し殺して、ベッドの中に籠もって泣き続けた。


短編時よりも登場人物が増えてしまったので、簡単な登場人物紹介です。



ルイーゼ・イルランス

侯爵令嬢

後の王妃

アルスの母


フェルナンド

大公孫

戦後王孫に

後の王

アルス、カイルの父


エリノア・ダールトン

伯爵令嬢

フェルナンドの婚約者

後の側室

カイルの母


アルフリート・セシル

公爵子息

ルイーゼの婚約者

後のセシル公爵

ディアナ・セシルの父


コーネリア・セシル

公爵令嬢

アルフリートの姉


ジェラルド・イルランス

侯爵子息

ルイーゼの兄


シャルロット

大公孫

戦後王孫

ジェラルドの婚約者

後のセシル公爵夫人

ディアナ・セシルの母



お読みくださりありがとうございました


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