第八章 すべてが重なるとき ⑤
ハルトの全身が決着の近いことを感じ取っていた。
世界樹の種によって引き上げられた身体能力や五感も限界が近いことを感覚として理解した。
そしてなにより戦いの舞台として踏みしめている大樹の根が、生命力が尽き、枯れ始めたかのように足の下で脆く砕け始めているのを感じる。
辺りを昼間のように輝かせていた新緑の光も徐々に明るさを失おうとしていた。
ケインもその気配を読み取ったのか、先ほどまでの感情をむき出しにしていた様子から一転、金棒を両手で正眼に構え、深く、水面の奥深くに沈んだ岩の様に集中している。
彼は待っているのだ。ハルトが最後の攻撃を行うのを。
罠だと思いつつもハルトはその誘いに乗ることにした。
このまま足元の樹の根が崩れ、勝負があいまいになることは嫌だった。
静かに息を吐く。
そして体内に循環するマナの流れと、大気中のマナの流れを同時に感じ取りながら、その動きに同調し、解放の機を探る。
体内の流れは左の掌の世界樹の種を通し両手で握る木剣へと伝わり、木剣は明かりを失ってゆく大気とは対照的に光度を増してゆく。
吐き続ける息を止め、目の前の男を見据える。
今自分の瞳はジアと同じように深緑に輝いているのだろう。
勢いも速さもなく、他者の意思によって引っ張り出されたかのように静かに右足の一歩を踏み出すと、二歩目は逆に勢いよく地面を蹴りだした。
足元で幹が砕けるのがわかる。
敵の身体のどこに当たってもいい、と、ただ全力をもって木剣を振りかぶる。
ケインとの距離が縮まるにつれ、視界は狭くなり、音も途絶え行く。
彼も固い決意を瞳に宿し、両足を踏ん張り迫りくるハルトを迎えようとしている。
村を襲撃した傭兵達のリーダーまであと二歩のところまで来たとき、すべての音が遠くに離れ行く中でも、下の方から若い男の叫び声が聞こえた気がした。
それでも集中の極致にいたハルトは一切身体の速度を落とすことなく、剣を持った両手を振り下ろす。
しかし、逆に弾かれたように反応したケインは完全にハルトの虚を突いた動きを示し、この日、何度もハルトに見せつけた、その体形に似つかわしくない素早い動きで全身をひねった。
それが攻撃を避けるための動きならばハルトは予測し合わせることが出来ただろう。だがそれは唐突に戦いの対象を変えたような逃げとは対照的な動き。
すべての神経を向けていたハルトから力ずくで強引に意識をずらすと彼は全力で金棒を下方へと投擲していた。
そのような器用な真似のできないハルトの全霊を込めた一撃は、先程までケインのいた空間に振り下ろされると、両者の戦いの舞台となっていた大樹の根を叩きつけていた。
爆発するように全てが光となり弾け飛んだ。
ハルト・ヴェルナーとジア・アーベルの願いの果てに生み出された大樹の一部である、村の丘を横切った巨大な根は、その願い主の少年少女の精神と同様、固く純粋でありながら繊細な均衡の上に成り立つ脆さも兼ね備えており、ハルトの全力の一撃を受けると、その地点を中心に陶器が砕けるように粉々に砕け散った。
その現場には、ハルトの幼馴染、バズと彼に肩を貸すレオナ、村長のエドガーにブルーノとバルバラのホーファー夫妻、若き傭兵のクラウスとキアラ、そして彼らの隊長であるリアム達がこの日の終幕を見届けるために集まっていた。
彼らの頭上から砕け散った村の大樹の破片が轟音と共に降り注ぎ、その足を止めていた。
村に侵入した山賊に扮した傭兵達はリアムが確認した所一人残らず絶命しており、死に瀕していたとある一人に最期に問いただした侵入者の人数も、ハルトを襲ったロバートらや小屋の跡地に倒れていたアニー・ベイツも含めると二人だけを残すのみとなっていた。
雨の様に降り注ぐ木片と、土煙が収まると同時に辺りを照らしだしていたマナの粒子達もやがてその光を落とし、一瞬の静寂と共に本来の様相を取り戻した村の離れの小高い丘は、深い闇に包まれたように思われたが、あれだけの争乱にもかかわらずに一本だけ立ち続けていた外灯が隠れていた姿を現し、自らの存在意義を主張するように再び光を灯してゆく。
それとともに、ようやく皆の視界が広がってゆくと、そこに立っているただ二人の人間を映し出した。
ハルト・ヴェルナーとジア・アーベル。
人知れず一晩奮闘していた外灯から、光の役目を引き継ぐように夜が明けようとしていた。




