第八章 すべてが重なるとき ⑩
ハルト・ヴェルナーの旅立ちの時が近づいていた。
ハルトはケインとの戦いの後、丸二日ほど眠っていたが、獣との戦いの後の様に体は自然と回復していた。
ただ、傷などはなくともその後さらに二日ほどは身体を動かすことが出来ず、体力を取り戻すための絶え間ない空腹と疲労に苦しめられていた。
幸いにも傭兵たちの襲撃でも死人は出なかったが、先日の獣の襲撃と合わせて無数の負傷者に村の診療所はこれまでになく全日にぎわっていた。
医者も治療も必要のないハルトは、ろくに動けないままにずっと自室に引きこもっていたが、その間にふと、ケインとの戦いで自ら生み出した木剣を手に取っていた。
それはもう光を発することもなく、ただ無造作に折られたただの一本の太い枝に過ぎなかった。
おもむろにハルトは、バズが拾ってくれていたあの獣の牙刀を手に取ると、その木剣の刀身に当たる部分に刃を当てた。
一旦削り出すと、あとは部屋が木屑で散らかるのも構わず、一心不乱に牙刀を木剣へと当て、動かし続けた。
自分の持つべき剣を作り出すこの作業がハルトの旅立ちへの準備の第一歩となっていた。
十分に満足し、柄の部分に布を固く巻き付けると、身体もある程度動くようになった実感を得て、ハルトは薄着の寝具のまま真昼の外へと出た。
村の裏手の大樹が倒壊し、随分と見晴らしのよくなった広場でハルトは愛刀の出来を確かめるように、素振りを繰り返す。
いまだ残る疲労のせいで、最初はその重さに振り回されるようだったが、次第に身体に馴染むように、文字通り体の一部となった様にその動きと速度が鋭くなってゆく。
村の教育の一環として習っていた剣術の基本の動きに、世界樹の種によって生まれ変わった大樹の使徒としての感覚、そして神経が繋がっているかのような木剣の重さを載せて、ハルト・ヴェルナー独自の動きを創り出してゆく。
時間も忘れ、まるで独自の舞踏を舞っているような心地よい陶酔感に満たされる中、唐突に全身に衝撃が走り、木剣が宙で止められた。
そこにいたのはハルトと同じく薄い寝具だけを身に着けた素顔のジア・アーベルだった。
その手には儀式の時にも使われた杖があり、それでハルトの剣を受け止めたのだ。
少し驚いたハルトだったが、ジアの深緑の瞳の光を見ると、言葉もなく一歩下がった。
ジアも同じく一言も発することなく一歩下がり、優雅に一礼をした。
丘の上での戦いの後、ほぼ同時に気を失って以来の再会だった。
そして、示し合わせたように二人はお互いの得物を同時に振りかぶると、宙で切り結んだ。
言葉もなく、殺気もなく、お互いの存在を確かめ合うような、組手と言うよりも儀式のような激しくも静かな打ち合い。
それは声に出さない、全身を使った純粋で雄弁な語り合いだった。
日が暮れるまで続いた二人だけの舞は、年月と思い出の隔たりを完全に失くしていた。
どちらともなく武器を置き、地面に座り込むと、息を整えながら夕焼けに照らされる村を眺める。
そしてハルトは前に視線を向けたまま言った。
「僕はこの村を出て世界を見てみようと思う。一緒に来てくれるかな」
「わたしはずっとあなたに傍にいてと望んだのよ。その約束は守ってもらわないと。
どこにいようとも、いつでもわたしの傍にいてもらうわ。そしてわたしの傍にいてくれるなら、それはどこでもいいのよ。たとえ世界の果てだとしても」
ジアは地面に着いたハルトの手に自分の手を重ねる。
「あなたと一緒ならどこへでも行くわ、ハルト」
「ありがとう、ジア」
誰にも見えなかったが、重ねられた掌の下で、世界樹の種が小さく白い光を発していた。
幼き日の二人の別れの日に発せられたように。
それは何の力も役割もない、マナが純粋な人の感情にのみ反応した時に放たれる微かな瞬き。
この星で生まれた小さな奇跡。
それを伝え、詠うために【意識】はやがて一凛の花の姿をした語り部となるのだ。
それは想いの灯。
魂の煌めき【ジュエル・ソウル】




