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Trace of the resonance  作者: Lyric a little lies
16/29

16.彼らの4月

貴樹が部を去ってからの3月はあっという間であった。


空気のようにそこにあった貴樹のキーボードや機材がなくなるだけでこんなにも部室が広く感じられるなどと誰も思いはしなかった。


3月15日に終業式が行われ、学生たちはそれぞれの春休みに入る。


進学を希望する者は課外での授業の密度が増え、それを望まないものは軍への体験入隊が実施される東都軍事支援学校へ赴く。


それすら望まずに自分の道を歩むものは休みを満喫するか、違う道のために修練を積む。


美空ヶ丘には提携する大学が3校ほどあり、進学を選べばエスカレーター式での進学も望める。受験などと勉学に力を入れる必要は、3年次の夏過ぎからでも十分に結果を得られるのである。




貴樹の卒業を機に、綺音たちは少しずつ校外でのライブ活動を行うことを始めていた。


卒業式の日に貴樹と行った予定外のラストセッションで美桜と優斗はそれ相応に力不足を感じてより打ち込むようになっていた。


紘子は貴樹に習う形で作曲を始めた。


そして、綺音は自分のペースで歌と向き合っていた。


おそらくこれから先彼らに話すことは早々にこないだろうと思っていたこと。クアトロでの演奏活動を春休みの間は繰り返していたのだ。


その時々に水巻の姿があった。


そうやって3月は過ぎ去った。2週間強の時間は十分彼らを強くした。


4月。


美空ヶ丘の4月は早い。


4月5日に始業式が行われる。美空ヶ丘においては慣例であり、趣深い行事でもある。


この地にこの美空ヶ丘高校が開口されたのはおおよそ60年前の4月5日と言われている。


それにより、始業はいかなる曜日であってもこの日に行われる。


たまたま今年は休日にあたる日がその始業の日であった。


普通の生徒ならば、ここで久しぶりにお互いの顔を見るわけだ。


だが、彼ら「Peace Generation」の始動は少し前のことだった。




綺音の携帯に水巻からの着信。それに気づいたのは3月も最後の週、あと3日を残して4月に入ろうとした日のことだった。


電話越しに水巻の優しい声が聞こえてくる。


『もしもし』


「あ、水巻さん」


『わかる?あの・・・唐突で悪いんだけど』


「なんですか?」


『Peace Generationとしてうちでライブやってみないか?』


「えっ?」


『ライブだよ』


「・・・ちょっと待ってください。嬉しいですけど、でも急になんでですか?」


『事情・・・うーん。ちょっとフレッシュな顔があってもいいかなと思ってね』


「それって、冗談でしょ」


『わかるか』


電話の向こうの水巻は、ことをうまく説明できる状況ではないのか、ただ会話が不器用なのか、それとも電話で伝えることが単に苦手なのか判然としなかった。


「私は、いいんですけど」


『お、よかった。』


「ほかのメンバーには確認とってないし」


『それなら問題ない。こちらですべて済ませたんだ』


「えっ?」


『驚かなくても、全員快諾してくれたから』


「水巻さん何か仕組んでないですよね?」


『いいや。また見たくなったんだ、君たちの描くライブ』


安心したのか水巻の声は少しはずんでいた。


「たいそうなこと言いますけど、何も準備してないんですよ」


『大丈夫、ばらばらでいいから今の君たちの不器用な音楽を見せてくれ』


「・・・わかりました」


『ありがとう。日時は後でメールしておくから確認を。曲目は部長殿から連絡あるはずだよ』


「はい」


『それでは』


「あの・・・」


『なにか』


「いえ、よろしくお願いします」


『うん、こちらこそよろしく頼むよ』


そういうと水巻は電話を切った。


「唐突にことを進めるって、なによ・・・」


ふぅと大きく息を吐いて綺音はベットに横たわった。


間もなく、携帯からメールの着信を教える鳴動が聞こえた。


それは、ライブの日時を記載した連絡メールだった。


4月・・・1日。クレイドル。


しばらく間をおいて再びメールの着信。


それは紘子から演奏する曲のデータが添付されたメールだった。


「聞いたことのない曲・・・」


あまり上手ではないけど、初めて紘子が書き起こした曲だった。


添付データを解凍し、携帯にイヤホンを装着してその音源を確かめる。


聞こえてきたのは4つの音と2つの声。


紘子、楽器自分で演奏した・・・・・・?


できるだけ細心に注意を払いながら音を聞き分ける。きれいではない部分は自分なりにギターのアレンジを展開することで補えることを理解できた。ベースも優斗の演奏するレベルではないもののラインは理解できる。ドラムだけはしっかりと芯のある音だ。ここは紘子のパート。美桜のパートと自分が演奏するであろうパートは鮮明に分かれているのもわかった。


ただ、聞きなれないこの声は誰のものなのか、すぐには判然としなかった。


自分で歌うことになるであろうそのメロディラインをしっかりと記憶に刷り込む。時間は少なくとも完成できるだけの時間はあった。


3日で完成。


普通に考えて馬鹿げていると思いながら、綺音はその日のその時間から、紘子に渡された音源だけに打ち込み、4月1日に備えた。




そして、彼らの4月が始まる。


4人のPeaceGenerationのスタート。初めての4人でのライブ。


東都の小さなライブハウスである『クレイドル』において彼らの本当の物語が動き始める。


のちに東都戦争と呼ばれる戦争の終結の10か月前の出来事である。



同様にデータを受領していた美桜と優斗も自分が担当するパートの練習を開始していた。


紘子からは3月31日に部室で合わせるとの打ち合わせだった。


それまでの間彼らは一度も顔を合わせていなかった。


部室に集まる時間は少し早くなるが、少しの時間しか与えられなかった彼らにはちょっとだけ時間がほしかった。2週間ほどの時間しか経過していないのに少したくましくなっている気がした。


紘子の動きがそれを物語っていた。


「明日が本番でしょ、準備いいの?」


「もちろん」


優斗は一つ返事で答える。


少し伸びた髪が、綺麗に見えなかったことが紘子の癪に障ったため、優斗にだけ紘子はその言葉を浴びせた。


すでに綺音と美桜は発声練習を済ませ準備していた。


もともとPeaceGenerationはツインボーカルになっており、コーラスの担当はなかった。


ボーカルは当初は美桜がになっていたのだが、綺音の加入で二人がボーカルをすることになった。


それも、貴樹のアイディアだった。どことなくいなくなっても彼が残したものはここにあるとわかる。


美桜の歌唱力が劣るというわけではないが、コーラスには不向きな声質であったのも事実だった。


身に着けるまでは時間がかかると考えた、だから二人にやらせようと考えたのだ。


優斗はゆっくりとスタンバイをして、チューニングの最終確認をした。


アイコンタクトで準備が整ったことを伝えると、ばらばらの4つの音は、ぎこちなくだが演奏をはじめた。


時間はすぐに経過した。


何度同じパートを繰り返したのか、幾度声を出したのか、単純な複雑作業を何度も繰り返し、今できるすべての音を彼らなりに出し尽くした。


気付けばもう日が傾いていた。


「お疲れ様」


時計が5時を指していた。夕方の5時である。


紘子は自分が当初決めていた時間になったことを知らせた。


演奏の途中の唐突な中断に全員が驚いた。


「どうしてやめるの?」


美桜が紘子につっかかる。


「時間よ、それともまだ手は動くの?」


「だ、大丈夫よ」


ギターを握る美桜の手は少し痙攣していた。


「意地を張らないで、私はもう今日は限界。」


紘子は素直に自分があきらめることで皆に無理を強いないことをアピールした。綺音はそれにすぐに同意した。美桜は悔しそうに、静かにギターを置いた。


「おい、紘子。勝手じゃないか?」


優斗はまだ元気があるのか、練習の継続を訴える。しかし、それは虚勢だと紘子が一蹴する。はっきりとここまでものを言うことがあったかと優斗は少したじろいでいた。きっとそこには責任というものがあって、みんなを気遣う気持ちと演奏がうまくいかない歯がゆさがあるからだ。優斗はそこまでを理解できなかった。


「優斗、もういいよ。このまま続けたら私も明日声が出なくなるから」


綺音も優斗に限界を訴える。そうすることが自分たちがつぶれないための最善の策であるからだ。


「どいつもこいつもだらしねーな。明日、魅せるんだろ、俺たちのライブを。水巻さんだって期待してて・・・」


「優斗!」


「な、なんだ・・・よ」


声を上げたのは美桜だった。


「やめてよ。気持ちわかるから。」


気持ちよく演奏して、いい音を届けたくて一生懸命になって練習する。それは何も悪い事じゃない。当たり前のことだ。だが、パフォーマンスの限界を無視してまで積み重ねることには意味がない。


優斗だって理解していないわけではない。ただ、うまくいかないことが悔しかった。


一向に合わないそれぞれの音。水巻はきっと理解していた。こうなることさえも予見できたのだ。


意図的と思える締切ギリギリのアプローチは明らかに彼らを試すための行為だった。


リーダーの必要性と、それを支える精神的な強さ。それらが必要だった。


紘子がそっと口を開く。


「優斗、ありがとう。気を張ってやりすぎたんだよ」


「あ、ああ」


「きっと明日のライブはうまくいかないよ。それでもいいから、今あるすべてを出し切れるようにはしたいんだ。だから、無理は絶対にさせられない。」


「わ、わかった」


優しくも強い語気で紘子がみんなに語りかけた。綺音はただうなずいた。


「よし、じゃあ今日は解散」


彼らの中に不思議と不安は広がらなかった。肩の荷物が降りた、むしろそういう感覚が強かった。


静かに、夜は更け、朝が来る。


ライブは18時から。


解散する前に紘子から2つ伝えられた。


一つは、本番まで楽器を演奏しないこと、ただし、イメージはしっかりと作ってくること。


そして、もう一つは4人になったPeaceGenerationに新しい名前を付けること。


みなそれに同意した。後者のほうは、今このバンドがもつ意味と、託す曲になぞらえてこう名付けた。


『PeaceGenerationFour』・・・平和な世代、4人の世代。絶えない戦争を、ただ映像を通じて伝えられるだけの偽りの平和の中を生きている。だが、本当に平穏な世の中が来ることを願って彼らはそうつけた。


そして、これ以上誰もいなくならないことを願い4人の意味で『Four』と付け加えた。


本意を隠すために通称は『PeG4』、『ペグヨン』とした。


学生としてはまだ、この戦争に肯定も否定も意見を持たないことが平穏に生きるためのすべであった。


ある意味彼らはそれを放棄することになる。


紘子からの提案を快諾し、それぞれの帰途につき、そして、『クレイドル』で再度顔を合わせた。


それは昨日紘子が演奏をやめるように決めていた夕方5時、17時のことだった。


揃ったペグヨンのメンバーの顔は心なしかやわらかかった。


遠巻きに見ていた水巻が普段はサボってつけないクレイドルの日誌にそう記した。


ライブまであと1時間。本当の意味での4月が彼らの中で始まりを告げる。昨日のうまくいかなかった記憶のせいかペグヨンのメンバーには元気がなかった。それが練習のためか、緊張のためかは顔の色からは判別ができなかった。鼓舞するように紘子は声を出す。


「大丈夫、できることやればいいから」


どうにかしたいという気持ちとは裏腹に心理的プレッシャーに紘子は少しばかり弱気にならざる得なかった。5人でいたころはここまで気持ちに負荷がかかっていたのか不思議なくらいわからなかった。


優斗は黙々とチューニングを合わせ始めた。


普段はよく喋る優斗も久しぶりのライブで緊張しているのだろう。手が時々震えてうまく音を合わせられていなかった。


時間がかかるなと感じたのは、美桜や綺音も同じだった。緊張をほぐす方法なんて何もないんだから。


貴樹がいたらどんな言葉を言ったのか、心理的支柱が貴樹だったことに紘子は今更気づいた。


ほんの数週間それぞれの思いで過ごした時間なのに、成長したと思ったのに、離れていた時間を後悔さえしてしまうほどだった。


クレイドルの楽屋には、ほかにも出演するバンドがいるらしくすこしあわただしかった。と言っても、ここで演奏をする常連ばかりなのだが、学生バンドである『Peace Generation Four』にとっては少し異質な空間だった。


今日の出演は5組に加えてペグヨンがオープニングアクトを飾るという構成だった。


演奏は2曲を指定されていた。


時間別で楽屋入りの時間が異なるわけだが、ペグヨンの次に出演するバンドメンバーは半分くらいが到着している程度だった。当然最後に演奏するバンドはまだ到着していなかった。




紘子たちを不安にさせたのはどんな客層が来るかということもあった。当然音楽にうるさい客もいるだろうし、そうでない人も見に来るのではと。


過度な不安は演奏の質を落とすだけだと貴樹に言われたことを思い出しながら紘子は一人一人の肩をたたいた。


綺音がその行動にふっと微笑み返した。


「どうしたの?」


「珍しく紘子が一番緊張しているみたいだから」


「そ、そうかな・・・。」


顔がすっと赤くなる。こんなに弱かったかなというくらい紅潮していく。


「ねえ、今更聞くんだけど・・・」


綺音が今更なんていうことは珍しく、紘子はドキッとした。


「この曲、どんな思いで書いたの」


「それは・・・」


曲を渡された時には聞かなかった、みんなで練習をしたときには聞き出せなかった。だから、自分なりに考えて今更なんだけど・・・そんな綺音の言葉は精一杯の優しさだった。


「伝えたかったんだ・・・。好きな人と離れていくことの寂しさとか・・・」


「ふふっ」


「な、なんで笑うの!?」


「紘子らしくないから」


「そんな・・・」


「ベタなラブソングじゃないし、メッセージソングでもないし・・・。なんかさ」


「なに?」


「かわいいからさ」


綺音という人がどんな人かを紘子は深く考えたことはなかった。どうして美空ヶ丘に転校してきたのか、どうやって音楽をやってきたのか、美桜や優斗とは違う音楽の方向性を持っていることは理解していた。もしかすると自分と違う音楽の方向性なのかということも。


それでも何一つ厭を言うこともなく続けている。その彼女が言うかわいさって何なのかを自分が今一つ理解できていなかった。


「その・・・すっと言葉と音楽が出てきて、それを起こしたらこんな曲になったんだ」


「そっか。わかった。ちょっとでも伝えられるように歌うから」


「えっ・・・」


「曲のタイトル決めたの?」


「まだ」


「だったら、私に任せてくれる?」


「えっ」


綺音は美桜と優斗を手招きした。


ふっと気が付いて集まる。


開演の15分前だった。


気付いたらこんな時間だったんだと、美桜は少し焦った。優斗もドキッとしていた。


「時間のことじゃないよ、曲のことだよ」


綺音が始める。


「なに?」


美桜は時間の余裕のなさに不安な顔だった。


「紘子のこの名前のない曲のタイトルを決めたから」


「今更?ってそういえばタイトルなかったな」


優斗はそれすら気づくことがなかったのか、はっとして聞き返した。


Resonanceレゾナンス


不明な英単語を話した綺音に優斗は意味が分からないと首をかしげた。


「英語は苦手だからさ、どんな意味なのさ?」


その疑問をそのまま言葉にした優斗。ただ、紘子も美桜もいまいち理解していない表情だった。


「直訳で共鳴って意味、どう?」


綺音のセンスは時々卓越していると思うことが紘子にはあった。そして、この意味を与える理由をすぐに理解できた。


「それがいい。そのタイトルでお願い」


紘子がすぐにこたえる。うれしかったのだ。自分の思いが迷っている中で出てきた曲に意味を与えてくれるセンテンスがほしかったのだから。


メンバー全員が強くうなずき、了承を現した。そして、再度確認で曲目を語り始める紘子。最後に、


「2曲目は、貴樹とセッションする予定だった曲。これで構成はきまりだから」


「OK」


「文句をいう余地はないから」


それぞれに構成の確認にも了承を出す。そんな中で自然と体は軽くなっていた。時計は、開演の18時を間もなくさそうとしていた。


5分前、ステージに上がるように水巻が現れた。


「いいか、ステージに上がってくれ。」


「はい」


帰ってくる返事を聞いて水巻は安心した。


「慣れないだろうが、オープニングを任せる意味理解してくれてるよな?」


「十分です」


「よし、頼んだ」


楽屋から駆け出す4人。水巻はその背中を見送った。楽屋にいた他のバンドから水巻に声がかけられた。


「水巻さん」


「なんだい、水上」


「えらい緊張してたけど、大丈夫なのあの子たち?」


「ああ、大丈夫だろ」


「それなら、いいけど・・・。」


「そういう、水上も今日はまだ相方来てないけど大丈夫?」


「あいつはもともと入りが遅いから慣れてますよ」


「なるほどね」


「期待しているんですか?」


「してないというと嘘になるね」


「ふぅ~ん」


「悪くないだろ、高校生バンドっていうのも」


「フレッシュでいいかと」


「楽屋のモニターからで申し訳ないけど、少し聞いてあげてくれ」


「わかりました」


 水巻と会話をしたこの男は、二人組のギターバンド「ベッピンズ」の水上である。モニターの向こう、ブルーの照明が入ったステージに彼らは現れた。


 最後のチューニングの後、水巻の軽いMCを挟んで演奏を始める。水巻がブースに戻るまでの少しの間で、彼らは観客の中に知った顔が多いことに気づいた。ただ、ほの暗くてはっきりとは判別ができない。


 高鳴る緊張の心音。ブースに水巻が到着し、ステージの始まりを知らせるMCが入った。


 綺音たちの視界に入ってきたのは、美空ヶ丘の生徒たちの姿だった。驚きを口にできず、視線だけが泳いでしまった。紘子も、優斗も、美桜も…そうみな同じ驚きを感じてた。それぞれが所属するクラスの生徒がクレイドルを埋めていた。客席の隅のほうには綺音の担任をしていた武藤がいた。


 少し微笑んで手であいさつをする。それが余計にあわてさせた。武藤が計算してやっていることじゃないのは知っているが、アバウトな性格がまんまとあらわていた。武藤の指示でというか、意向で来れる生徒だけ集めたような形だったとはいえ、その規模にしては人数が多かった。副担任の小嶋も口利きしていたらしく、小嶋と親しい生徒も姿が見えた。少しうれしくなったのと、水巻のことを卑怯な人間だなと思った。それは悪い意味ではなく、なんだろうか大人のいたずらだと彼らはとらえた。


 客席を眺めている間に水巻のMCは終わった。あとは打ち合わせ通りに始めればいい。MCは綺音の一言で始める。リーダーはこういったときは寡黙であるものだ。


「こんばんわ、クレイドルへようこそ」


緊張して少し声が上ずる。


「え…、初めましての人・・・ばかりですけど、よろしくお願いします!」


思い描いていた言葉が出てこない綺音。


「私たちは、PeaceGenerationFourです。クレイドルで演奏するのはえっと、このメンバーでは初めてになります。なれないところありますが、聞いてください」


曲へつなぐところまでで精一杯だ。紘子はそれでも我慢する。声を出したいのは誰だって同じだ。でも、実際の勝負は、曲なのだから。


「Resonance」


曲名を告げた綺音。ステージの照明が一度青くなり、紘子のリズムをとるドラムの音で始まる音の連鎖と共鳴。


ある意味奇跡的と言っていいほど紘子のたたくドラムの音で緊張がほどけていった。


ギター、ベース、ドラム。キーボードがなくなったペグヨンの音は前とは違った形でクレイドルに響いた。


綺音は思い出していた。文化祭のあのステージ以来武藤には自分の音楽を聴いてもらっていなかった。


明誠高校時代は、一人で歌っていたこと、仲間に裏切られたこと。そして、決定的な別れがあったこと。そのすべての記憶が今につながっていることを思い出せた。


曲の序盤は美桜が担当するボーカルパート、いつもより伸びがあり声量豊かな声が綺音にも伝わる。サビは、二人で歌うパート。ツインボーカルらしいハーモニーが優斗にはより心地よく感じられた。


中盤からは綺音。そして二人…、たった4分足らずの曲なのに、昨日練習を繰り返した時間よりも長く感じた。そして、気付いた時には走り切っていた。


客席の奥で武藤がうれしそうに笑って拍手をしている姿が見えた。


上手に歌えた自信は彼らになかった。でも、それでも胸を張ってオープニングという役割を全うした。


次の曲のこと、そして楽屋に下がってからのことは記憶に残るほど鮮明ではなかった。


頭の中が真っ白な状態で、ただひたすら演奏をしたような、ぼかして表現するレベルでしか覚えていなかった。


深々と演奏を終えた後の礼をして、楽屋に引き上げた後の会話はその記憶のおぼろげさを物語っていた。


「お疲れ様、よかった?」


「ん、たぶんよかったはず」


優斗と美桜のおぼろげな様子がわかった。それを聞いて綺音も自分があまり覚えていないことに気づく。


「最初の曲名を言ったところまでは・・・覚えているけどあとは・・・」


メンバーは感想を口々に言い始めた。それを聞いていた次の演奏の水上が声をかけた。


「お疲れ様。いい演奏だったよ」


「あ、ありがとうございます・・・ってどなたですか?」


「あれ?覚えてない?次に出るベッピンズの水上だよ」


「あ、ああ、水上さん」


水上が声をかけたのは紘子だった。紘子はたどたどしく言葉を返す。


「なんかさ、すごく昔を思い出したよ。俺たちの曲も聞いてくれたらうれしい」


「はい」


「ほんと、お疲れさん。」


水上は紘子の肩をポンとたたいた。


歳はいくつくらいだろう、紘子はふと思った。5つくらいは離れているのか。少しやせて、でも声はしっかりした優しい感じの青年だった。


「うちはいつも相方が遅くってね」


「そうなんですか」


「君たちくらい緊張感を持ってくれていると待つ身としては楽なんだけど・・・」


そんなところにバタバタと楽屋へ駆け込む音が聞こえてきた。


「あいつが俺の相棒さ」


息を切らして入ってくる一人の男、重そうなハードケースを抱えていた。赤いジャケットにカーキのパンツ。なんだろうかすごくアンマッチだ。


「水上、すまん!また遅れそうになった」


「今日はバスのせいか?それとも・・・」


「水道工事で・・・」


「もういい、用意して用意」


「あ、おう!」


なんとも調子のいい男だ。ペグヨンのメンバーは誰もがそう思った。


「えっと、この若者たちは?」


「オープニングの子たちだよ」


「えっ?ニューカマーか。もう少し早く来ればよかった」


「なんだよ」


「よろしくってだけ」


「聞いた俺が悪かった。石田。行くぞ」


「あ、ああ。じゃ君たちまた」


まったく服のセンスのない石田という男は水上につれられてステージへ上がっていった。


「優斗、あんな人間になったら嫌だからね」


一部始終を見ていた美桜が優斗にくぎを刺す。


「なんで?」


「だって、優斗も一部服のセンスないし」


「関係ないだろ」


優斗は片づけ終わった状態で美桜の会話に応じる。


さっきまでの緊張が嘘みたいな楽屋の風景に一同安堵した。


水上に勧められたこともあり、綺音たちはベッピンズのステージを見ることにした。


客席へ向かうと、仲間たちに優しく迎えられた。ホッとした。本当にふっと息が抜ける気がした。


相変わらず客席奥で武藤が笑っていた。


武藤のもとへ行こうとした綺音はジェスチャーで来ないように言われた。少し話したかったのに。残念な気持ちと大人の配慮というものを感じた。


ステージではベッピンズが演奏を始めていた。


お笑いロックバンドを標榜する彼らのステージは少しギャグがすべりながらも、慣れた演奏で観客を沸かせていた。


数日すればここで始まった特別な日のことも学校で話題になる小さな会話の種でしかない。


彼らにとってそれは通過点であり、プロセスの一部なのだ。


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