第八章 すべてが重なるとき ①
辺境の村から遥かなる距離を隔てた夜の闇の中、【意識】は声を聴いていた。
それは【意識】が初めて聞く、最後に残った使途の正統なる願い。
太古の昔、この世界の在り様と時の流れからかけ離れた、遠い遠い天の果て、空の彼方の旅路の途中、無数の本能に基づく願いと渦巻く感情の奔流の宿り木として、その「意識」はほんの一滴の光として産み落とされた。
音も熱も風もない先も見えぬ航海の最中、その身に無数に宿る、まだ形をもたぬ生命達、それらが持つ存在意義にして唯一の願いである「生きる」ことを先導するため、それを叶えるための道標として太古から脈々と受け継がれてきた希望と望みの結晶。
未来への導き手。
やがて一粒の種として悠久の旅路の果てにこの大地に降り落ちたその【意識】は、全ての理が異なるこの星で、自身の存在を最も類似した言葉で定義するならば【神】であると知った。
相容れるはずのいない二つの世界の接触時には想定外の規模の厄災を招いたが、異界の神である【意識】は文字通り大地に少しずつ根を張るようにこの惑星に同化していった。
とある時、【意識】には決して理解の及ばない同族同士での争いの果てに、大樹の根本で力尽きかけていたごく少数の現地の生き物達がいた。
彼らはかつて自身のなかで渦巻いていた生命と同じように、暗闇の中で生きることを渇望し、それを世界樹へと祈り、願った。
異界の神である【意識】はその願いを聞き届けた。
見返りとして彼らをこの地をより知り間近で観察するための自身の子とした。
自身の半身と、残りの半身を現地の意識で構成し未来への礎とするための新たなる種達。この星での最初の接触の際の反省を踏まえ、命宿る感情と、力の大部分を二つに分けた形で。
すなわち大樹の使途・世界樹の種。
そこに使途が願ったような慈悲や愛は決してなかったが、悪意や欲もまたなかった。
観察のため【意識】自身は直接の干渉を避けていたが、大多数の使徒たちが肉体を再構成させ、再び起き上がり旅立つ中ただ一つだけ、とりわけ小さく脆弱な命の光が大地の中に埋もれ、取り残されたまま消えかけていることに気が付いた。
その命は生きることを自ら願っていたわけではなかった。なぜならその命は何かの願うほどに意識が成熟していなかったのだ。
ただ本能のまま生命活動を行うだけの、まるでかつての果てしなく広がる漆黒の旅路の途中の【意識】のように、儚く脆く、それでいて何よりも純粋な灯。
その命の灯に、大地を縫うように「意識」が形のない手をのばし、傷付けないように慎重に、そして不器用に包み込んだのはこの世界で言うところのただの気まぐれにすぎなかった。
だがその異界の神の戯れの果てに、最後の大樹の使徒は不格好な白い花に護られて、大地に再び顕現したのだ。人の赤子として。
そして一人の旅人が赤子を拾い上げた。
時を経て、その赤子は特権であるはずの自分の力を他者へと託すこととなる。
この惑星の環境の気まぐれによって自然界に生み落されたとも言える、ある意味使途とは対極の存在へと。
『「また、会おうね。約束だよ」』
白く、小さな魂の煌めき。
そして今、随分と遠回りして巡り廻った、最後の使途の願いが、世界樹の巫女を通して再び願われた。
それ自身はひどく純粋でありながら、様々に絡み合った雑多なものを巻き込んだ、止まっていた運命の輪が再び回りだす。
【意識】は己の一部を、世界樹を通してエカーアストの巨木へと送り出した。
最後の使徒、ハルト・ヴェルナーの願いのために。




