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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第八章 すべてが重なるとき ②

「まったくもう、いい歳してこんな無茶をして」

 説教臭い愚痴を垂れ流しながらレオナは村長エドガーの肩の血を拭う。そこは倒れ行くロバートの鉤爪が掠め、衣服ごと皮膚を切り裂いていた。

 腿に刺さったナイフを引き抜き、バズの脚の応急手当を手早く済ませ、レオナは村の大樹に寄り掛かった村長の治療に冷静に取り掛かっていた。

「ふたりこそ随分無茶をしおってからに。まあそれでも置手紙を残すだけの賢明さはあったようだが」

 痛みに息は荒いが、樹に背中を預け、なんとか平静を装い彼は応えた。


 二人はハルトの身に何かが起こっていることを察すると、身支度も早々に飛び出したが、バズの提案により玄関のドアに伝言を書いたメモと、それを照らす卓上ランプを残していた。

「いや、まさか村長が一番に来てくれるとは、一応お母ちゃん達に向けてのメッセージのつもりだったんだけどね」

「と、言うかレオナ、そもそもお前さんはあんな真夜中にバズの家におったのか」

「あ、いや、それはそのぅ……」

 途端に気まずそうに眼をそらし、思わず力の入った治療の手にエドガーは鋭く声を上げる。

「ああっ、ごめんごめん」

 そんなやり取りの二人に、片足を引きずりながらバズが近づき、声を抑えて聞いた。

「なあ、二人ともちょっと静かに、何か聞こえるか」

「へ、何も特に変なのは聞こえないけど」

「ああ、何も聞こえない。なんだか静かすぎるんだ」

 そういって辺りを見渡す。つい先ほどまで村中で生死をかけた戦いの物音が鳴り響いており、

 その渦中には当のバズたちもいたのだが、エドガーが傭兵たちを射殺した二発の銃声の後は、時が止まったかのようにあまりにもあたり一面静まり返っていた。

 夜の森が虫や生き物たちの鳴き声で存外騒がしいことは、現地のバズにはよくわかっているのだが、その生き物たちどころか空気までもまるで息を潜めているかのようだ。


 その凍り付いたような静寂を破ったのは、息を喘がせ、丘の隅の石段を駆け上ってくるレオナの両親たちだった。

「レオナ、無事か」

「お父ちゃん、お母ちゃん!」

 両親の姿に思わず安堵の声を上げ、レオナが立ち上がりかけた次の瞬間、大地を揺るがす巨大な衝撃音があたりに轟いた。レオナは一瞬自分の足が浮き上がるのを感じた。

 村の巨木が、その幹を震わせ大量の葉や枝が落ちてくる。まるで大気中を巨大な、目に見えない物体が突進し巨木に衝突したかの様だった。

 その音が鳴りやまぬうちに辺り一面が一斉に明るく照らしだされた。皆が見上げると巨大な樹木の姿が新緑の光の中に浮かび上がっている。

 巨木自身が内面からの生命力があふれ出すように自ら輝いているのだ。

 幹だけではなく、生い茂る葉や枝の間からも光が零れだしている。

 その様相はバズとレオナに、幼少期に見た、ジアの儀式の失敗の記憶を蘇らせる。

 だが、今日は失敗ではない。

「ジア、ハルト……」

 二人の幼馴染は危機を脱したのだろうか。思わずレオナが二人のいるはずの管理小屋の方向へと目をやった時、バズが片足で急に跳び出してくる姿が視界に割り込んできた。

 バズは懸命に両手を伸ばし、レオナと村長の服を掴むと、脇へと庇う様に倒れ込んだ。あわててレオナが何事かと尋ねようとした瞬間、先ほどまで自分がいた付近の地面が爆発したかのように土が噴き出し、急激にせり上がった。

 枝葉や幹と同じく多数の光の粒子を内部から放出させ、巨大な木の根が大地を引き裂いていた。大地をかき分け水飛沫を上げるようにマナの光を発しながら、そのねじ曲がり絡み合った木の根達は轟音を上げ、ジア達のいる方向へと急速にその身を成長、変形させ向かっていった。

 それはまるで地中に眠っていた大蛇が永い眠りから目覚め、その身を起こしているかの様だった。

 世界を照らす聖なる光を追従させ、のたくる大蛇は、ハルト達の居るはずの管理小屋へとその身を達した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――—


 自分の身体の内部であふれ出す血で溺れかけながら、ジョアンナ・マーシュはごくごく静かに、床についた口から垂れ流すように呼吸を続けていた。

 自分はもうすぐ死ぬ。その事実だけは確信が持てた。

 悪あがきを続けるピュアブラッドの傭兵達の行く末、標的である世界樹の巫女や大樹の使徒のこと、自分を撃ったであろうメルヴィン・ポインターの裏切りの理由ももうどうでもいい。

 もちろんメルヴィンが自分を裏切る可能性も考えなくはなかったが、まさか最優先で自分が狙われるとは、予想外の彼の決断力と行動力に微かに感心もしていた。

 それはとにかく、今大事なのは「成果」だけだ。


「成果」

 具体的な形のないそれだけが今の帝国工作員ヴァイパーの求めるもの。

 身寄りもとうになく、財産も必要とせず、身に着けた工作員としての技術も年齢とともに衰えてきた今、なにを生きる糧とするのか。

 長年の潜入生活のせいで自分が身を置いていたはずの帝国の現状もまるで老人の昔話の様に実感がない。

 あの上等兵に求めた帝国へ対する奉仕と服従の意志とやらも荒野の泉の様にとうに自分の中では枯れ果ててしまった。

 定期的に各地に点在する別の工作員との交わされる書類や、暗号を伴ったやり取りだけでは実際に自分が本当に帝国の発展につながっているのどうかも実感がなくなっており、それ故、表面上だけでも自身が行ったという形跡を求めた。

 たいていの場合、それは破壊や死の形をしていたが。

 そこに喜びを見出すピュアブラッド達が多少羨ましくもある。


 自分が死にゆく今も、それが一番手っ取り早い成果なので工作員ヴァイパーは具体的な自分以外の死を求めていた。

 視線を、眼球すらも動かさずに、そろそろと床に無造作に放り出された散弾銃を探り当てる。じれったいほどの時間をかけようやくそれを掴むと、いつもよりもはるかに遠くに感じる指先の感触で引き金の部分を探ると、少しずつそれの向きを変える。      

 一挙手ごとに体内の血液と体温が流れ出ていくことを感じながらも、目の前に横たわる、頭を潰された女傭兵の身体越しに、世界樹の巫女の若く大きく純粋な背中を捉える。


 幾度となく同僚のパメラらと共に自らが、華麗に力強く着飾り化粧を施し、作り上げてきたその姿を無残に汚し、壊したいという衝動に絶えず蝕まれてきた。

 そこに何か背徳的な歓びがあるわけではない、ただ破壊工作員の長年の習性で、あえて自分で大きく立派に育てたものこそ、壊したときにより大きな成果が得られるのだとこの渇いた身にも沁みついていた。

 

 巫女様、これが私の生き方なのです。


 ジョアンナは最後に残された力を振り絞って散弾銃を掴み上げ、巫女の方向に向けようとした。

 だが、倒れたキャリーの身体の上を、弧を描くように動いていた銃身が宙で急に止まった。

 面倒くさそうにジョアンナがそちらに目をむけると、顔面の半分を腫らしたデレク・アーベルが散弾銃の銃身ををしゃがんだ姿勢で掴んでいた。そしてどこか哀し気な視線で首を振った。

 渾身の力で身体を動かしていた時よりも、静止している今の方が流れる己の血が実感できた。


 私はもってあと数秒の命なのだろう。

 巫女を撃てないのなら仕方がない、このまま引き金を引いてしまおうと思った。

 巫女にも大樹の使徒にも何の手も出せないが、このまま撃ってしまえば少なくとも銃口の先にいるデレクの父親は道連れにできる。

 当初よりはだいぶ違ってしまったが、これもひとつの「成果」だ。

 帝国に、世の中に、何か影響があるのかはよくわからない。世界樹の巫女の父の死、ただの、今の私の、帝国工作員ヴァイパーの生きた証だ。

 頭で命令を発して指先に届くのに随分と時間がかかった気がしたが、それでも何とか引き金触れた指に力が込められた時、衰えかけた聴力でも響き渡る轟音と共に身体が持ち上げられ、宙高く放り出されるのを感じた。

 視界の果てで、投げ出された散弾銃と自分の身体からまき散らされる深紅の血を通して、輝く粒子を纏った樹の一部が管理小屋を破壊しているのが見えた。

 夜の森の冷たい空気を感じ、ふと心地よく感じた瞬間ジョアンナの意識は空へと飛んでいた。

 

 距離をおいて、小太りの老婦人の姿をした帝国上級破壊工作員の身体は暗い土の地面に叩きつけられた。だが、同じく宙に巻き上げられた帝国上級破壊工作員の意識は、身体とは違って二度とこの地に舞い戻ってくることはなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 村の中央の坂道をクラウスと共に、警戒しながらも進んでいると、キアラは自身を追い越し、風と呼ぶにはあまりにも存在感のある姿のなきものが村の奥へと飛んでいくのを感じた。

 次の瞬間村中に響き渡る音とも叫びともつかない衝撃と共に村の大樹が明るく輝く様子を目にした。

 襲撃者達との闘いで、神経をとがらせていた村人たちも、深緑の光に照らされながら次第に集まり、村の象徴を見上げていた。

 風が起こり、大地が鳴動し、この閉鎖的な村への賊の襲撃すらも前座に思えるような何かが起こっている。


 油断せずに辺りを見渡していると、道の中ほどにリアム・パターソンが息荒く立ち、皆と同じく輝く大樹を見上げている後ろ姿が目に入った。

 手に持つ長剣だけでなく、服装も返り血と傷だらけであり、この村の誰よりも激しく戦っていた様子が窺え、それは、巫女の護衛から離れた自分への戒めとして、必要以上に血と敵を求め、村人を守ることを名目に自らを罰しているかのようであった。

 その姿は常日頃からキアラが感じている傭兵の力強さと、それに相反する、全身から醸し出される孤独な痛々しいまでの脆さの対比を感じた。

 その、許しを恋焦がれながらも決してそれを望まない孤高の旅人の後ろ姿は、キアラの胸の奥をいつも、もどかしいまでにかき回していた。

 手を伸ばしてその背に触れたいという想いと、そうすれば彼はたちどころに崩れ、消えてしまうという強い予感。


 クラウスが言っていた。

 隊長は知りたいのだと思う、と。

 そして何が起こるのか知りたいと思わないか、と。


 夜闇を照らす、村の大樹からあふれ出る光の先でその何かが起こっている。


 世界樹の巫女。

 

 そして、まだ何もわからない、と言いながらも真っ直ぐな目をした、大樹の使徒。

 

 キアラは胸の内で問う。

 隊長、あの子達は貴方に何か救いを与えてくれるのですか。

 わたしでは決して捧げることの叶わない救いを。

 それならばわたしは知りたいです。



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