第八章 すべてが重なるとき ⑦
世界樹の巫女と大樹の使徒の願いによってもたらされた、暴走ともいえる村の大樹の急成長はその一本の樹としての自然界での在り様のバランスを崩し、さらに肥大した一部がハルトとケインの闘いの果てに崩壊したことにより自重にも耐えられなくなっていた。
その影が徐々にこちらに傾いていることが次第に明るくなる日の光によってより克明になっていく。
とっさにこの場を離れようと一度掴みかけたジアの手を握ろうとするが、彼女は困惑と不安の面持ちでハルトの背後、ハルトの幼馴染や、傭兵達、そして彼女の父親を見ていた。
巨大な幹の軋む音、大量の葉の騒めき、大地から掘り起こされる半壊した根の起こす振動、震える空気。それら混然一体となった崩壊の予兆が二人を包み込む。
これは二人の引き起こしたことだ。
このまま大樹がこちらに倒れてきても、ある意味同じ要素を兼ね備えているハルトとジアは無事なのかもしれない。
でも二人の身近の人間も巻き込まれてしまう。
巨大すぎる力は誰にでも平等なのだ。
「ハルト!」
ジアが叫ぶ。だがそれは絶望からでも恐怖からでもない。
「貴方がやるのよ」
何を?
決まっている。僕のやるべきことをだ。
少しでも倒れ行く大木から離れようと皆が走り寄ってくる。
彼らを救うため。彼らを忘れて僕は全てを賭ける。
木剣を地面に突き立てると、左の掌を大樹へと向ける。
すべての力を。
僕のありったけの全てを。
僕の生まれ持っての力なのか、昨夜のジアの口づけによって目覚めた力なのか、強大な敵と戦うため世界樹に願い与えられた力なのか、それとももっと遥か昔から、僕の生まれる前から定められていた力なのかはわからない。
ただ、今使えるだけの光の全てを。
伸ばした左手に右手を添えた瞬間、爆発するようにマナの光が現出した。
深緑の太陽が顕現し、明るさを増してゆく朝日に先んじて世界を照らす。
ハルトの体格を凌駕するそれは物理的な重さがあるように全身を軋ませ、足が大地にめり込む。閉じ込められた荒れ狂う暴風が意志を持ち、その身をのたくらせ、暴れ回っているような圧力が、ハルトの制御から逃れるようと全身に襲い掛かる。
そんな嵐の中にいるような轟音の中でもその声は聞こえた。
「大丈夫です、ハルト。私がここにいます」
いつか聞いたジアの言葉。直接触れずとも彼女がすぐそばにいるのを感じる。
振り返る余裕はない。でも彼女の長く大きな両手がハルトを包み込むように身体の両側から差し出されたのはわかった。
「私が、貴方を支えます」
そして耳元から伝わる彼女の吐息。
暴走状態にある、ハルトの掌が生み出した荒ぶる太陽は世界樹の巫女の手により高速での回転が与えられ、より高い遠心力が物体に安定を与えるように徐々に空中で密度を増しながら、輝きが凝縮されていく。
危機的状況に反してハルトの全身は、小舟で湖に乗り出した昨夜の様に、歓喜と興奮に包まれていた。
あいまいで不安定な自分の力を、今初めて全力で制御し行使しているのだ。
倒れ行く村の巨木がハルトの頭上にまで達そうとしたとき、一枚の葉が風に乗ってひらひらと舞い降りてきて、視界を横切った。
横から伸びていたジアの両手がハルトの両腕に添えられる。
ハルトとジアの光と両手と願いが重なった。
打ち出されるように二人の両手から放たれた巨大なマナの光玉は、風を吸い込みその身に纏いながら役目を終えた大樹の幹へと高速でぶつかった。
まるですり抜けるように樹の内部へとマナの光は吸い込まれたが、次の瞬間、ジアが勢いよく両手を広げるとそれを合図としてハルトの生み出した深緑の太陽は眩いまでの波動を発し音もなく破裂した。
それに伴い、先ほどの大樹の根と同じく、多数の人間を押しつぶそうとするエカーアストの村の大樹は幾千幾万の微細な破片となって粉々に砕けていた。
深緑のマナの飛沫を伴い、近大な範囲にまき散らされた破片がすべて大地に還った後、空の支配権が入れ替わるように完全に日が昇り、世界は光の領分となった。




