第5章 失われた「今」
これは、私の罪の記憶。
今でも、思い出す度に胸の奥が痛む。
2年前の私は親友、同期や同じ境遇の人たちとセンターで暮らしていた。
センターの中は規則正しく管理され、
自由時間以外で研修、一日の終わりに高速演算の訓練と検証実験を行なっていた。
高速演算能力は一部の子供に発現する特殊な能力。
思考計算が速くなる事により、人によっては近い未来を見通せる場合もあった。
近い未来を見通せる私たちは『メビウスチルドレン』と呼ばれていた。
高速演算中、目の奥にメビウスの輪に似た模様が描かれる事からそのように名付けられた…らしい。
私たちは世界にこれから起こる危険や脅威を察知して未然に防ぎ、世界を管理していく特別な存在だと教えられた。
…説明はあまり好きではないのでこのあたりにしよう。
ある日の終わり、いつも通り私と親友、同期の3人で検証訓練室へ向かっていた。
「なんでいつも一日の終わりに訓練するんだろうねぇ」
少し甘い、鼻にかかる声で話す親友。
「1日の最後だと疲れてるから、演算するのも大変だよね…。いつも2人に負担かけてごめんね」
いつも謝ってばかりの同期だ。
「もしかして、わざと疲れてる状態を作って訓練してるのかなぁ?極限状態で人間の限界を超えてみせよ!みたいな…?」
親友が割と的を得ている事を言っているから
私もそれに続いてみた。
「そうだね、どんな状況下でも正しく観測できるようにするのが目的なのかもしれない。
例えばユウキなら、もし仮に世界の終わりを観測してしまったら精神状態はどうなる?」
ユウキというのは同期の名前だ。
「えー…そりゃあ冷や汗ものだね。どうしたらいいかわっかんないよ」
ユウキの性格なら事実そうなるだろう。
もしも私が世界の終わりを判ってしまったら、ユウキを未来観測チームから外してしまうだろう。
「そっかぁ。そういう状況になった時でも冷静に演算しないと、本当に世界が終わっちゃうもんね。…起きない未来も、あればいいんだけどねぇ」
その通り。だけど
今日の親友はやけに鋭い気がする。
…これは演算ではなく、ただの直感だけど。
私は続けた。
「世界の終わりほど大事じゃなくても、いつでも冷静に演算できるようになるのは世界に必要な事だろうしね。
知り合いの身に何かが起きると予測してしまって冷静じゃなくなったりしたら、もっと大事な事を予測できなくなるかもしれないし」
同期はふむふむと相槌を打つ。
「うんうん、なるほどねー。
あの博士は説明足りなさすぎるんだよ!
ぶっちゃけ雰囲気もなんか怖いから
『ごめんなさいごめんなさい』って頭が勝手に謝る事にリソースを割くし余計に何言ってるのかわかんないやー」
そんな他愛もない事を話しながら廊下を歩く。
気がつけば検証訓練室の前に着いたので、私たちは生体認証キーで扉を開いた。
ここまでいつも通りだ。
ただ、その日だけはなぜか3人が別々に訓練をする事になった。
博士が『最終段階』と言っていたのを覚えている。
訓練の内容は同じだった。
チェックするエリアの天候、防犯カメラ、何人かの顔写真といった情報をまとめて与えられ
それらを元に演算を行い、犯罪や事故が起きる可能性を報告するといったものだ。
唯一いつもと違ったのは1人で行う、ということ。
私はいつも通りのスコアを出して訓練を終えた。
博士に呼ばれたのはその翌日の事だ。
博士の研究室に入るなり、突然の問いが私に向かって来た。
「世界を君が正しくしたいと思うかい?」
そう、あの言葉だ。
あまりに荒唐無稽な質問だったから、私は計算を始めた。
そして、私は予測できるいくつかの答えに辿り着いたが、それ以上の計算はしなかった。
それが正しいと思った。
「?…いいえ、世界は私ひとりでは成り立たないと思います。博士」
複数のチルドレンで予測を行い、世界を管理運営していく『センター』のシステム。
私が特別になる理由など、ない。
「そうかい。なら君はここまでだね。未来に期待しよう」
その言葉が何を意味しているのか。
この時私は計算せずに問いを返した。
「…?それはどういう、」
「ここまでと言ったよ。もう何もない」
それ以上、博士から何かを聞く事はできなかった。
計算しなくても博士から答えが得られない事など分かっているはずなのに、
私は計算する事を、やめてしまった。




