魔王(下)
「侵入者だと?」
「はい、侯爵を解放することが目的かと思われます。中には勇者も……」
「っ!すぐに全員とらえて殺せ!」
顔を青ざめた部下が出ていくと、自分も愛用の剣を手に部屋を出た。
「勇者めが」
村を滅ぼしてからは大分大人しくしていたというのに。
反乱軍でもかなり重要な位置を占めている、帝国の情報も多く握る侯爵を逃がすわけにはいかなかった。
「陛下は」
「下がれ。お前達も捜索に回るのだ」
「はっ!」
控えていた部下たちも自分から離れていく。彼らの横顔にアンドが淀っていたことに気づいていたが無視する。
臣下のほとんどは皇帝という地位に畏れているだけで、自分に忠誠を誓っているわけではない。周囲に大勢の人がいるが、自分は常に孤独だった。
いつも一人を感じていたというのに実際に一人になると余計に寒々しい。
ふと浮かぶのは彼女のほほえみ。心の底がわずかに温かみを感じた。
その時。
「魔王!!」
信じられないことに勇者が真っ向から向かってきたのだ。その手には一本の剣。とっさに防ぐがやけになったのかと目を見開いた。
だか、勇者は凍りつくような叫びを上げた。
「貴様、よくもリデルを!!」
――アル様。
「返せ!」
忘れていたのだ。生き残りはもう一人いることを。
彼女の幼馴染であり勇者ユリウスが。
私は衝動のままに勇者に切りかかった。
殺してやりたい。そう思ったのは初めてだった。
余は彼女の塔へと向かった。長い階段も気にならず、すぐに最上階まで上り詰める。
ノックもせずに部屋に飛び込んだ。
「アル様?」
そこに彼女はいた。いつものようにベッドに腰掛け、竪琴を奏でて。
余は重く重く大きなため息を吐くと、きゃしゃな彼女の体を強く抱きしめた。
「アル様。どうかなさいましたか?」
自分の様子に疑問に思ったのか彼女はそっと余の背中に手をまわして背をそっとたたいた。幼子に対するような動きに余は思わず手を放してしまう。
「リデル、余に話すことはないか」
勇者は娘がここにいるのを知っていた。城でもほとんどのものが知らないはずなのだ。だとしたら、勇者がここに来た可能性が高い。
「いいえ」
だが娘の答えは否だった。
「いいえ。何も」
二度目はそうだと自分に思い込もうとするかのように。
「そう、か」
娘は、庇った。自分よりも、勇者をとったのだ。
「そう、なのか」
当り前だろう。自分は命の恩人だということを盾にとって城に閉じ込める卑怯者。勇者は幼いころから知っている大切な幼馴染。
選ばれないのは当たり前だった。
それでも、選んでほしかったと願うのはよくばり、というものだろう。
「戻る」
怒りはなかった。ただ何もかも失った虚無感が己を支配した。
……いいだろう。それがそなたの望みなら。
彼女は勇者に会えただろうか。
再会に喜び、共にこの城を出たのであろうか。
それを確かめることはできないが。
「笑ってほしい」
自分に向けてくれたその微笑が、耐えることないようにと祈りながら。
そっと、目を閉じた。
自分を呼ぶ娘の声が聞こえた気がした――――
次は幼馴染視点です。