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幼馴染(上)

 幼馴染視点。残酷な描写あり



 暗闇の中で、私は部屋に向かう足音を聞いていた。

 ほかの人は知らないが、目が見えない私は耳が人一倍いい。部屋にいてもこの部屋に続く階段を上る足音を聞くことができた。

 ゆっくりと、だけど確実にこの部屋に近づく足音の持ち主は果たして誰なのか。


「リデル」


 自分の名前を口にする幼馴染の声を聞いて。


「ユリウス……」


 アル様が――魔王が討たれたのだと知った。




 私の父は吟遊詩人だった。たまたま訪れた小さな村で母と出会い結婚して私が生まれた。なれ初めとしてはそれだけだったがそれこそが問題だった。

 父は娘の私から見ても美しい人で村中の女性たちのあこがれの的だった。反比例して村中の男たちは父を「よそ者」だといって嫌った。逆に母は村中の女たちに嫌われた。憧れの人を独り占めするずるい女として。結果、父似の私は村の男と女たち両方に嫌われた。

 子供は大人の影響を受けやすい。私は子供たちにも嫌われ、孤立した。そんな中、両親以外に話しかけてくるのはユリウスだけだった。


「リデル~いっしょにあそぼーよ」


 ユリウスは子供たちの中でとびっきりにかわいかった。そしてモテた。少年よりも早熟な少女達はすでに男女の違いを理屈抜きで理解していた。


「ううん。いかない」


 ユリウスの後ろにたたずむ少女たちの強烈な視線を浴びながら私は首を横に振った。ここでユリウスが私に興味をなくしてみんなと遊んでくれればよかったのだが、そうは問屋がおろさない。


「そう?じゃあ二人で遊ぼうか」


 ユリウスはそういうと私の手をつかんで走り出した。そうなると私も走るしかない。背中に刺さる視線が痛かった。彼はどうやら私が引っ込み思案で人見知りだから一人でいると思っているらしい。


「だいじょうぶだよ、リデル。みんな、ほんとうはやさしいひとたちだから」


 優しいのはユリウスに対してだけだ。以前は「よそ者」といじめてくるだけでなく、ユリウスに近づくなと嫌がらせを受けていた。

 どちらにも気づかずみんながやさしいというユリウスに笑いたくなった。


「リデル?どうしたの」

「なんでもないよ」


 別にユリウスが好きでもなんでもない。ユリウスと遊ぶより父に倣った竪琴の練習をしたかった。

 でも竪琴はみんなに内緒という約束のためユリウスがいると竪琴を持ち出すこともできない。

 当時の私の夢は父と同じ吟遊詩人になってこの村から出ていくことだった。




 十二歳の時、父が亡くなった。

 一家の大黒柱である父を亡くした後、私たち母娘はさらに孤立していた。ユリウスは親切だったが、そのこと自体が気に入らないと孤立は深まっていく。ユリウスにもう来ないでといってもユリウスはやめない。


「リデルを助けたいんだ」


 その思いこそが私たちを苦しめるのだとなぜわからないのだろう。

 善意が悪意へと変わっていくとどうして理解できないのだろう。

 ユリウスの無神経さが憎かった。


 悪循環の末、食料を取りに分け入った森の中で崖に落ちた私は視界を失った。

 表向きは事故だが実際は村長の娘に突き落とされたのだ。

 私の目が最後に移したのは娘の憎々しげな悪鬼の顔。

 村長はすべてを知りながらもそれを黙殺した。事情を知っている村人たちもそれに続く。

 事故だと信じているのはユリウスだけだった。

 さすがにまずいと思ったのか私たちの待遇はよくなった。私たちを苦しめてもユリウスの同情が深くなるだけだと気付いたらしい。


「リデル、僕が君を守るよ」


 けがで動けない私の両手を痛くなるほど握りしめてユリウスはいう。だけど、その言葉は私の心に響かなかった。




 それから私は目が見えなくても生きていけるように必死だった。

 目が見えない、それだけで何気ないことが難しくなる。それを必死にやり遂げて体で覚えていく。傷だらけになる私を見てユリウスはやめろといったがそれだけは無視した。

 竪琴を弾くことがなくなった。父の形見として家に大事にとってあったが竪琴を弾くことすら思いつかないほど私は生きるのに必死だった。母に迷惑をかけ続けてまで行きたくなかった。

 ユリウスからその言葉を聞いたのはようやく一日の生活に支障がなくなってきた頃だった。


「俺、この村を出る」


 僕がいつのまにか俺になり、私の手を掴むその手は固く大きくなっていた。


「村を出て、反乱軍に参加する」


 帝国はそのころ数年続く重税に各地の町村が苦しんでいた。その不満が反乱軍の形となって大きな動きになっていったのはここ最近のことだ。


「もし、生きて帰ってきたら……俺と、結婚してほしい」


 きっと顔が真っ赤になっているに違いない。手が熱くなっているのがわかった。


「……わかった」


 少しの沈黙の末、私はうなずいた。優しく、ユリウスの手を握り返す。




 はっきり言おう。幼馴染としての情はあっても男女の恋情はなかった。

 そこにあったのは打算だった。最近、村の男たちからねっとりした視線を感じ始めていた。幼いころはだれも見向きもしなかったのに、ここにきて父に似た美貌が災いした。

 ユリウスの婚約者と村に認められれば私はユリウスの物として認識される。たとえ本人が村にいなくても手を出しにくくなる。そう判断したからだ。

 彼が旅立った後、平穏が続いた。それは嵐の前の静けさに近かったが、私はその均衡を崩さぬようにと綱渡りを繰り返した。弱りつつある母を守り、自分のために私はこの平穏を守りたかった。

 やがて風のうわさでユリウスが頭角を現し勇者と呼ばれていると知った。ほんの少し前まで自分のそばにいた男が、と驚きながら同時に誇らしく思えた。

 少しだけ、ユリウスを許してもいいか、と考えたくらいには。


 それが嵐を呼び起こすことになるとは知らず。




 それは病がちになっていた母が亡くなってから数日後のことだった。


「お前なんか死ねばいいんだ……!」


 悪意を凝縮した様な言葉。それは私を崖に突き落とした女と同じ声だった。


「お前なんか……!」


 とっさにベッドから飛び退くとドスッと何かがベッドに刺さる音。


「やめて!」

「逃がさない」


 突然両腕を誰かに掴まれる。そのとき、私はようやく部屋にいるのが一人だけではないことに気付いた。狭い部屋に熱気を感じるほどの人がいる。


「何で……」

「ユリウスが勇者と呼ばれているのは知っているわよね?」


 私を捕まえた別の女が口を開く。彼女は隣に住まう若妻だ。


「彼の付加価値はさらに上がるわ。だからあなたを、「よそ者」のあなたを勇者の婚約者にしておくわけにはいかないの」


 村のために。


「感謝してよね。男たちはあなたを嬲ってから捨てるつもりだったのよ?」


 そんなことに感謝できるはずもない。


「殺したりはしないわ。ただ、もう村に戻ってこれないようにするだけ」


 そこから先は地獄だった――――




 森に乱暴に捨てられて、それでも私は生きていた。


「な、んで」


 ただ、静かに生きたかっただけなのに。どうしようにもないことで自分は死ななければならないのか。


「嫌だ」


 絶望の中でも、望みはただ一つ。


「生き、たい」


 命すべてをその一言に込める。


 そして、


「ならば来い」


 望みは、叶えられた。




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