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Trace of the resonance  作者: Lyric a little lies
11/29

11.3月1日(1)

各々の進路が確実に決まったわけではない。


そう言い切れる状況がまだ貴樹が在籍するクラスの中にもあった。


そんな中では貴樹は特別な浮いた存在だった。


貴樹も生まれて音楽に触れる機会がなければこの道をたどらなかったんだろうなと思うことはしばしばあったのだ。


15も歳が離れていた姉が残したシンセサイザーがなければ、貴樹は音と出会うことはなかった。



貴樹の姉は、米都に音楽留学をしていた。帰国の折には小さな貴樹に音楽をずっと語り、弾いてみせ、弾かせていた。そんな影響もあってか、貴樹の母も特別に貴樹をかわいがった。


だが、戦争はすべてを飲み込んでしまった。


米都が欧州の襲撃を受けて被災した際に、姉も被災した。


五体無事で帰ってきたかと家族は安心したが、そうではなかった。


外見の無事とは、彼女にとって最大の不幸だった。聴力を失っていたのだ。


帰国して以来、貴樹の姉は音楽に触れることすらなかった。音を求めて貴樹が寄って行っても相手にすることもしなかった。


心が折れた彼女は、帰国から半年でこの世を去った。自殺だった。



物心がついていた貴樹にとって衝撃的なことであったが、それに合わせて音楽を強く志すようになった。姉のようにとまではいかなくとも、自分が作る音楽を姉に届けたいという一心であった。



クラスの中では3分の1が自分の志望をかなえていたが、その残りはまだ自分たちの道を決めきれずにいたのだ。表向きは平和な世界でも、外界ではバーチャルの域での戦闘が続いている。



東都の住民が暮らす居住地区では、国際法によって非戦闘地域と指定されていた。そのため、超上空での戦闘が行われていたとしても、戦争の被害を受けることは皆無といってよかった。


その平和のため、貴樹と同じ世代の人間は2つの道を選択することができた。


より学問を深めるために、大学へと進学する道、もう一つは、軍属となって国を守るという道だ。


実際にクラスメイトの家族には軍属のものも少なくない。


いつ終わることになるかわからない戦争を、デジタルの世界を通じて体感するのが、彼らの世代だったのだ。



卒業というのは、一つの分岐点であった。


昨日のうちに部室から私物の楽器を運び出した貴樹は、もう美空ヶ丘へ戻らないことを考えるとさみしい気持ちもあった。紘子のこともあったが、それはもっとも大きな理由ではないのだ。


転校して入部した綺音の存在は、貴樹が音楽を続けていく上での関心事になっていた。


部室でのラストセッションを申し出たのもそのためだ。貴樹の頭の中でまだ綺音の声が響いていた。


「貴樹?何ぼーっとしてるの?」


他人よりも早く教室にいた貴樹はぼんやりしているところを不意に声をかけられ驚いた。


「あ、別に」


驚きを隠すために、短く返す。声をかけたのはクラスメイトの夏芽だった。


「ふーん。でも、貴樹が早くから教室いること自体珍しいし、」


「軽音部の部室にいたからな、昨日までは」


「そうだった。貴樹は音楽部だったね」


「まだそういうのか、軽音部だ、音楽部とは違う」


「失礼、失礼」


「本当に失礼と思っていないだろ」


少し癇に障る言いかたをされたので貴樹は校庭が見える窓のほうへと首を振る。


「悪かったよ。」


夏芽はもう少し話をしたそうに、ちゃんと謝った。


「で?」


貴樹は謝罪を確認し、夏芽のほうに向きなおる。


「卒業後のこと。」


「ああ、夏芽の?」


「違うよ、貴樹の」


「言ってなかった?」


「聞いてない」


「そう、知らないならそれがいいよ」


「教えてくれたっていいじゃない」


「担任しか知らないよ」


貴樹は、聞くほうが先に教えるのが当然と言わんばかりの態度をあえて夏芽に対してとった。夏芽をそれを察したのかすぐに返す。


「私ね、進学することに決めたの。」


「そういってたね。で、どこに?」


「帝都大の国際法学部」


「S級何度の国立大学にか?どうしてまた。試験の日程はまだ終わってないだろ。」


「質問しすぎだよ」


夏芽は、少しうれしかった。というのも、偶然なのかもしれないが貴樹と夏芽は幼馴染であったのだ。進学するにしてもその道がたまたま同じで、クラスも含めて一緒だった。それが小学の頃から続いていた。


「今戦争を世界は続けている。このままだったらきっと戦争は続く。仮に終わっても、またどこかで戦争は続くと思うの。だから、私ができることをもう少し勉強してから考えたいって思ってね」


「立派になったな」


初めて聞く幼馴染の聡明な考えに素直に驚いていた。同じ年の女子がいうことではないなと思ったからだ。


「戦中も戦後も、いずれ国のために法を整備する必要があると思うの。もちろんこの国で役に立つことが望ましいけど、そればかりは望めない。だからね」


「ふふ、重い話するんだな。びっくりしたよ」


「そうかしら?貴樹は?」


「俺か、メガベックスに決まっている。自分の伝えたい音楽ができる場所に行くことを決めたんだ」


「メガベックス…?大手の音楽会社よね?本当に?」


「ああ、本当だ。」


ありえもしない話を唐突に突きつけられた夏芽は目が点になっていた。当然だ、メガベックスは帝都における音楽ビジネスの元締めであり、世界の音楽興行収入は常にトップ3に入る業界屈指のメガレーベルなのだ。そんな会社に、この若さで引き抜かれるということの意味を誰でもわかってしまうほどスケールの大きな会社なのだ。


帝都で配信されている音楽プログラムの3分の2は実質的に何らかの形でメガベックスの息がかかっているといわれている。その中に、幼馴染が飛び込み、世に音楽を発信していくこと自体が、繰り返すが驚きなのだ。


「貴樹…すごいね。」


「まだまだだよ、あくまで通過点じゃないか。それは夏芽も同じだろ」


すごく的を得た貴樹の発言。


たった今夏芽が口に出した目標の通過点が今日という日であることを貴樹は夏芽に伝えただけだった。


「うん」


少し悲しそうにうなずく夏芽。


「てっきり貴樹も進学するかと思っていたから」


「黙っていて悪かった。夏芽とは付き合い長いからわかると思ってたよ」


「ただの幼馴染だから、わからないことだってあるよ」


「俺も、驚いた。だからお相子だな。」


「うん」


分かつ道は1つだけじゃない。軽音部とともに歩んだ3年間のうちに貴樹はまた別の道も歩いていたことを知った。


卒業というのは人生で数回しかやってこない分岐点だが、貴樹にとってこれは大きな意味をもっているのだと最後の教室で感じていた。



そして、最後の始業のベルがなるその前に級友はすべてそろったのだった。




貴樹が教室で夏芽と会話をしている間、紘子は一人軽音部の部室にいた。


美空ヶ丘では毎年卒業式は卒業生と各学年と部活を代表した生徒が式に出席する習わしになっている。


対象となっているのは、各クラスの学級委員、生徒会の構成員、そして、各部活の部長格にあたる生徒がそれである。


紘子も軽音部の部長として式には参列することになっている。もちろん、それ以外の学生は講堂には入らず各教室や部室がある部活動はそこで式が終わるのを待つのである。式に参加しない生徒の登校は自由なのだ。




昨日のうちに片づけられた貴樹の使っていたロッカーに紘子は手をかけ泣いていた。


朝から泣けるなんて本当に自分はいい性格をしているんだなと紘子自身おかしくなるくらい泣いていた。


一緒に音楽をしていた仲間で、先輩で、部長という大役を任せてくれた部員で、思えば思うほど涙が止まらなかった。


一晩眠っても、昨日の貴樹とのことが頭をよぎって離れなかった。




紘子が他の部活や、参列する生徒より早く出てきたのには理由があった。


貴樹とのセッションの約束だった。


普段はキーボードをする貴樹だが、今日だけはドラムをさせてほしいと申し出があった。


紘子は貴樹がドラムを演奏できることに驚いていたのだ。また、そこに違う意味があるのかも勘ぐっていた。聞けば分かることなのだろうが、今日が最後なのに聞いてどうするの?と自問するばかりだった。


ひとしきり涙が出て止まった。


何も乗り越えてはいないとわかってはいるけど、もうそんな時間でもないということを紘子は理解していた。


紘子の涙が乾ききるころに、部室には軽音部のメンバーがそろってきた。


「紘子、早いね」


美桜が扉をあけながら言った。


「うん、まあね。ちょっと気合入れててさ」


「えー、なに式に出るから?」


「違うよ、セッションのこと」


「あ、そうか。貴樹とは最後だもんね」


「そうじゃないかもしれないじゃない」


美桜がからかうと笑いながら紘子も返した。


「ドラムをしなかったら紘子は?」


「今日は、見届ける役回りみたい」


「そっか」


自分のロッカーをあけて、私物を置き美桜は愛用のギターのチューニングを始めた。


ほどなく優斗がやってくる。


「おはよーっす」


「なによ、その寝癖だらけの髪は!」


美桜がするどく突っ込む。


「あ、これ?」


「そう、それ」


「今日はオフスタイルでさ。整えるの面倒でこのままで来たんだよ」


まったくやる気のかけらもない優斗に見えたが、私物のバックとは別に新しいベースケースをもっていた。


「やっとロールアウトしたんだぜ」


自慢げに新しいベースを披露する優斗。


「楽器屋の店長に無理言ってさ、昨日の夜から一緒にチューニングと試運転してたんだ」


紘子は感心した。まさかこんな形で優斗も今日という日に思いを込めていたというのが驚きだったのだ。


「どうして今日なの?」


「なんだ、紘子聞くの?」


「いけない?」


「いいよ、先輩を送り出すためだけだよ」


優斗の本音は違うところにあるように紘子は感じた。もともと優斗が使用していたベースは入部のときに貴樹と一緒に選んだものらしいということは聞いていた。だから、あえて新しいものを用意する理由が不思議だった。


「紘子には嘘つくんだ」


「えっ」


「何を言い出すんだよ美桜は」


「だって、その新しいベースって特注でしょ、」


「あー、ネタバレだめだって。」


「じゃあ自分で話なよ」


「わかった」


美桜は本当のことを知っているらしい。それを優斗の口から言わないことには特に深い理由はないみたいだが、おおよそ貴樹がかかわっていることには察しがついた。


「優斗、もういいよわかったから」


「え?」


「だから、わかったって。」


話を振る前に紘子に理解されたようで優斗はすこし不満げな顔をした。


ベースに関する知識を貴樹がしっかりと持っていたかどうかは別なのだが、特注でオーダーするということはそれなりの費用が掛かることになる。加えて、学生がそういう品を手にすること自体が普通にはないということだ。


オーダーに立ち会ったのは貴樹で、優斗の好みと貴樹の知識などを総合して頼んだもののようだったのだ。


「かかわって立ってことでしょ」


「正解。入部したときにも選んでもらうのを手伝ってもらったから、送り出すときは二人で決めてオーダーしていたこいつで見送りたいって思ってたんだ」


「以外にかわいいところあるじゃない」


「かわいいってなんだよ、先輩思いっていってくれよ」


「はいはい」


女子2人で優斗をからかう。優斗は顔を真っ赤にしながら受け答えていた。


そこに紘子の電話が鳴った。綺音からだった。


「どうしたの?あ、うん、わかった」


短い話だったのか、用件を確認するだけで紘子は電話を切った。


「なに?綺音?」


「少し遅れるって。こっちで式が始まったぐらいにしか部室に着けそうにないんだって」


「そうか、じゃあ演奏だけでも合わせておく?」


「うん、そうしよう」


「ボーカル様は不在か」


「優斗、何言ってるのよ。PeaceGenerationはツインボーカルだぞ、私もいるじゃないか」


「そうでしたそうでした。」


夫婦のような美桜と優斗のやり取りをしり目に、紘子はドラムの椅子に座った。


「私も式の準備があるから、とりあえず一回、通しておこう。実際にドラムをたたくのは貴樹だけどね」


「おう、わかった」


それぞれが、楽器を構え、貴樹を送り出すための演奏のリハーサルを行った。


ちょうど1曲分の長さで、始業を知らせるチャイムが鳴った。




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