最終話
すべてを燃やし尽くす浄化の炎。その合間に一人の名を呼ぶ声がする。
煙にせき込み、壁の熱さに悲鳴を上げても、その声が途絶えることはなく。
やがてその声に導かれるように一人の男が両目を開く。すでに口を開く力もない男は、小さく小さく、愛しいものを口にした。
聞こえるはずのないささやきは一人の少女の歩みを力強くさせ――――男のもとへと導いた。
「アル様!」
まともに歩いたことのない城で、彼にたどり着けたのは奇跡に等しかった。
それでも、彼を一人にすることもできなくて、一人になりたくもなくて。
「おそばにいます。最後まで」
リデルは男の、アルガードの体に腕を回し、決して離れるまいと抱きしめた。
「………」
アルガードはまなざしをリデルに向けたまま、何事か囁いた。
「嫌です!」
その懇願を、首を横に振ることで拒絶し、腕の力を強くした。全身に血が染み付くが本人は全く気にしなかった。
「ここにいろ、とおっしゃってくださったではありませんか。私はずっと、と返したはずです」
いつかの、戯れのような一言。たとえ、なんとなしに口にしたのだとしても、リデルにとってそれがすべてだった。その思いは、今でも変わらない。
「あなたを一人にするくらいなら、私もともに逝きます。ダメだといわれようがなんだろうが、最後まであなたから離れません!絶対にです。だから――」
もう、流れる涙をぬぐうことなくアルガードの胸に顔を押し付けてすすり泣いた。
「そばに、いさせてください」
しばしの沈黙の後、少女の背中に回る腕。
決して離すまいというように抱き合った二人ごと、城は燃える。
「リデル!」
痛いほどのまぶしい赤から、彼は眼を逸らさなかった。
守ると決めていた。愛していた。光を失った少女が大切だった。
魔王を倒せば、また昔のように暮らせると思っていたのに。
「なぜなんだ!」
彼にはわからない。なぜ少女が彼を拒絶したのか。なぜ魔王を選んだのか。
ぎりぎりまで少女を探し回っているところを仲間達に発見され、引きずるように城から助け出された。いつも誰かがそばにいて、助け助けられる彼には、何も知らない彼には少女の孤独を理解することができることもなく。
「リデル……!」
声を上げるのみ。
ただ、奏でるままに。
ただ、願うがゆえに。
ただ、祈るがゆえに。
それぞれの思いのままに――――奏でる。
人物紹介(ネタばれ&裏設定付き)
勇者
元は帝国の辺境の村で暮らしていたが、反乱軍の蜂起をきっかけに戦いに身を投じる。数々の戦いを勝利に導き、「勇者」と称されるようになった。だが、その戦績ゆえに故郷の村を滅ぼされ幼馴染を魔王にさらわれ、彼女を救うために力を尽くすように。
結果として魔王を倒すことに成功するが、少女に拒絶され一人生き残った。
帝国が滅び、新たな皇帝が立つと同時に姿を消し行方をたつ。帝国を去るその手には竪琴があったという。
魔王
元々は帝国の皇帝だが、幼いころに母を暗殺されたことがきっかけで周囲に心を閉ざす。皇帝に即位してからは反抗的な貴族を粛清し独裁的な政治を行った。隣国に戦を仕掛けることで領土を広げ、いつしか魔王と呼ばれるようになり、周囲との溝がますます深まるようになった。
蜂起した反乱軍を沈黙させるために、勇者の故郷の村を滅ぼした。そこで、半殺しにされたリデルと出会い、自分の城に連れ帰った。盲目の少女にやがて心を開き、癒されてるようになるが勇者との再会がきっかけで少女を手放すことを決める。
最後に勇者に倒され、炎の中で息絶えた。死体は発見されなかった。
幼馴染
勇者と同郷の少女だが、父親が吟遊詩人、つまりよそ者であったことから村でいとわれ続けていた。それだけならばまだよかったが村一番の人気者ユリウスに好かれたことでますます窮地に立たされるようになる。それゆえ、ユリウスに対しては複雑な感情を抱いていた。成長するにつれて周囲の欲望に満ちたまなざしから逃れようとユリウスと婚約するが、逆に女性たちに嫉妬され半殺しにされてしまう。
森に捨てられたところを魔王に拾われ、彼の城で暮らすことになり、魔王に恋心を抱くようになるも、勇者との再会がきっかけで魔王に距離を置かれてしまう。
魔王が倒されたと知るや否や部屋を飛び出し、魔王の元に駆けつけともに死ぬことを選んだ。